君のために
東京中から集まっていく光の束が、ヴェインの身体に吸い込まれていく。
ヴェインのチート能力「オールディメンション」。それは、あらゆる可能性を選択し、因果律を凌駕する、禁断の力。
今、ヴェインは決断する。東京中で目覚めたチート能力を、自らの身に集約し、この悲劇を終わらせることを。
光が、ヴェインを中心に渦を巻く。それは、もはや人間の域を超えた、神々しいまでの輝き。フィアレスは、己の創造したものが、想像を絶する化け物へと変貌を遂げたことを、この時、まざまざと悟った。
「な……なんだ、これは!」
フィアレスの叫びは、光の奔流にかき消される。人々の可能性が集約され、ヴェインへと流れ込む。あらゆるチート能力を内包した彼は、最強の異世界転生者と謳われたオールマンさえも凌駕する存在へと昇華していた。
「それが貴様の本性か!すべての人々からチート能力を奪い取り……!」
フィアレスは、怒りと恐怖に歪んだ顔でヴェインを指差す。チート能力を吸収するチート能力。フィアレスの目にはそう見えたのだ。
しかし、ヴェインは、彼の言葉を冷静に遮る。
「いいや、違う!フィアレス!お前の本性を……俺は分かっている!!」
ヴェインの言葉は、鋭い刃のようにフィアレスの心を貫く。彼は、フィアレスの隠された能力、その真の目的を見抜いていたのだ。
フィアレスは、魔法によってチート能力を無力化することができる。それは、来るべき全人類チート能力者時代において、彼を絶対的な支配者へと押し上げる力となる。
チート能力を持つ者にとって、それを無力化できる存在は、まさに恐怖の対象。それは、最強の力を持つオールマンよりも、はるかに恐ろしい存在と言えるだろう。
フィアレスの真の狙いは、チート能力を無力化する力によって、人々を支配し、恐怖で服従させること。そして、世界に君臨することだったのだ。
ヴェインの言葉は、フィアレスの仮面を剥ぎ取り、その醜悪な本性を露わにする。
収束した光は、ヴェインの右手に吸い寄せられるように集まり、凝縮していく。それは、まるで星々が一つに集まり、新たな輝きを放つ瞬間のようだった。
「フィアレス!俺は!英雄も!チート能力もいらない!ただ欲しかったのは、幸福な日常だけだッッ!!」
ヴェインの叫びは、絶望と怒り、そして悲しみを孕み、空気を震わせる。彼の右手に現れたのは、光り輝く四面体───シャイニング・トラペゾヘドロン。それは、全てのチート能力の原点であり、無限の可能性を秘めた存在。
「チート能力……?じゃない!これは、これは貴様……!」
フィアレスは、その光景を見て、ヴェインの真意を悟る。明らかにありえないエネルギーの奔流。それは決してヴェインが特別なわけではない。
「笑えないぞ小僧!考え直せ!」
フィアレスは、恐怖に駆られ、その場から逃げ出そうとする。しかし、すでに遅かった。
ヴェインの指先が、微かに震えていた。それは、恐怖からではなく、自らの決断がもたらすであろう結末に対する、ある種の畏怖だった。深く息を吸い込み、彼はシャイニング・トラペゾヘドロンに、自らの力を注ぎ込む。
"お手本は、皮肉にも何度も見せられてきた”
聖なる輝きを湛えていた四面体は、轟音と共に不気味な赤色に染まり始める。その様は、まるで心臓が脈打つかのように、不規則に明滅を繰り返す。かつて秩序と調和を象徴していたフォルムは歪み、崩壊の一途を辿っていた。
ヴェインの身体を、激痛が駆け巡る。それは、シャイニング・トラペゾヘドロンとの共鳴、そして、自らのチート能力が失われていくことへの反動だった。それでも彼は、その苦痛に耐え、力の奔流を制御しようと試みる。
暴走する力は、もはや彼の意志では止められない。シャイニング・トラペゾヘドロンは、彼の掌の中で、今まさに爆発せんとする爆弾と化していた。その表面を走る亀裂は、まるで蜘蛛の巣のように広がり、内部から漏れ出す光は、周囲の空間を歪ませる。
「ルキナ……これで良かったんだよな」
自嘲気味に呟いた。彼のチート能力───それは、彼の憧れそのものでもあった。数え切れないほどの苦難を乗り越え、彼が勝ち取ってきた栄光。その全てが、今、この瞬間に失われようとしていた。
「ぬぅぅああぁッ!正気かっ!?貴様……ッ!」
フィアレスは、咄嗟に己の身に治癒魔法を施す。
───後悔などしていなかった。
フィアレスを、そして、この恋人に報いるため、ヴェインは喜んで全てを犠牲にする覚悟だった。シャイニング・トラペゾヘドロンの崩壊は、彼自身のアイデンティティの崩壊を意味する。しかし、それは同時に、新たな始まりの序章でもあると信じて。
彼の瞳に、最後の輝きが宿る。それは、未来への希望を託した、静かな決意の光だった。次の瞬間、シャイニング・トラペゾヘドロンは、煌く閃光と共に、轟音と共に炸裂した。
その爆風は、周囲の空間を飲み込み、全てを無に帰す。残されたのは、静寂と、そして、新たな時代の幕開けを告げる、微かな希望の光だけだった。
轟音と共に、フィアレスを中心とした巨大な爆発柱が天へと昇る。それは、東京全土を焼き尽くすほどの威力を秘めた大爆発。
ヴェインは自身に残された最後の力で、その爆発範囲の可能性を極限まで絞り込み、フィアレスの肉体のみを破壊することに特化させた。
爆炎は、あらゆるものを飲み込み、焼き尽くす。残されたのは、凄まじい黒煙と、焔の残響のみだった。
「た、倒したの……すごいヴェイン!」
凛子の歓喜の声が、爆炎の余韻が残る静寂の中に響き渡る。彼女は、まるで少女のように無邪気にヴェインに抱きつき、勝利を称えた。ヴェインもまた、安堵の息を吐き出し、力なく地面に崩れ落ちた。
これで、全てが終わった───。
そう信じて疑わなかった。しかし、現実は残酷だった。
ゆっくりと晴れていく煙の先に見えたのは、信じがたい光景だった。
「そんな……」
フィアレスは、傷だらけになりながらも、確かにそこに立っていた。彼は、驚異的な治癒能力と強靭な生命力で、あの大爆発を生き延びたのだ。
だが、彼の表情は、もはや勝利の喜びに満ちたものではなかった。そこには、怒り、憎しみ、そして、深い絶望が刻まれていた。
「おのれ……おのれ、おのれ!許さんぞヴェイン!計画は台無しだ!!貴様ァ!!!」
そう、フィアレスの計画は今度こそ完全に破綻した。
シャイニング・トラペゾヘドロンは消滅し、彼の計画はもはや霧散したのだ。初めて計画の失敗を確信したフィアレスは怒りをあらわにする。
「その小娘もだ、殺す、殺してやる、レティシアもだ……どいつもこいつも……我の邪魔を、つけあがるなよ!!」
膨れ上がる魔力。これが魔王フィアレスの本気。
あまりの重圧に、耐えきれそうになかった。今までフィアレスは手加減をしていたのだ。全ては計画のために、そのために意図的に演じていたのだ。
だが、もはや演じる必要はなくなった。これから行われるのは、腹いせの、一方的な虐殺───。
「死ね、ヴェイン」
冷酷な言葉と共に、フィアレスの銃口がヴェインに向けられる。凛子は、とっさにヴェインを庇おうとするが、それは叶わぬ願いだった。
多重魔法展開───。
殺意に染まったフィアレスの魔力は、凛子のチート能力さえも容易く打ち破るだろう。引き金を引く指に力が入る。終わりを告げる音が、今にも鳴り響こうとしていた。
その時だった───。
世界の終焉を告げるかのような、重苦しい静寂。その静寂を打ち破ったのは、空気を震わせる轟音と、天から降り注ぐ圧倒的な存在感だった。
衝撃と共に、ヴェインたちの前に、まるで守護神のように立つ男の姿が現れる。
「待たせたな、もう大丈夫だ」
力強く、温かい声が、張り詰めた空気を解きほぐす。それは、この世界最強の存在。そして、フィアレスが最も忌み嫌う男───。
「私が、来た」
オールマン。誰もがその名を畏敬の念を込めて口にする、英雄の中の英雄。彼のチート能力、「オールマイティ」。それは、あらゆる力を自在に操り、あらゆる不可能を可能にする、まさに万能の力。
人呼んで、完全たるオールマン。
「オールマン!!」
憎悪に歪んだフィアレスの叫びが、虚しく空気を震わせる。その声にかき消されることなく、オールマンの手から解き放たれた光の粒子が、冬の粉雪のように舞い散る。
「フィアレス!貴様はやりすぎた!ここで終わりにしてもらうぞ!」
英雄の断罪が、今、下される。光の粒子は、まるで意思を持った生き物の如く、フィアレスの巨躯めがけて殺到する。それは、神罰の閃光か、あるいは、浄化の光か。
粒子はフィアレスの身体にまとわりつき、みるみるうちに硬化していく。鋼鉄よりも硬く、ダイヤモンドよりも輝かしい、光の牢獄。フィアレスは、怒りと絶望に満ちた形相で抵抗を試みるも、すでに力は尽きかけていた。
シャイニング・トラペゾヘドロンの爆発、そして、長きにわたる悪行の数々。心身共に消耗しきったフィアレスには、もはやオールマンの封印技に抗う力は残されていなかった。
光の檻は、フィアレスの巨躯を完全に覆い尽くし、その動きを封じる。かつて世界を恐怖に陥れた魔王は、今や、光の繭に囚われた哀れな虫けらと化していた。
戦いは終わった。
静寂が訪れる。それは、新たな時代の幕開けを告げる、希望に満ちた静寂。そして、長く暗い夜を乗り越え、ついに訪れた、夜明けの静寂だった。
意識を失っていた人々が、次々と目を覚ます。彼らの視線の先には、光り輝く英雄、オールマンの姿があった。
「オールマン!すごいぞ!オールマンがフィアレスを倒した!!」
歓喜の声が、静寂を打ち破り、波紋のように広がっていく。人々は、救世主の降臨に心を震わせ、感謝と称賛の言葉を惜しみなく彼に捧げる。
「凛子ちゃんもいる!オールマンと凛子ちゃんが!またフィアレスを倒してくれたんだ!!」
人々の興奮は、頂点に達する。彼らは、英雄とアイドル、二人の救世主に駆け寄り、感謝の気持ちを伝えようとする。その光景は、まるで、嵐の後の穏やかな海に、希望の虹がかかるかのような、美しさだった。
熱狂の渦に巻き込まれそうになったその時、ヴェインは腕を掴まれた。振り返ると、そこにレティシアが立っていた。
「急いでこの場を離れるぞ。人に揉まれるのは嫌だろ?」
彼女の言葉は、冷静でありながらも、ヴェインを気遣う優しさに満ちていた。
「あぁ……そうだな!」
ヴェインは、レティシアの言葉に頷き、人混みをかき分けて走り出した。背後からは、歓声と熱狂が波のように押し寄せてくる。
遠くには、サインや握手に応じるオールマンと凛子の姿が見える。二人の周りには人だかりができ、笑顔と感謝の言葉が飛び交っている。
その光景を目に焼き付けながら、ヴェインは、レティシアと共に走り続けた。戦いは終わった。悪夢のような日々は、過ぎ去ったのだ。
静かな夜明けの下、昇り始めた太陽が二人の影を長く伸ばしていく。それは、新たな未来へと続く、希望の道筋だった。




