異世界転生者って最高!みんなの人気者
◇
ルキナのことはもう忘れろ。
無理な話だった。忘れることなどできるはずがなかった。ルキナとの日々はヴェインにとってはもう生活の一部のようなものであり、何よりもルキナを心底愛していた。
部屋に戻っても、もう暖かなひだまりはそこにはいない。彼を迎えるものはどこにもいない。
それでも仕事はしなくてはならない。いつものようにコンビニに向かう。シフトの交代時間は近いので、その前に軽く買い物を済ませる算段だった。
「……うっ」
忌むべきものが、視界に入る。
ヴェインはいつしか外に出るのが嫌いになっていた。
コンビニの陳列棚。そこに置かれた商品の中に、コラボ商品がある。七星天コラボ商品。彼らのイラストがパッケージされた菓子やドリンクが並べられていた。
七星天はこの社会におけるスーパースター。街中で彼らの姿が目に入る。
───ドクン
心臓の音が高鳴る。見たくもないイラスト。その中には当然、ニューロードもいる。
「ハァ……ハァ……」
過呼吸になる。嫌な汗が流れる。視線を逸らすが不意打ちのように視界に入ったコラボ商品が記憶にこびりつく。お腹がキリキリと痛んだ。
幽鬼のようにレジへと向かう。あと少しだ。
『それでは今月のヒットチャートは……あの七星天のテーマソングです!』
店内放送が流れる。七星天のテーマソングが流れ始めた。
───やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ。
『俺の名はニューロード♪前人未到♪全てを賭けるぜ♫』
曲を聞くだけで吐き気を催した。ただでさえ思い出したくもないのに、理不尽に社会は彼に向けて七星天ニューロードの情報を流す。それが気持ち悪くて仕方なかった。
今までの日常が地獄となったようだった。
「先輩……大丈夫スか?」
アルバイトの後輩に声をかけられる。ヴェインは大丈夫だと答え、商品をレジの前に置いた。
レジの隣には、巨大なパネルがあった。商品宣伝のためだ。
ヴェインは、見てしまった、見るしかなかった。それは、コンビニに訪れた客に見せるために配置されたパネルなのだから。宣伝用のパネルなのだから。
「あ、あ、あぁ……」
それは、巨大なパネル。等身大のニューロードが印刷されたもの。黄色い衣装に身を包み、笑顔を浮かべていた。
『ニューロードも愛用中!今ならニューロードのオリジナルグッズもらえるぜ!』
世界が、ぐらついていくようだった。腹の底から、言いようのない感情が、沸き起こる。
「ちょ、ちょと先輩!?」
気がつけどヴェインは立ち眩みを起こし、陳列棚に倒れ込んだ。乱雑に商品が散らばる。無数のニューロードたちが、ヴェインを見ている。
耐えきれなかった。この世界に満ちた悪意なき悪意。ただの一般人であるヴェインにはその重みはあまりにも強かった。
「おっと……気をつけなよ、こんなところで倒れたら病院代も馬鹿にならない」
気が狂いそうになるほどの悪夢。そんなヴェインを何者かが受け止めた。女性だった。
「綺麗な人……い、いや!あんた先輩の知り合いス?」
「ああ、よく貧血になるんだ。悪いね、会計は代わりに済ませておくよ、1200円で良いの?」
「いや先輩……次、交代なんスけど……」
「今日は休みだ、私が決めた」
「えー……」
女性は会計を済ませると、ヴェインに肩を貸して外へと連れ出し、車に乗せた。
意識の淵から引き戻されるように、ヴェインは重たい瞼を押し上げた。視界の焦点が定まるにつれ、そこは騒乱の場ではなく、静寂に包まれた車内であることを認識する。あのイラストは存在しない。七星天の気配はまるでない。安堵と共に、これまでとは違う世界の気配に、彼は微かな戸惑いを覚えた。
「大丈夫か?水、そこに置いてある。必要なら飲むといい」
その声は、ヴェインの耳に優しく響き、まるで現実へと繋ぎ止める錨のようだった。
「ありがとう……ございます」
絞り出すように言葉を紡ぎ、ヴェインは彼女へと視線を向けた。
彼女は、プラチナブロンドの髪を豊かに波打たせ、その輝きは月の光にも似て、ヴェインの目に眩いほどだった。吸い込まれそうなほど深く青い瞳は、どこか憂いを帯びており、神秘的な雰囲気を漂わせる。透き通るように白い肌は、まるで薄絹を纏っているかのようで、その滑らかさを想像させた。
「誰……?」
ラフなTシャツと革ジャン、そしてデニムのジーンズという飾らない服装は、彼女のしなやかな肢体を際立たせ、その下から覗く豊満な胸元と引き締まった腰のラインは、抗いがたい女性らしさを醸し出していた。
それは、今までヴェインが出会ったことのないタイプの女性だった。男勝りな雰囲気を纏いながらも、紛れもない女性らしさとしての魅力を放っている。相反する二つの要素が、彼女の中で見事に調和し、独特の魅力を放っている。
「気にするな、私は君に用事があったのだからね」
女性はヴェインの返事を待たずに車のアクセルを踏む。たちまち加速して夜のハイウェイへと向かっていった。
「異世界転生者たちが作ったこの景色、連中は気に入らないがこの景色は好きだ。美しい光のイルミネーションは宝石箱のようでなにものにもかえがたい」
東京首都高速道路。異世界転生者たちが作り出した都市「東京」内を自動車で移動するために作られた専用の道路である。そこから見える夜景は随一のものだった。
「あ、あの、出してください……。人違いじゃないですか?俺はあなたみたいな人に知り合いはいない」
「ニューロードが起こした殺人事件。同情するよ、あぁあれは事故じゃない。事件だ」
女性の言葉にヴェインは目を丸くする。ルキナを殺したのはニューロードだと、こうもはっきり言ってくれた人はいなかったからだ。
「あなたは……誰ですか?」
「王立騎士団親衛隊。レティシアだ」
そういってレティシアは騎士団勲章を見せる。王に忠誠を誓うことを意味する竜をモチーフにしたもの。それは騎士団の中でも最上位の王立騎士団の証だった。
「王立騎士団!?まだ存続してたんだ……」
もっとも騎士団の役割は、異世界転生者がこの世界に来るようになってからは、なくなってきた。彼らの目的は民草を守ること。しかしそれは、異世界からやってきた転生者たちの絶大な力により十分守られているからだ。
事実、魔王フィアレスを倒したのは、異世界転生者たちで構成されたパーティー、後の「七星天」なのだから。
「あぁ、なんとかね。税金で食わせてもらってるよ」
レティシアはそういってシニカルな笑みを浮かべる。
騎士のイメージは高潔、高貴さが強い。だが、彼女から抱くイメージはまるで別だった。
「騎士様が、俺に何の用事ですか……?」
「良い所に連れて行ってやる、大人しくしててくれ」
レティシアはアクセルを強く踏む。加速していく車。窓の外から見える夜景が目まぐるしく変わっていく。ヴェインはレティシアが騎士であると知ると彼女を信用し、大人しく彼女に従うことにした。その先が地獄だと知らずに───。