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東京に描かれたサーキット

 ◇


 無数の砲弾が、凛子めがけて解き放たれる。まさに死の雨。逃れる術はない。

 しかし次の瞬間、新たな魔法陣が凛子の周囲に展開される。それはフィアレスの魔法陣と対峙するかのように、空中に浮かび上がる。

 二つの魔力が衝突し、巨大な爆発が引き起こされる。大気は激しく震え、轟音が東京の街を揺るがす。人々は、何が起こったのか理解できず、ただ恐怖に慄く。


 「この魔法は……レティシアか!?」


 フィアレスは、その魔法の紋様に見覚えがあった。それは、彼自身の魔法と酷似した強力な魔力。そして、その魔法を使えるのは、自身を除きただ一人。


 「やれやれ、これだけの数……かなり疲れたが、やれないことはない……実の娘に計画を無茶苦茶にされる、これは一番の混沌だろ、パパ?」


 ビルの屋上に、一人の女性が立っていた。レティシア。フィアレスの実の娘。彼女は、指揮棒を振るうように、優雅な動作で魔法陣を操り、フィアレスの攻撃を全て防ぎきったのだ。

 フィアレスは言葉を失っていた。それはレティシアが生きていたことによる驚きかあるいは別の思惑があるのか。いずれにせよ娘の手で計画が妨害されたという事実が残る。

 レティシアは、フィアレスを見下ろしながら、静かに語りかける。その声は冷たく、そして、悲しげだった。


 「私は、もうあなたの操り人形じゃない。私は、私自身の意志で、生きていく」


 レティシアは、フィアレスに深く突き刺すかのように、自身に言い聞かせるように毅然とした態度で言い放つ。

 彼女と共に、ビルの屋上に立ったスクルドは、眼下に広がる東京の街並みを眺めながら、ある異変に気付く。


 「今のヴェインはチート能力が使えるし、あーしらは被害を……んん?」


 それは、ほんの僅かな違和感。だが、スクルドの鋭い感覚は、その異変を見逃さなかった。


 「シア……東京って、こんなだっけ……?」


 スクルドは、レティシアに問いかける。その声には、疑問と不安が入り混じっている。

 レティシアは、スクルドの視線の先を追う。そして、彼女もまた異変に気がつく。東京の街並みは、確かに以前とはどこか違っていた。

 それは、フィアレスの手によるもの。彼が真に狙っていたもの。それは、単なる破壊でも、殺戮でもない。もっと深く、もっと根源的なものを破壊しようとしていた。

 レティシアは目を凝らす。これは術式、魔法陣。都市計画を利用した巨大なもの。ジェネシスという巨大組織は東京の都市計画にも携わっていた。乱雑に見えるビル群は、一つのサーキットを描いていた。

 眼下ではフィアレスとヴェインとその他が対峙している。レティシアはビルから飛び降りた。伝えなくてはならない。父の、フィアレスの真の目的を。


 緊張感に満ちた空気が、戦場を支配する。凛子とフィアレス、二人の視線が激突し、互いの存在を確かめ合う。その張り詰めた糸を断ち切るように、一人の男の声が響き渡った。


 「凛子さん!」


 ヴェイン。彼は息を切らし、凛子の元へと駆けつける。


 「ほう、ようやく来たか」


 フィアレスはヴェインを一瞥し、冷淡な声で呟く。その視線はヴェインの存在を認めながらも、どこか見下しているようだった。

 周囲の群衆は、突然現れた男に、戸惑いを隠せない。


 「誰だ、あいつ?」


 彼らの呟きが、ざわめきとなって広がっていく。ヴェインの登場は、この緊迫した状況に、新たな波紋を投げかける。


 「終わりだフィアレス!お前の計画は全て破綻した!」

 「ほう、小僧?それはどういう意味だ?」


 フィアレスは、驚いた素振りを見せながら、ヴェインに問いかける。しかし、その表情はどこか芝居がかっていて、本心を見せない。彼はヴェインの言葉を軽くあしらい、挑発するような態度をとっていた。


 「ムナルスターナイトの拡散は失敗した!オールマンはやがてやってくるぞ、お前を倒したオールマンが!」


 フィアレスにとってのアキレス腱。彼を倒しうる存在、それがオールマン。今も彼はヴェインの自室で養生をしているが、ムナルスターナイトが消滅した今、やがて全快となりこの場にやってくることは明らかだった。

 しかし、そんなヴェインの態度がおかしいのか、フィアレスは笑い始める。


 「何がおかしい!お前はもう……」

 「クク……あぁすまないな小僧、それで?オールマンが来るまで我が何もしないとでも?少なくとも、無力な貴様ごときならば、今この瞬間殺すことも可能だが?」


 そう、オールマンがここに来ようが、ヴェインをこの場で殺すことなど容易いこと。それだけではない。周囲に集まった大衆を殺すことも容易いことなのだ。

 凛子は、小さく舌打ちをする。それは、苛立ちと焦燥の表れ。たとえ彼女といえども、この場の全員を守り抜くことは不可能。フィアレスの圧倒的な力の前に、為す術もない。


 「ちょっと……」


 彼女は、ヴェインに言葉をかけようとする。彼の勇気は認めながらも、現状では、スクルドやペインゲッターの方が、まだ頼りになる。そう言いかけた、まさにその時だった。


 「それとも、ご自慢のチート能力を使って、この場を打破するか?小僧よ」


 フィアレスの言葉が、凛子の言葉を遮る。それは、嘲笑と挑発を含んだ、残酷な問い。


 「え?」


 凛子は、思わず声を上げる。小僧とは、明らかにヴェインのこと。しかし、チート能力とは?彼はただの一般人のはず。一体どういうことなのか理解ができなかった。

 ヴェインもまた、驚きを隠せなかった。彼がチート能力に目覚めたのは、つい先程のこと。なぜフィアレスが、それを知っているのか。


 「まさか、チート能力に目覚めたのは自分の力だと思っていたのか?違う!違うぞ、小僧?お前は実験だったのだ、いわばそう、モルモット」


 それはヴェインの存在意義を根底から覆す、衝撃的な告白だった。まるで鋭い刃物のように、フィアレスの言葉がヴェインに突き刺さる。


 「何を……言っているんだ?」


 ヴェインの声は不信感と恐怖で震えていた。フィアレスの言葉を受け入れることができず、ただ混乱するばかりだった。


 「おかしいと思わなかったのか?今までのお前の身に起きていたこと、省みろ、何もかもが都合の良いことに……あぁ、そうだ、佐々木巌流にトドメを刺したのは我だ」


 フィアレスの言葉は、ヴェインの記憶を抉り、彼を絶望の淵へと突き落とす。今まで見てきたフィアレスの幻覚、幻聴。それらは、精神的なトラウマによるものではなかったのか。フィアレスが仕組んだものだったとしたら? 彼の思考、行動は、全て、フィアレスに誘導されていたのか?


 佐々木巌流の脳天を貫いた謎の一撃。その説明もフィアレスの言葉によって、恐ろしい真実へと変貌する。

 しかし、なぜ、今更、フィアレスはこんなことを言うのか。その真意が分からず、ヴェインは、底知れぬ恐怖を感じた。


 「オールマン殺しの最後のピースは……もう揃っていたのだ、チート能力を付与できるということは、オールマンを殺せるチート能力も見つかるということだ!!」

 「なん……だって……」


 絶句する。フィアレスの言葉に偽りがないとしたら、それは、それは……


 「今までオールマンを殺すための計画に、協力してくれてありがとう小僧、感謝するよ」


 フィアレスの言葉は、皮肉と嘲笑に満ちていた。ヴェインは、自分が、世界の破滅を招く一端を担っていたことに、愕然とする。


 ───自分が、招いていた。世界の英雄を殺す手引きを。

 脳裏に去来する父の最後。英雄を殺した男として、迫害され首を吊った最後を。自分たち親子は、フィアレスに利用され続けていたことに。

 ニューロードはフィアレスの手下だった。ルキナを殺したのはニューロードだ。自分の復讐も全て、手のひらの上で、自分の人生はあの日からずっと……


 「あ……え……あ、あぁぁぁッ!」


 ヴェインは叫ぶ。トラウマのように今までの出来事が悪夢のように。

 自分が何とかしなくてはならない。オールマンではなく、この手で何とかしなくてはならない。そんな使命感に陥る。


 「シャイニング!トラペゾヘドロンッ!!」


 光り輝く四面体を、ヴェインは掴む。そして発動する。彼の、チート能力を。

 その時、ヴェインは同時に垣間見た。

 笑っていた。魔王フィアレスは、心の底から笑っていたのだ。まるで、まるで、それは


 「やめろヴェイン!!その力を使うなッッ!!」


 ビルから飛び降りてきたレティシアが叫ぶ。彼女は魔法使い故に気がついたのだ。東京に張り巡らされた、フィアレスの本当の目的を。全てはこの時のために。ジェネシスの乗っ取りも、対オールマンの計画も、全ては囮。

 ヴェインを起点として、蒼白い光が、まるで複雑に絡み合った毛細血管のように、あるいは都市の夜景を模した神経網のように、東京の空に広がっていく。それは、禁断の魔法。

 シャイニング・トラペゾヘドロンの起動を契機に、永劫の時を封じ込められていた魔力が、今、解き放たれる。


 「リリース!!さぁ、新時代の始まりだ!!」


 一瞬、東京は、神々の怒りに触れたかのような、白昼夢のような光に包まれた。そして、それはすぐに消えた。

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