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血染めの約束は、煌きの先に

 しかし、恐怖は、彼の心を支配する。それは、まるで、己の存在を否定されるかのような、底知れぬ恐怖だった。

 ニューロードは、その恐怖から逃れるかのように、拳を振り上げる。無限大のエネルギーを解き放ち、ヴェインを消滅させようとする。


 「うるせぇ消えろ!」


 彼の鉄拳が、ヴェインを捉える。響き渡る轟音。衝撃波が大気を震わせ、大地を揺らす。ヴェインの身体は、爆散し、跡形もなく消え去る。


 「はっ、終わりだ……」


 ニューロードは、呟く。彼の心には、安堵感と、奇妙な虚無感が広がっていた。


 (こんなカスに、俺が恐怖していた?)


 彼は、自らの感情を嘲笑う。しかし、その嘲笑は、どこか空虚に響く。

 ヴェインの肉体は消滅した。恐怖の根源は、消え去ったはずだった。


 「!?」


 しかし、ニューロードの心に、再び恐怖が芽生える。それは、消し去ったはずの恐怖よりも、さらに深く、大きな恐怖だった。

 彼の視線の先には、信じられない光景が広がっていた。


 「な、なんだ……?」


 ニューロードは、息を呑む。そこに立っていたのは、紛れもなく、ヴェインの姿だった。


 「馬鹿な……幻覚か?」


 ニューロードは、呟く。彼の脳裏に、幻覚系のチート能力がよぎる。誰かが、自分に幻覚を見せているのではないか?

 しかし、それは現実だった。ヴェインは、確かにそこに存在していた。


 「幻覚じゃない、お前は思い知る時だ、奪われる者の気持ちを!」


 ヴェインの声が、凍てつく夜空に響き渡る。それは、静かな怒りを込めた、力強い声。魂の底から湧き上がる、復讐の咆哮。

 ニューロードは、戦慄する。彼の目に映るヴェインの姿は、もはや、あの弱々しい男ではなかった。それは、死の淵から蘇りし復讐鬼。凄まじき執念と気迫を纏い、ニューロードに迫る。

 その姿は、ニューロードの心に、敗北の影を落とす。彼は、初めて、己の敗北を予感したのだ。


 「違う、ありえねぇ!」


 ニューロードは叫び声を上げる。現実を認めたくない、心の叫びだった。

 ヴェインは、力強く地面を蹴り、ニューロードに向かって駆ける。その姿は、まるで、獲物を追う獣のようだった。

 紛れもない現実。ヴェインは、全快していた。傷ついた体、砕けた骨、消し飛んだ半身。それらは全て、跡形もなく消え去っていた。

 そして、再びニューロードの前に立ちはだかっていたのだ。

 ニューロードの心は、恐怖に支配される。彼は、理解することができなかった。なぜ、ヴェインは生きているのか。なぜ、彼は、あれほどの傷を負いながら、再び立ち上がることができたのか。

 しかし、答えはもう必要なかった。

 ヴェインは、復讐の鬼と化し、ニューロードに襲いかかる。その凄まじき執念、人の想いの果て、到達点、奇跡……脳裏に駆け巡るはそんなフレーズ。


 「だが!そんなもの関係ねぇなぁ!!」


 ニューロードの叫びが、虚無の空間を震わせる。彼は、己の能力を限界まで引き上げ、周囲に無限の空間を創造する。それは、物理現象をゼロにするという、これまでの能力とは一線を画す、新たな力の顕現である。

 無限に広がる空間は、あらゆる攻撃を吸収し、無効化する。それは、ニューロードを絶対的な無敵へと導く、完全無欠の防壁。


 さらに、ニューロードはその無限空間を拳に纏い攻撃に転じる。無限空間の一撃。それは、想像を絶する破壊力を秘めた、究極の攻撃。

 ヴェインの拳が、ニューロードの創造した無限空間に触れる。ニューロードは、勝利を確信する。しかし、次の瞬間、彼の顔色は一変する。

 ヴェインの拳は、無限空間を突き破り、ニューロードの頬にめり込む。


 「がはっ……!?」


 ニューロードの悲鳴が、虚無の空間を裂く。彼は、信じられないという顔で、ヴェインを見つめる。

 ニューロードの意識が、激震に揺さぶられる。完全なるバリア、無敵の技。それが、いとも簡単に破られたのだ。理解を超えた衝撃。それは、彼の世界観を根底から覆す、信じがたい出来事だった。


 「ニューロード、俺は……本当は怖かったんだ、ルキナのためだと言って、この怒りも嘆きも実はただの虚仮なんじゃないかって、でも違った」


 ヴェインは、地面に転がるニューロードに冷たい声で呟く。


 「今、ここで……俺はお前を……殺す」


 ヴェインの言葉が、戦場に響き渡る。それは、悲痛なまでの決意を込めた、魂の叫び。

 視界は、無限に広がる可能性の奔流に飲み込まれる。「シャイニング・トラペゾヘドロン」がもたらした力は、彼を人智を超えた領域へと導いていた。

 その能力は、「オールディメンション」。ヴェインがこの世界で見出した、可能性の一雫。ニューロードを打ち倒すためだけに、彼だけが到達し得た境地。

 彼の瞳に、無数の世界が宿る。内包する小宇宙が彼に無限世界の可能性を見せていた。

 その中には、二度と戻らないルキナとの"もしも”の日々も含まれていた。

 もしも、あの日、ニューロードがルキナを殺害していなければ。

 もしも、あの日、ヴェインがジェネシスに潜入していなければ。

 もしも、あの日、二人が出会っていなければ。


 しかし、過去は変えられない。


 ヴェインの魂の灯火は、今燃え盛る。


 「俺はァ!!」


 彼の叫びが、虚無の空間を震わせる。それは、悲しみと怒り、そして、希望を込めた叫び。


 「ふっざけんなぁ、このクソザコがぁッッ!!」


 ニューロードの怒号が、ヴェインの叫びをかき消す。彼は、己の能力を最大限に解放する。ゼロと無限。進化した彼の力は、もはや人間の域を超越していた。

 世界さえも滅ぼしかねない、禁忌の力。

 解き放たれるのは、無限の熱量。魂さえも燃え尽きる、滅びの炎。それは、まさに、神々の怒りだった。


 「俺は異世界転生者だッ!お前ら原住民の未開人はッ!俺たちに従っていればいいんだよッ!!」


 ニューロードの叫びが、夜空に轟く。それは、傲慢と憎悪に満ちた、断末魔の叫び。

 彼は、自らの力を誇示するかのように、無限の熱量を解き放つ。周囲の建造物は、一瞬にして溶解し、跡形もなく消え去る。それは、まるで核爆発を思わせる、終末の光景。巨人アトラスの爆発など、取るに足らない。東京そのものが消滅しかねない、渾身の一撃。


 「……は?」


 ニューロードの顔から、血の気が引いていく。彼の放った一撃は、小型太陽を思わせるほどの威力だったはずなのに、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていたのだ。

 そして、彼の視線の先には、ヴェインが立っていた。


 「な、なんで……?」


 ニューロードは、言葉を失う。彼は、理解することができなかった。なぜ、ヴェインは無事なのか。なぜ、彼の攻撃は、ヴェインに届かなかったのか。

 ヴェインは、静かにニューロードを見つめる。彼の瞳には、ただ、静かな決意が宿っていた。


 「お前は、可能性を間違えた」


 「オールディメンション」は可能性を選択する力。ヴェインは、ニューロードの可能性を別のものへと変えた。攻撃が不発する可能性。本来起こり得ない僅かな可能性に、書き換えたのだ。

 ニューロードが作り出した小型太陽は"何か色々あって”自然蒸発し、不発に終わり消滅したという可能性によって、なかったものとされたのだ。


 「ばかな……ばかな……」


 ニューロードの呟きは、虚しく消え去る。見下していたはずの存在に、上を行かれていた屈辱。しかし、その現実を否定することが今のニューロードにはできない。

 ヴェインは、静かに拳を握りしめる。彼の瞳には、未来への希望が宿っていた。


 「もう……謝罪はいらない……ッ!」


 そして、その拳に力を込める。

 ニューロードは確信した。届きうる。自分に。覚醒など関係ない。新生ニューロードなど虚構の夢であったことに。


 「ばかなァァ!!」


 断末魔の咆哮が、空虚に響き渡る。ヴェインの鉄拳が、ニューロードの顔面にめり込む。容赦のない鉄槌が、頬に、顎に、額に、次々と叩き込まれる。

 殴りつける拳が、激痛が心を駆け巡る。それは肉体的な痛みではない。

 脳裏に浮かぶ、ルキナとの日々。それが、鮮明に思い浮かび、そして消えていく。まるで蜃気楼のように、拳から響く痛みとともに。


 ───それはまるで、少しずつ自分とルキナの絆が削れていくようだった。


 気がつけば、ヴェインの目には涙が溢れていた。理解不能の涙であった。憎き敵を、この手で殴りつけているというのに、今抱いている感情は歓喜でも快楽でもない。

 暗い暗い闇の中で、一筋の光を頼りに、自我を保ち続けている状況。今の彼は恋人であるルキナ以外何も見えなかった。


 「あの世で……ルキナに詫びろニューロードッ!」


 ヴェインの感情が、爆発する。振りかぶった腕が、渾身の一撃となってニューロードに叩き込まれる。その衝撃は、ニューロードの肉体だけでなく、彼の魂をも打ち砕くようだった。


 世界は無限の可能性に満ちている。そう、まるで万華鏡のように。無数の煌めきが織りなす、儚くも美しい模様。その一つ一つが、可能性という名の結晶だ。そして今、ヴェインの瞳に宿る刻印は、その万華鏡を覗き込む鍵となった。


 「オールディメンション」──それは世界の理を捻じ曲げ、可能性の海を自在に航海する力。因果の鎖を断ち切り、望む結末を引き寄せる力。ニューロードの鉄壁の防御も、ヴェインの意志の前には脆く崩れ去る。ただ一撃、その拳が可能性を選択した時、ニューロードは瓦礫の山へと呑み込まれていった。


 「ハァハァ……ルキナ…これで…よかったんだよな…」


 勝利の余韻に浸る間もなく、ヴェインの胸を締め付けるのは、拭い去ることのできない喪失感と、虚無感。愛する者を奪われた悲しみ、復讐を果たした達成感、そして、新たな力を手に入れたことへの戸惑い。様々な感情が渦巻き、彼の心を揺さぶる。

 心が引き裂かれていくようだった。念願を果たしたというのに、その心はまるで、傷だらけだ。


 かつて凛子が語った言葉が、今、ヴェインの脳裏に蘇る。


 チート能力とは、必ずしも良いものではない。


 それは、禁断の果実。甘美な蜜の奥に潜む、残酷な真実。力を求めるほどに、肉体は蝕まれ、精神は歪んでいく。そして、その代償は、計り知れない。

 ニューロードを打ち砕いた拳に、まだ生々しい感触が残る。だが、その感触と共に、ヴェインの心の奥底に、何か得体の知れないものが芽生えようとしているのを感じた。それは、希望か、それとも絶望か。未来は、まだ霧に包まれている。

 気がつけばヴェインの手のひらには、先ほど掴んだ光の四面体が握られていた。また必要あれば使えと言わんばかりに。


 不意に、己の口元に歪みが生じていることに気づく。それは、勝利の陶酔か、それとも、深淵へと誘う悪魔の微笑みか。その表情は、ヴェイン自身にも判別がつかなかった。力の奔流に飲み込まれ、理性の箍が緩み始める。


 ルキナは、本当は、何を求めていたんだっけ?


 彼女の顔が、思い出せない。思い出すのは血塗られた記憶だけ。今この手には、ニューロードの返り血で真っ赤に染まっている。彼女は今の自分を見て、笑ってくれたのだろうか。

 深い曇天のような想いが、ヴェインの心に陰る。


 「いけない、凛子さんを助けなければ…!」


 危うく意識を呑み込まれそうになるのを、ヴェインは必死に押しとどめる。己の中に芽生えつつある異変から目を逸らし、仲間たちの元へと駆け寄る。レティシア、スクルド、ペインゲッター。彼らの安否を確かめ、そして、凛子の行方を追う。彼女は、あの巨人アトラスを救うことができたのだろうか。


 希望と不安が入り混じる中、ヴェインは仲間と共に、凛子の残した痕跡を辿っていく。その瞳には、微かな光と、拭い去ることのできない影が宿っていた。

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