悪夢の祭典、銀幕の偶像
フィアレスの瞳には、怒りの炎が燃え上がっていた。それは計画を台無しにされたことというよりも、想定外の事態に対する苛立ち。
「おい、お前ら……何を呑気な顔をしている」
能天気な態度をとっていた部下の一人を睨みつける。次の瞬間、その部下の頭部が、爆散した。血飛沫が、白い壁を真紅に染める。凄惨な光景に、他の部下たちは、息を呑んだ。恐怖が、彼らの心を支配する。
「誰かが計画に気づき、ムナルスターナイトを奪い取ったのだ!誰だ……誰だ……」
フィアレスの声は、怒りと焦燥で震えていた。彼は、己の計画を妨害した者を、絶対に許さない。犯人を探し出し、復讐の鉄槌を下すのだ。
東京に放っていた使い魔「魔力ドローン」の記録を辿る。魔力ドローンは、東京のあらゆる場所を監視し、情報を収集。その膨大な量の記録の中から、手がかりを探し出す。
そして、ある存在に気づく。恋ヶ崎凛子。七星天の一人。アイドルであり、英雄である少女。フィアレスは、魔力ドローンの映像から、凛子がアトラスに接触し、何らかの能力を使ったことを確認した。
「あの女か!許さん!おい、お前たち!出撃だ!!」
フィアレスの号令が、会長室に轟く。部下たちは、一斉に立ち上がり、所定の座席へと向かう。彼らは、パネルを操作し、戦闘準備を開始する。彼らの顔には、恐怖と緊張が入り混じった表情が浮かんでいた。
「魔王号……発進!」
それは、覚醒の咆哮。ジェネシスビルが、轟音と共に変形を始める。鋼鉄の巨体が、有機的に蠢き、禍々しいシルエットを夜空に浮かび上がらせる。それは、魔王フィアレスが極秘裏に建造していた、飛行戦艦「魔王号」。
「目標!恋ヶ崎凛子だ!うぉぉぉ!全速前進!!」
フィアレスの怒声が、魔王号のエンジンに火を点ける。凄まじい轟音と共に、巨大な船体が、夜空を切り裂く。フィアレスは、同時に魔力を展開する。凛子の位置を正確に捕捉し、空間を歪ませる。魔力によって生成されたレールが、魔王号を導く。
「加速だ!!いけぇぇぇぇ!!」
魔王号は、凄まじい速度で加速する。魔力レールに沿って、一直線に凛子へと向かう。その姿は、まるで、復讐の鬼と化しているかのよう。
そして、着弾。魔王号は、隕石の如く、凛子のいる場所に激突する。衝撃波が、周囲の全てを吹き飛ばす。大地は裂け、空は燃える。それは、この世の終わりを告げるかのような、凄まじい光景だった。
凛子がいた場所は、巨大なクレーターと化していた。周囲には、瓦礫の山と、吹き飛ばされた人々の残骸が散乱している。それは、地獄絵図としか言いようのない光景だった。
巨大な飛行船の出現は、人々の好奇心を掻き立てた。彼らは、日常の風景の中に突如として現れた異物に、驚きと戸惑いを隠せない。ざわめきが、波紋のように広がっていく。
「おい、お前……我の服……おかしくないか?」
船内では、フィアレスが部下に身だしなみをチェックさせていた。完璧主義者の彼は、些細な皺や汚れも見逃さない。第一印象は、何よりも重要なのだ。
「は、はい……大丈夫です」
部下は、緊張した面持ちで答える。フィアレスの鋭い視線に、身の毛がよだつ思いだった。
「本来はテレビを使って堂々とデビューしたかったのだが……仕方ない、皆の衆!見ているか!我を!!」
ハッチが開き、フィアレスは、スポットライトを浴びる舞台役者のごとく、姿を現した。その姿は、威厳に満ち、カリスマ性を漂わせる。群衆の視線が一斉に彼に注がれる。
「そう、我こそは……」
フィアレスは、ドラマチックに間を置く。そして、高らかに、その名を宣言しようとした、まさにその時だった。
「ふぃ、フィアレスだ!あいつはフィアレスだ!」
群衆の中から、叫び声が上がった。フィアレスの顔は、一部の人間には知られていたのだ。彼の悪名は、既に、人々の間に広まっていた。
その言葉を合図に、群衆の間に、混乱が広がっていく。恐怖、怒り、そして、好奇心。様々な感情が渦巻き、人々は騒然となる。フィアレスの登場は、静かな水面に石を投げ込んだように、波紋を広げていく。
「ふぃあー……」
魔王の名を冠する男の、途絶えた言葉が、空虚に響き渡る。それは、まるで、彼の野望の脆さを象徴するかのようだった。周到に用意されたはずの登場シーンは、予期せぬ出来事によって、台無しにされてしまった。
更に間が悪いことに、瓦礫の山の中から、一人の少女が姿を現す。恋ヶ崎凛子。砂埃にまみれながらも、その姿は凛として、傷一つない。彼女は、まるで不死鳥のように、破壊の跡から蘇ったのだ。
「凛子ちゃんがいるぞ!」「フィアレスをやっつけてくれ!」「無事だったんだ!」「さすが七星天!!」
彼女を見つけた群衆の歓声が、空気を震わせる。彼らは、凛子の無事を喜び、彼女に声援を送る。先ほどまでの恐怖と絶望は、どこかに消え去っていた。希望の光が、再び彼らの心に灯ったのだ。
フィアレスは、その光景を、信じられないという思いで見つめていた。今まで、恐怖によって支配していたはずの民衆が、なぜ、あのように心変わりするのか。彼は、理解に苦しんでいた。
凛子は、群衆の声援に応えるように、微笑んだ。その笑顔は、太陽のように明るく、人々の心を温める。彼女は、希望の象徴。人々を導く光。フィアレスの支配から、人々を解放する存在。
フィアレスは、凛子の存在の大きさを、改めて思い知る。彼女は、単なるアイドルではない。彼女は、人々の心を掴む力を持つ、真の英雄なのだ。
「お前は……なんだ……?」
フィアレスの心に、波紋が広がる。計画は、狂い始めた。彼は、凛子を排除しなければ、自らの野望を達成することはできない。
「知らないのかフィアレス!凛子ちゃんはこの世界のトップアイドルなんだ!お前なんかとは次元が違う!」
群衆の中から、一人の男が声を張り上げる。凛子ファンクラブ会員の一桁ナンバーを誇る、熱狂的なファン。彼は、凛子がまだ駆け出しの頃から、その才能に惚れ込み、応援し続けてきた。しかし、その熱意は、時に空回りし、周囲からは煙たがられることも少なくない。
「あい……どる……」
初めて聞く言葉に、フィアレスは愕然とする。
その言葉は、フィアレスの耳に、異質な響きを持って届いた。それは、彼が今まで知ることのなかった、未知の概念。人々の心を掴み、希望を与える存在。魔王である彼よりも、遥かに支配者にふさわしい存在。
凛子の登場は、一瞬にして場の空気を変えた。恐怖と絶望に支配されていた人々は、希望を取り戻し、凛子に歓声を上げる。フィアレスは、その光景を前に、己の敗北を認めざるを得なかった。
フィアレスは、決意を新たにする。あらゆる手段を使って、凛子を倒す。そして、東京を、世界を、そして……
フィアレスは、自嘲気味に笑った。彼は、今まで、対オールマンのことばかりに気を取られ、世俗のことには無関心だった。その結果、アイドルという存在を知らず、凛子の持つ力の大きさを甘く見ていたのだ。
だが、今は違う。彼は、”学習”した。アイドルという存在を、凛子の持つ力強さを、理解した。ならば、あとは戦うのみ。どちらが真のアイドルなのか、この場で決着をつける……!
「いいだろう凛子!ならばこの場で決めよう!どちらが優れているか……アイドル決定戦だぁぁぁッ!!」
フィアレスは叫ぶ。それは、魔王としてのプライドをかけた戦いの宣誓。そして、新たな支配者を決める戦い。




