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誰がために鐘は鳴る

 ◇


 凛子の「オールフィクション」は、アトラスに仕掛けられた人魂爆弾だけでなく、彼の催眠すらも解除することが可能である。

 故に、彼女がアトラスに到達した時点で、勝負は決する。

 山よりも巨大な体躯。すでにアトラスは生きた災害であった。そんな彼の前に、凛子は立つ。


 「おいあれ恋ヶ崎凛子ちゃんじゃないか!」「きゃー!こっち見て!」「え?なに?MVでも撮影してるの?」「馬鹿、七星天としての活動だよ」


 周囲の人々は、凛子の登場に黄色い声援をあげていた。


 「あははーみんな、危ないから避難してねー」


 そんな大衆に、流石に凛子は苦笑いを浮かべる。目の前には巨人。今も建造物を破壊し進行しているというのに、大衆の呑気さには少し気後れしていた。


 「まぁ、こんなの一瞬で終わるけどね」


 凛子はアトラスに狙いを定める。彼女のチート能力「オールフィクション」の発動である。

 事態はあっけなく終わる。アトラスは歩みを止めた。


 「ふぅ……それじゃあヴェインのところ戻りますか、あいつ死んでないと良いんだけど」


 踵を返し、来た道を戻ろうとする。そのとき、雄叫びが東京に響き渡る。


 「な、なに!?うるさいんだけど!?」


 咄嗟に耳を塞ぐ。その騒音のもとは他でもないアトラスだった。

 凛子は見上げる。何かミスがあったのかと。


 「な、なんなんだこれ!お、俺の身体……どうなったんだ!?」


 それは戸惑いだった。


 「あー……そういうこと」


 凛子は、状況を理解した。要するにアトラスは、最初からフィアレスに催眠をかけられていたのだ。来たるときが来るまで、自分の身体の変化に疑問を持たず、東京郊外で大人しくしろという命令。

 凛子の「オールフィクション」はその催眠まで解いてしまった。故に初めて感じる自分の肉体の変化に、アトラスは戸惑いを感じたのだ。


 「ねぇー聞こえるー?」


 流石に放置できないと見た凛子はアトラスに声をかける。


 「え……この声、凛子ちゃん!?う、うわ……こんな豆粒みたいに小さくなって……」


 アトラスは声の聞こえた方を見る。そこには憧れのトップアイドル。歓喜の声をあげると同時に自身の変化を確信のものとした。


 「り、凛子ちゃん!お、俺、どうなったの!?」

 「成長期ってことにしないー?」


 凛子はアトラスを落ち着かせようと、彼の疑問に答える。


 「こんな大きくなる成長期ってあるの……?」

 「あるあるー!わたしも朝起きたら身長が三センチくらい伸びてたことあるしー!」

 「そ、そっかぁ……凛子ちゃんがいうならそうかも……」


 三センチどころか三十メートル以上伸びているアトラスの全長は、もはや成長期とは言い難い程に巨大であったが、凛子の言葉に納得している。

 それは、彼女の言葉に説得力があったからではない。凛子のチート能力「オールフィクション」が、巨人の認識を歪め、無理やり納得させているのだ。

 凛子は巨人の心を操り、現実を改変する。残酷な行為のようにも見えるかもしれない。しかし、彼女の目的は、巨人を倒すことではない。彼を救い、この街を守ることなのだ。

 大人しくなったアトラスはその場に座り込む。東京のビルがいくつか破壊される。


 「危ないからとりあえずー!ひとけのないところにいってくんないー!?」

 「あ、あわわ……分かったよ凛子ちゃん……」


 凛子の言葉にアトラスは大人しく従い、立ち上がり、東京中心部とは逆方向へと足を進めた。

 周囲から拍手喝采が沸き起こる。これが凛子の「オールフィクション」の真骨頂である。彼女が本気になれば、交渉においては無敵である。


 「あはは、ありがとーみんなー……うーん、やっぱり普通に通じるなぁ……どうしてあいつには効果が薄いんだろ?」


 凛子は大衆の声に手を振り愛想笑いを浮かべる。ひとまずの脅威は去ったのだ。

 だがその時、凛子はとんでもないものを目にする。空気を切り裂くような轟音。何かが近づいてきている。とんでもないものが。

 振り返る。空の先に、それはあった。


 「えぇぇぇぇぇええええ!!?」


 それは視界を覆い尽くすほどの、巨大な船だった。凛子の叫びと同時に、船は着弾する。周囲を吹き飛ばし、大地を揺るがす。とてつもない衝撃だった。


 ◇


 時は僅かに巻き戻る。


 恋ヶ崎凛子の活躍により、巨人アトラスの脅威は去った。東京に平和が戻り、人々は安堵の息をつく。しかし、この状況を快く思わない存在があった。魔王フィアレスである。

 ジェネシスビルの高層階、会長室。そこは、魔王フィアレスの支配する空間。巨大な窓から、東京の街並みを一望できる。フィアレスは、その窓辺に立ち、アトラスの動きを監視していた。アトラスは、フィアレスの計画通り、東京の中心部へと向かっていた。しかし、突如として、アトラスは歩みを止め、東京から離れていく。


 「でかくしすぎたか……」


 フィアレスは、独りごちる。静かだが、重苦しい響きだった。彼は、自らの計画の無謀さを自覚していた。アトラスの巨体は、あまりにも目立ちすぎる。東京の中心部で爆発を起こせば、当然、邪魔が入る。

 フィアレスは、ニューロードにアトラスの警護を命じていたが、その本心では期待などしていなかった。


 「まぁいいや、中心は無理だったけど爆破するか……よっ」


 だがそんなことは想定内。フィアレスは指を鳴らす。起爆の合図だった。

 しかし、爆発は起きない。ここからは想定外だった。彼は知らない。作戦内容がバレていることに。凛子のチート能力「オールフィクション」が人魂爆弾を解除できることに。


 「どういうことだ!バレてたのか!?爆弾がぁ!?」


 フィアレスの怒号が、会長室に響き渡る。部下たちは、顔面蒼白になり、身をすくめる。魔王の怒りは、彼らにとって、死よりも恐ろしいものだった。娘でさえも爆弾に変えてしまう、非情な男。その怒りに触れれば、どうなるか分からない。


 「じゃあ直接爆破させるか」


 魔王フィアレスは、冷酷な笑みを浮かべながら、そう呟いた。彼は、迷うことなく、窓の外に見えるアトラスに向けて、魔力を込めた掌を突き出した。次の瞬間、彼の指先から、禍々しい光を放つ球体が解き放たれた。それは、破壊の化身。全てを消し去るための、魔力のかたまり。

 球体は、ジェネシスビルのガラス張りの壁を容易く貫き、凄まじい速度でアトラスへと向かう。しかし、アトラスに直撃した球体は、まるで吸収されるかのように消滅し、爆発は起こらなかった。


 会長室に、静寂が訪れる。部下たちは、怪訝な表情を浮かべ、互いに顔を見合わせる。魔王の魔法が、効かない? そんなバカな。彼らは、理解に苦しんでいた。


 「心配するな、最初からこんなの想定内だ」


 フィアレスは、不敵な笑みを浮かべながら、両手を叩き合わせた。その瞬間、アトラスの巨体が、内側から膨張し、破裂した。それは、大爆発とは違う。轟音も、衝撃波もない。ただ、純粋な破裂。アトラスの肉体は、無数の破片となって、東京の空に散らばっていく。

 フィアレスの真の目的は、アトラスを爆弾として利用することではない。彼の体内に貯め込まれた「ムナルスターナイト」を、効率よく東京に拡散させること。


 「よーっし!作戦成功!おつかれ……あ?」


 フィアレスは、高らかに宣言した。彼の顔には、勝利の笑みが浮かんでいる。計画は、成功した。アトラスは破裂し、ムナルスターナイトは東京に拡散したはずだ。これで、この街は、彼の支配下に落ちる。

 しかし、次の瞬間、フィアレスの表情は凍りついた。何かがおかしい。彼の鋭い感覚が、異変を察知したのだ。アトラスは、確かに破裂した。それは、紛れもない事実。だが、肝心のムナルスターナイトが、どこにも見当たらない。


 「ムナルスターナイト……どこにいった!?」


 フィアレスの声に、動揺の色が滲む。会長室に、不穏な空気が漂う。部下たちは、フィアレスの困惑ぶりを訝しげに見つめる。しかし、彼らの内心は冷静だった。魔王フィアレスは、常に冷静沈着で、どんな状況にも対応できる男。きっと、これも彼の演技なのだろう。何か、別の策があるに違いない。彼らは、そう信じていた。

 しかし、フィアレスの動揺は、本物だった。彼は、理解に苦しんでいた。ムナルスターナイトは、アトラスの体内に、確かに存在していたはずだ。それが、なぜ、消えてしまったのか? 誰が、どのようにして?

 フィアレスの脳裏に、様々な可能性が浮かび上がる。裏切り、陰謀、そして、未知の敵。彼は、己の計画を阻む存在がいることを、確信した。そして、その存在が、想像以上に強力であることを。

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