魔を討つ唯一無二の力
人々は、息を呑んで、二人の対決を見守る。果たして、勝利の女神は、どちらに微笑むのか。今、真のアイドルを決める戦いの火蓋が切られようとしていた。
「え……フィアレスってアイドル志願だったの……いやつーか男性アイドルってわたしと別に被らないんじゃ……」
凛子はフィアレスに戸惑いを隠せなかった。そもそも、アイドル決定戦って何をするのだろうか。奇しくも彼女が主催のイベントと同じ名前。そこでは新人アイドルが歌やダンスが披露していた。
即ち、この場で始める気だというのか、ダンスバトルを……!
「奴が来るまでの腕ならしといこうか」
フィアレスは、不敵な笑みを浮かべながら、船から降り立った。彼の目は、凛子を捉え、闘志を燃やしている。彼は、凛子を、倒すべき敵と認識したのだ。
「奴って?えー、ほかにもアイドル志願いるの……?聞いてないんですけど……?」
凛子は、フィアレスの挑発にひるむことなく、軽口を叩き返す。しかし、その瞳の奥には、闘志が宿っていた。彼女は、一歩も引かない。
凛子は、自身のチート能力「オールフィクション」を展開し始める。周囲の空間が、歪み始める。
フィアレスと凛子。二人のアイドルの戦いが、今、幕を開けようとしていた。それは、歌とダンス、そして、チート能力を駆使した、異次元アイドルバトルといえるのだろうか。
「まずは小手調べだ」
魔王の言葉は、氷柱のように鋭く、凛子の心を貫く。次の瞬間、彼女の周囲に、禍々しい魔法陣が展開される。それは、死の牢獄。無数の砲門が、凛子を囲み、その牙を剥く。
フィアレスは、指を鳴らす。乾いた音が、静寂を切り裂く。轟音と共に、無数の銃弾が、凛子へと襲いかかる。それは、死の雨。逃れる術はない。
フィアレスは、娘レティシアと同じく、魔法使いである。
彼は、魔力を操り、異世界の扉を開く。そして、そこから、様々な概念を召喚する。彼が愛用する現代兵器は、人類を殺戮する道具の象徴。人を傷つける、という概念を付与する媒体として、これ以上のものはない。
即ちフィアレスの召喚する現代兵器は、ただの模造品ではない。それは、死の概念を叩き込む、滅びの理。その攻撃は、肉体だけでなく、精神や魂をも破壊する。
故に守りは無意味。残るは死のみ。
ただし、それは、普通の人間の場合である。突然凛子の周囲の地面がひび割れ始める。
「よっ……!」
凛子は、まるで舞台役者のような身のこなしで、崩れ落ちる地面へと身を委ねた。それは、一瞬の出来事。地盤沈下によって生じた穴が、彼女を飲み込む。無数の銃弾は、虚しく空気を切り裂き、彼女の姿を捉えることはできなかった。
「……これは」
フィアレスは、眉間に皺を寄せ、呟く。あまりにも出来すぎた偶然。彼は、不吉な予感を覚える。凛子は、七星天の一人。ジェネシスの記録によれば、彼女は洗脳能力を持つという。ならば、今のは……。
「あのさ、私……アイドルなんだけど?」
次の瞬間、フィアレスの目の前に、凛子が姿を現す。それは、まるで幻影のよう。先ほどまで地下へと沈んでいった彼女が、瞬きする間もなく、彼の目の前に立っている。超スピード、瞬間移動、そんな言葉では表現できない。彼女は、まるで、最初からそこにいたかのように、自然にそこに存在していた。
「だが!それは失敗だぞ七星天!」
フィアレスは、勝利を確信したかのように高らかに宣言し、腰のホルスターから銃を引き抜いた。その動きは、まるで熟練のガンマンのよう。同時に、彼の周囲に、魔力の波動が広がっていく。それは、彼自身に常時展開されている魔法の影響範囲を拡大させるためのもの。
魔法とは、魔力を行使して世界のルールを書き換える高等技術。フィアレスは、長年の研鑽の末、その奥義を極めていた。異世界からやってくる者たちが持つ、チート能力。それに対抗する唯一の手段、それは……
「オールクリアぁ!」
フィアレスの言葉と共に、魔力の波動が、凛子を包み込む。それは、チート能力を無効化する力。世界のルールを操るフィアレスは、チート能力さえも、その支配下に置くことができるのだ。
凛子の額に向けて、冷たい銃口が突きつけられる。フィアレスの指が、引き金に力を込める。時間が凍結したかのように止まる。
だが、凛子は更に電光石火の如き動きで、間合いを詰める。それは人間の反射神経を遥かに凌駕する動きであった。フィアレスの反応より早く、凛子の手が、彼の銃を持つ手を叩く。無拍子打ち。日本古武道の一つにして最速の打撃技。佐々木巌流が、丸腰の際に使う技であった。
「ッ……!」
銃口が、凛子の額から外れる。フィアレスは、凛子の予想外の動きに、一瞬の隙を見せる。その隙を逃さず、凛子の足が、フィアレスの握る銃を蹴り上げる。下段から上段への、華麗な蹴り。信じられない体幹に、フィアレスは一瞬呆気にとられる。
そこに、凛子は更に追撃。掌底がフィアレスの胸に触れる。そして放つ。ゼロレンジインパクト。寸勁・無拍子。かつてない衝撃がフィアレスを襲う。
「がっ……はっ……!?」
能力は完全に無効にしていたはず。それは間違いない。
ではこの、理解不能な一連の動き、衝撃は……紛れもない技だというのか。
「ダンスバトルは……まずはこっちのリードってところかな?」
一連の所作は、まさしく一流の演舞と遜色がないほどに優雅なものであった。
フィアレスが能力の無効化をしてくることは、凛子は既に知っていた。あの日、初めてフィアレスと邂逅した時。
ニューロードは自身の能力が通用しないことを悟り、自分のできる範囲でやれることを務めた。
だが凛子は違う。自分の能力で、魔王フィアレスのような存在をいかに突破するか、その方法を模索し続けていた。
きっかけは、佐々木巌流である。
「佐々木さんってぁ、『オールマインド』ほとんど使わないよね?想像が具現化できるなら……ほら、もっと楽に敵を倒せない?」
そのチート能力「オールマインド」は、想像を具現化できるという、まさに万能の力。しかし、彼は、その力をほとんど戦闘で用いることはなかった。ただ、愛刀を召喚するのみ。後は、己が鍛え上げた剣技「巌流」と、揺るぎない武士道精神で、敵に立ち向かう。
凛子は、それに疑問を感じていた。彼は、他の異世界転生者たちと比べあまりにも異質であった。
「チート能力など、所詮は後付に過ぎん。いくら取り繕おうとも、究極の一には敵わない。某の武士道は、巌流とともにある」
答えは、明快だった。彼は、チート能力という外付けの力に頼ることを良しとしない。己が鍛え上げた剣技こそ、彼のアイデンティティ。武士道こそ、彼の生きる道。
チート能力に頼ることをしなかった異世界転生者。その実力は七星天の中でも随一であり、オールマンを除けば魔王フィアレスに傷をつけた唯一の猛者。
事実、魔王フィアレスは彼を恐れていた。オールマン対策は万全であったが、佐々木巌流に対しては真っ向から倒さなくてはならない。故に、自身の復活を世間に知らしめる前に、確実に殺したかったのだ。
魔王フィアレスを突破する方法。それは単純なことである。
能力に頼らない研鑽された技術。その積み重ねにより、敵を討つ。
「次は新曲の披露と行こうかな、フィアレスさん?」
凛子の声が、鈴の音のように澄み渡り、戦場の空気を切り裂く。その瞳は、挑戦的に輝き、フィアレスを射抜く。
チート能力「オールフィクション」。百花繚乱の恋ヶ崎凛子。その能力は……決して洗脳能力ではない。
「ぬっ……ぐっ……!」
フィアレスは、ズキズキと痛む腹を押さえながら、よろめくように立ち上がる。凛子の攻撃は、彼の想像をはるかに超えるものだった。
「なるほど、これがアイドル……知らぬわけだ」
不敵に笑みがこぼれる。知らぬ力、知らぬ存在。しかし……
「だが!それでも!我を倒すには!程遠いのだよなぁ!!」
フィアレスの叫びが、東京の夜空に轟く。それは、魔王の咆哮。彼の絶望と怒りが、魔力の奔流となって、世界を覆い尽くす。
無数の魔法陣が、東京の空に展開される。それは、まるで、星々が降ってきたかのような、壮大な光景。しかし、その美しさとは裏腹に、魔法陣からは、禍々しい光が放たれている。
「良いだろう!新曲発表!テーマはアポカリプスだ!!」
先ほどと同様に、魔法陣から無数の重火器が姿を現す。しかしその数は、比較にならないほどの数であった。
能力の無効化だけがフィアレスの強みではない。真っ向勝負であろうとも、並大抵の異世界転生者を寄せ付けない圧倒的な実力。故に魔王。故に長らくこの世界の支配者として君臨していたのだ。
無数の魔法陣が、漆黒の夜空を覆い尽くす。それは、まるで星々が地へと堕ちてきたかのような、壮絶な光景。満天の星空のように見えるそれは、その一つ一つが、死を告げる砲口だった。そして、殺意とともに凛子に狙いを定める。
凛子は、その圧倒的な数の砲門を見上げる。しかし、彼女の瞳には、恐怖の色は浮かんでいない。人々の期待と希望を一身に背負い、彼女は、この絶望的な状況に毅然と立ち向かう。
「大丈夫だ!凛子ちゃんなら何とかしてくれる!」
大衆は凛子を見守りながらも、彼女への信頼を捨てることはなかった。
砲口に、不吉な熱が帯び始める。轟音と共に、今にも、死の鉄槌が振り下ろされようとしていた。発射まで、数コンマ。時間は、残酷なまでにゆっくりと流れていく。
「いや、これは無理」
凛子は、静かに呟く。それは、諦観ではなく、冷静な判断。あまりにも、フィアレスの力は強大すぎる。真っ向から戦っても、勝ち目はない。
次の瞬間、東京の街を揺るがすほどの轟音が響き渡る。無数の砲弾が、凛子めがけて一斉に放たれる。それは、まるで、この世の終わりを告げるかのような、凄まじい光景。
凛子を中心とした大爆発はもはや誰もが想像のつくものだった。閃光が、夜空を裂き、衝撃波が、大地を揺るがす。人々は、恐怖に慄き、身を伏せた。




