英雄のいないこれからの世界で
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ジェネシスビル前には大勢のマスコミが大挙していた。魔王フィアレスとの関係性、数々の不祥事が白日の元に晒された異世界転生者たちを検挙すべく、王立騎士団が彼らを逮捕することで正式に決まったのだ。
「違う!俺はハメられたんだ!弁護士を呼べ!!」
ニューロードは手錠をかけられ、押し寄せるマスコミと野次馬たちに見苦しく叫んでいた。奇跡的に命を取り留めていた彼だったが、その後の顛末は悲惨たるものだった。
「人殺し!」「何がヒーローだ!」「詐欺師め!」
ルキナを殺害したことだけでなく、レティシアの提供したバーでの彼の本性は、動画サイトを中心に拡散され、世論は完全に彼を悪者として認識していた。
彼をかばうものはどこにもいない。裁判を踏んで、牢屋の中で残りの一生を過ごすことになるだろう。
騒然とするジェネシスビル前。群衆の怒号と罵声の中、ニューロードは、王立騎士団に連行されていく。その姿を、ヴェインとレティシアは、少し離れた場所から静かに見守っていた。
「遅くなったけど、これで復讐は終わり。時間をかけて悪かったね」
レティシアは、ヴェインの隣で、静かに呟く。ヴェインは、彼女の言葉に答えることなく、ただ、ニューロードの姿を目で追っていた。
ルキナはもう戻らない。だが、彼女の無念は晴らされた。ニューロードは、罪を償い、罰を受ける。それは、ヴェインにとって、長く苦しい復讐の旅の終わりを告げるものだった。
「ルキナはもう戻らない……でも、彼女の魂も、きっと救われる……ありがとうレティシア」
ヴェインは、絞り出すように言葉を紡ぐ。レティシアがいなければ、彼はここまでたどり着くことはできなかっただろう。復讐の道は、決して平坦なものではなかった。深い悲しみ、怒り、憎しみ。そして、絶望。レティシアは、そんなヴェインを支え、共に戦ってくれた。
短いようで、長く、そして、濃密な時間。それは、まるで夢のように、儚く、美しい思い出として、ヴェインの心に刻まれていた。思えばそれは、今となっては泡沫の夢のようだった。
ヴェインの復讐は完遂した。だが、ヴェインは知っている。レティシアの復讐の矛先は七星天。オールマンは、未だに健在である。正義の味方として、今もこの東京に君臨している。
ヴェインは、レティシアを見る。彼女の怒りは正当なものだ。それでも、オールマンの死は……果たして良いものなのだろうか、止めるべきではないかと葛藤する。
「私はね、本当は分かっていたんだ、パパが殺されても仕方のない人物だったって」
そんなヴェインの心中を察してか、レティシアは語る。
衝撃的な言葉だった。レティシアは、父の罪を、そして、自らの憎しみが、必ずしも正義ではないことを、理解していたのだ。
「たくさんの人を傷つけて、苦しめて、報復をされないだなんて身勝手だ、だからさ、仕方のないことだったって思っていたんだ」
それは初めて語るレティシアの心境の吐露。彼女が復讐を誓った本当の理由。
「でもね、異世界転生者たちは決して正義の味方ではなかった。大半が腐敗していたんだ、それはヴェインも知っているだろう?」
フィアレスの悪行を、レティシアは知っていた。だから殺されても仕方のないことだと、そう思っていたのに、彼女が知った真実はあまりにも残酷だった。
異世界転生者たちの傲慢で、不遜で、醜悪な振る舞い。腐りきったその人間性。例え全てがそうでなくても、彼女にとって何が正しいことなのかわからなくなるには、十分な現実だった。
「憎むしかなかったんだ……でないと……さ?あまりにも、あまりにもみんながひどいじゃないか」
気づけば、レティシアの頬に涙が伝っていた。
父の死を肯定するということは、異世界転生者たちの行いを肯定すること。あの腐りきった者たちを、正しいことだと認めること。
異世界転生者たちは、フィアレスの死後、フィアレスの部下たちを徹底的に痛めつけた。その中には当然、幼きレティシアが仲良くしていた者たちも含まれる。
憎むしか、彼女は出来なかったのだ。
正しさを示すために、父は間違いでなかったと、異世界転生者は悪であると、知らしめるために。
「レティシア……」
ヴェインは、彼女にどんな言葉をかけたらいいか分からなかった。彼女はこれからも復讐の道を辿るのだろうか。その先が、決して報われない果てであろうとも、茨の道を突き進むのだろうか。
それは、あまりにも残酷だった。ヴェインの目には、彼女が行き先を失った童のように見えた。
「そうでもないと、俺は思うよ」
ヴェインは、そう告げる。
目の前に広がる景色は、異世界転生者たちを非難する声。暴露された真実に、人々の心は変わり始めている。
「レティシアのしたことは無駄じゃなかった」
異世界転生者たちへの目は、此度の事件で確実に変わった。それは、七星天の壊滅以上に、この世界の常識が根底から覆るような事態だった。
ヴェインの言葉を聞いて、レティシアの背負っていた重みが、取れていく、そんな気がした。
彼女は黙って遠くを見つめる。その視線の先に何を思うか、それはヴェインには分からない。
ただ、彼女の瞳には、既に復讐の怨嗟はなく、どこか吹っ切れたような、澄んだ瞳をしていた。
二人は、公園のベンチに並んで腰掛け、ただ静かに空を見上げていた。澄み切った青空には、白い雲がゆっくりと流れ、穏やかな時間が流れていた。言葉は交わさずとも、気まずさはなく、心地よい静寂が二人を包み込んでいた。
どれほどの時が過ぎたのだろう。沈黙を破ったのは、聞き慣れた男の声だった。
「そろそろ話に入っていいか?」
「うわ!なんだ……ペインゲッター……か?」
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、変装したペインゲッターだった。いつもとは違う姿に、ヴェインは一瞬、誰だか分からなかった。
「ヴェイン、お前に伝えたいことがあってな」
「俺に?」
「此度の事件、異世界転生者やジェネシスには大きなダメージとなった。世論はジェネシスを疑問視する声もあがるだろう」
東京の中心部を震撼させたフィアレスの凶行は、もはや隠蔽できるようなものではなかった。あの国民的アイドル、恋ヶ崎凛子をもってしても、沈静化させることのできないほどの、大きな傷跡を街に残したのだ。
「異世界転生者たちを、元から疎ましく思っていた連中がいる」
「凛子さんのアンチとか?」
アイドルである凛子にはたくさんのアンチが存在する。彼女の衣装や新曲をインターネットで叩き続ける彼らを、人々はアンチと呼んでいる。
ある意味、この世界で一番、異世界転生者を疎ましく思っている人々だろう。
だが、ペインゲッターは「違う」と真顔で否定する。
「王族たちだ、この国を元々支配していた連中……今も体裁上は支配者だが、実態は違う」
王族……王立騎士団という名のとおり、この都市「東京」は元々王国であった。彼らが君臨していた王国は今は影もなく、実質的な支配者はジェネシスである。
「彼らは今こそ、自分たちの権力を復活させるべきだと動き始める、その時にまずすべきことは……新たな英雄を立てることだ」
「オールマンじゃない異世界転生者……?誰がいるんだ?」
ヴェインの疑問に、ペインゲッターは大きくため息をつく。
「お前だよヴェイン、良いか、異世界転生者どもはクソだが、王族もまたクソだ、気をつけることだ、連中は既に動いている」
そう言って、ペインゲッターはその場を立ち去る。それだけを伝えたいがために、やってきたのだ。
「俺が……英雄に?ウソだろ?」
「いや、まぁ悪くないね、フィアレスと対峙した英雄、倒したのはオールマンは手柄を横取りしただけで、実質はヴェインの働きだもの」
レティシアは、いたずらっぽく微笑みながら、そう答える。しかしヴェイン自身は分かっている。英雄なんてものに自分はなれないことなど。
ペインゲッターの言葉に、ヴェインは頭を抱え、真っ青な表情になっていた。
「まぁそう狼狽えるなよ!なぁに何とかなるさ!ひとまず腹ごなしをしようか、スクルドも誘って……"これから”のことについてさ!」
レティシアは立ち上がり、ヴェインに手を差し出す。
ヴェインはそれを見て、ハッとする。そして、彼女の手を掴んだ。
「ああ、そうだな!」
ヴェインの顔にも、自然と笑みが広がる。二人は、しっかりと手を繋ぎ、未来へと歩み出す。
ペインゲッターの言葉は、確かにヴェインの心に不安と重圧を与えた。しかし、レティシアの笑顔、そして、彼女の温かい手は、ヴェインの心を勇気で満たし、未来への希望を与えてくれた。
二人は、スクルドを誘い、街へと繰り出す。美味しい料理を味わい、楽しい会話を楽しむ。そして、"これから"のことについて、真剣に話し合う。
王族の策略、異世界転生者たちの動向、そして、自分たちの未来。解決すべき問題は山積みだが、それでも二人は、希望を失わない。
レティシアと共に歩む道は、決して平坦ではないだろう。しかし、ヴェインは、もう迷わない。彼は、レティシアの手を握りしめ、未来へと歩み続ける。銀河に広がる星々のように、無限の可能性を信じて。
夕陽に染まる街並みは、二人の未来を祝福するかのように、美しく輝いていた。




