スーパースターと対面!ドキドキの邂逅
◇
会議室へと戻ってきたヴェインはニューロードの到着を待っていた。
震える手で、魔術具をテーブルの裏にそっと設置する。これで、準備は完了だ。
魔術具を仕掛けることが、今回の目的ではあった。しかし、ニューロードからの謝罪も、ヴェインにとっては重要。
もしも、ニューロードがルキナの死を少しでも悔いているのならば、ヴェインの心に、わずかな光が差し込むかもしれない。
コンコン、とノック音が静寂を切り裂く。扉が開き、ロビンが姿を現した。
「おまたせしました。ニューロード様が来られました」
重厚な扉が開き、現れたのは、予想外の光景だった。
そこに立っていたのは、ニューロードではなく、洗練されたスーツを身に纏った女性だった。彼女は、ニューロードのマネージャーだと自己紹介し、鋭い視線をヴェインに向けた。
「同意書ありがとうございます。ニューロードは多忙な方です。今回も忙しい中、スケジュールを調整してあなたとの面会を実現しました。言いたいことはたくさんあると思いますが、手短にお願いします」
マネージャーの言葉は、氷のように冷たく、ヴェインの心を凍りつかせる。彼女の言葉には、一切の無駄がなく、事務的な冷たさが漂っていた。
「は、はい……」
ヴェインは、緊張した面持ちで答える。
マネージャーは、満足そうに頷くと、背後のニューロードに合図を送った。
スポットライトを浴びる舞台役者のように、ニューロードがゆっくりと姿を現した。鮮やかな黄色の衣装を身に纏い、自信に満ちた表情を浮かべている。英雄としての風格、カリスマ性。それは、多くの人々を魅了する、七星天の魅力だった。ニューロードも例外ではない。
しかし、ヴェインの目に映るニューロードの姿は、全く異なるものだった。
「……!」
彼の黄色の衣装は、真っ赤な血に染まっている。それは、ルキナが命を落としたあの日、ヴェインの目に焼き付いた、悪夢のような光景だった。
鮮やかな黄色と、生々しい真紅のコントラスト。それは、この世のものとは思えない、グロテスクな醜さを放っていた。
「そのなんだ、恋人さんのことは悪かったと思ってるよ、本当だ」
ニューロードは、軽い調子でそう言った。まるで、他人事のように。
彼の言葉は、ヴェインの耳には届かない。ヴェインの視界は、血に染まったニューロードの姿で埋め尽くされ、彼の言葉は、すべて雑音と化していた。
血の匂い、笑顔、そして、頬にこびりついたルキナだった肉片。あの日の記憶が、フラッシュバックのように、ヴェインの脳裏を駆け巡る。
「本当にすまなかった」
ニューロードは、申し訳なさそうに頭を掻きながら、ヴェインに謝罪の言葉を述べた。しかし、ヴェインの耳には、その言葉は空虚な音としてしか響かなかった。
ルキナの死んだ日の記憶が、鮮烈に蘇る。脳裏に焼き付いたあの時の光景、あの時の絶望。それらが、ヴェインの心を再び締め付ける。
心臓は高鳴り、呼吸は乱れ、過呼吸になる。目は見開き、思考は停止し、頭の中は真っ白になった。
「……おい聞いてんのか?大丈夫かこいつ」
ニューロードの言葉に、ヴェインはハッと我に返る。改めてニューロードの姿を見ると、彼の衣装には返り血などついていない。すべては、ヴェインのトラウマが生み出した妄想だ。
ニューロードは、そんなヴェインの様子を、気味悪そうに眺めていた。彼の瞳には、憐憫の情は微塵もなく、ただ、目の前の男の異常さに戸惑っているようだった。
『気分よくオープンカーでドライブしてたら鳥のフンが落ちてきて顔面直撃!どうよ?』
『だよなぁ!いやマジできしょいの!ギャハハ!!』
バーでの記憶が蘇る。ニューロードは今は反省したふりをしているが、その本音をヴェインは知っている。
あの夜、薄暗いバーで耳にしたニューロードの言葉が、ヴェインの脳裏に蘇る。それは、ルキナの死を軽々しく嘲笑う、残酷な言葉だった。
今は反省したふりをしている。ヴェインは彼の本性を知っている。
『殺せ!殺せ!殺せ!混沌だ!恐怖だ!お前の本心を知ってるぞ!』
心の奥底から、魔王の幻聴が湧き上がり、ヴェインを煽り立てる。復讐の炎が、彼の心を焼き尽くそうとする。
しかし、ヴェインは、感情に流されることを拒んだ。ゆっくりと深呼吸をし、怒りを押し殺す。平静を装い、ニューロードに歩み寄る。
「あ、はい……すいませんちょっと貧血気味で」
そう言いながら、ヴェインはニューロードに手を差し伸べた。それは、和解の証であるはずの握手だった。
ニューロードは、ヴェインの意図を測りかねるように、少し戸惑った表情を見せる。しかし、次の瞬間、彼はにこやかに笑い、ヴェインの手を握り返した。
二人の手が触れ合う。それは、表面的には和解の握手。しかし、ヴェインの心には、復讐の炎が静かに燃え盛っていた。
「ありがとうございます。これでこの事件はおしまいですね。今後もジェネシスをよろしくお願いします」
マネージャーは、事務的な口調でそう言うと、ニューロードを伴い、足早に会議室を後にした。彼らの去った後には、重い静寂だけが残り、ヴェインとロビンだけが取り残された。
「ではヴェインさん。同意書のサインと、それから色々と説明があります。これは法的に義務付けられているものでして~」
ロビンは、いつもの穏やかな口調で、ヴェインに説明を始めた。しかし、ヴェインの耳には、彼の言葉はほとんど届いていなかった。
今もなお、ニューロードと握手した時の感触が、生々しく残っている。それは、温かくて、柔らかな感触だった。しかし、ヴェインにとっては、底知れぬ闇を感じさせる、不気味な感触でもあった。
「それで、ですね、決してこれはヴェインさんにとって~」
ロビンの言葉は、ヴェインの意識の彼方へと流れていく。彼の頭の中は、ニューロードへの憎しみ、ルキナへの愛情、そして、復讐への決意で満たされていた。
説明が終わると、ヴェインは同意書にサインをし、会議室を後にした。ジェネシスのビルを出て、夜の街へと足を踏み入れる。
冷たい風が、ヴェインの頬を撫でる。彼は、空を見上げ、深く息を吸い込んだ。