ようこそ東京!すばらしいまちです
世界は異世界転生者と呼ばれる別世界の英雄により救われた。彼らは剣や魔法とはまったく別の能力を有しており、世界を恐怖の淵に沈めていた魔王フィアレスを圧倒的な力で倒したのだ。
多くの異世界転生者たちの中でも魔王を倒した七人の異世界転生者たちを、人々は七星天と呼び、大英雄として祭り上げた。
そして、魔王の死から五年の年月が経った───。
「いらっしゃいませ~ありがとうございます~」
「あ、すいませんお客様……そちらの商品は……はいっいえ……すいません、申し訳ありません」
ヴェインは、コンビニのアルバイトに勤しんでいた。店内は、食料品から雑貨、電化製品まで、あらゆるものが揃い、公共サービスの窓口や電気修理まで請け負っていた。
中央都市東京。異世界転生者たちが築き上げたこの街は、人々の活気に満ち溢れ、かつての剣と魔法の世界から、想像もつかないほど発展していた。
異世界転生者たちは、平和だけでなく、未知の技術をもたらした。それによって、世界は爆発的な発展を遂げたのだ。
「東京」
それは、彼ら異世界転生者たちがいた、かつての世界の大都市の名だという。今では多くの異世界転生者たちが住まう、この世界の中心であった。
ヴェインは、煌びやかなる都市に憧れ、故郷の田舎を後にした。しかし、東京での生活は厳しく、アルバイトで日銭を稼ぐのが精一杯だった。
閉店時間になり、店の片付けを始める。店長はヴェインに片付けを命じて、帰宅の準備を始めていた。
「あ、あの……店長」
ヴェインは店長を呼び止める。大柄な男で寡黙だった。「なんだ」と言いながら気怠そうにヴェインの方へと振り向く。
「い、いやその……」
「またいつもの妄想か?」
口ごもるヴェインに店長は呆れながらそう問いかける。ヴェインは悪夢に囚われていた。魔王フィアレスに刻まれた、トラウマ。
「ち、違います!それは薬をちゃんと飲んでるし……最近は全然見なくなった!あぁいや……そういうことじゃなくて……」
ヴェインは、賃金交渉をするつもりだった。この店で働き始めて、既に一年。しかし、昇給の話は一向になく、生活は困窮を極めていた。それでも……
「あ、いえ……お疲れ様でした」
店長の顔を見た瞬間、ヴェインは萎縮し、言葉に詰まってしまった。賃金交渉の言葉など、とても発することができなかった。
店長が立ち去った後、ヴェインは一人、黙々と片付けを始めた。虚無感が、彼の心を覆い尽くす。
シャッターを下ろし、鍵を掛けた。日は未だ高かったが、今日は日曜日。午前で店じまいとなるのだ。
スマートフォンを片手に、ヴェインは街を歩く。車道には夥しい数の車が行き交い、街は今日も平穏に満ちていた。
日曜日、スマートフォン、車……いずれも、かつてこの世界には存在しなかった技術や文化。
ヴェインが幼い頃から、世界は激変した。とりわけ、異世界転生者達が数多く住まうこの東京では、その変化は著しかった。
「おい、見ろよ、あれ!オールマンじゃないか?」
「本当だ!オールマンだ!」
歩道を歩いていると、少年達が突如として騒ぎ出した。ヴェインは、彼らの視線の先へと目を向ける。
「うわぁ、オールマン……本物だ」
オールマン───異世界転生者にして、七星天のリーダー。その実力と人気は絶大で、彼の姿を見た者は皆、歓喜の声を上げる。
少年達は、オールマンに向かって駆け出す。その際、ヴェインにぶつかったが、謝罪の言葉も無く、目を輝かせながらオールマンにサインをせがんだ。
「オールマン!サインください!」「オールマン!次はどんな悪者をやっつけるの!?」
「はは、参ったな。少しだけだよ?私は日々平和のために戦わないといけない。今もこの時間、どこかで私の助けを求めてる人がいるのだからね?」
ファンに囲まれたオールマンは、気さくに応じてサインや握手を交わしていた。ヴェインは、それを遠巻きに眺めていた。
「オールマン!魔王って本当に死んだの!?」
「あぁ勿論、ニュースを見ただろ?ヤツの目玉も残ってた」
笑顔でオールマンはファンとの交流に応じる。魔王フィアレスとの激戦。それは凄まじく、その戦いの跡地はまるでクレーターのようだった。魔王の死体は爆散し確認できなかったが、後に魔王の目玉と王冠が発見された。
その時、オールマンはヴェインの視線に気付いた。
「君は、良いかな!?サイン!色紙じゃなくてもOKだぞ!」
「あ……いえ……大丈夫です……」
突然話しかけられたヴェインは反射的にそう答える。小さくか細い声だった。だがオールマンそんなヴェインに優しく微笑み、
「そうか、遠慮させたかな?」
と言い残すと、再び彼を取り囲む老若男女のファン達にサインと握手を始めた。
異世界転生者の人気は絶大である。彼らを管理・運営する法人が、株式会社ジェネシス。今もなお現れ続ける異世界転生者たちを、全て管理し、保護している巨大法人だ。
七星天は、異世界転生者たちの頂点とされ、彼らが有する特殊な能力は「チート能力」と呼ばれ、多くの人々を魅了していた。
「異世界転生者……いいなぁ、やっぱりかっこいい。あーオールマンのサイン貰っとけばよかったぁ」
かくいうヴェインもそんな多くの人々の一人であり、オールマンのファンだった。オールマンのチート能力は『オールマイティ』。絶大な怪力は巨大隕石も一撃で粉砕し、音速を超える飛行能力、そして世界中の演算装置を並べても敵わない高度な頭脳。その詳細は不明だが、人々はオールマンを全能の能力者と思っている。
スマホで配信されている電子コミックアプリを開く。オールマンが主人公の漫画が配信されている。ヴェインはこれを毎日読むのが日課なのだ。
「こーら、そこの君、歩きスマホ禁止だよ、法律違反なの知ってるよね」
漫画に集中していたヴェインだが、突如呼び止められる。東京には「法律」と呼ばれるいくつものルールが存在する。それもまた異世界転生者がもたらした文化。このルールにより、東京に住むものはその行動が制限されている。
その違反者を監視するのは、ジェネシスに管理された異世界転生者たちと、この世界に古くから存在する王立騎士団。彼らは、街の至る所に目を光らせ、違反者を取り締まっている。
「へっ、あ、すいませ……」
法律違反者は、最悪の場合、東京から強制追放となる。故にヴェインは声をかけられた瞬間、背筋に冷たいものが走るような感覚を覚え、慌てて顔を上げた。
「って何だルキナか、勘弁してくれよ」
「何だとは失礼だなぁ、恋人の顔が見れて嬉しくないの?」
そう言って穏やかな笑みを浮かべる彼女の名はルキナ。ヴェインの恋人である。ここ東京で知り合い、ヴェインと同じく田舎からやってきた。
「ね、ヴェイン、今日はどこにいく?東京って凄いよね、あたしの田舎とは大違い」
楽しそうに前を歩く彼女を見て、ヴェインは微笑んだ。賃金交渉に踏み切ろうとした理由は、他でもない、彼女のためだった。付き合ってから一年。彼女にはろくにお返しができていない。たくさんのものを、付き合ってから彼女からは貰ったというのに。
「その……ごめんなルキナ。こんな安っぽいところしか行けなくて」
初めてデートをした日もそうだった。見栄を張って、東京で評判のレストランに入ろうとしたものの、あまりにも高価で、結局は庶民的な食堂へと入るしかなかった。
恥ずかしさで顔を赤らめるヴェインは、何度もルキナに謝罪した。しかし、ルキナはそんなヴェインの手をそっと握りしめ、
「もー気にしなくていいよヴェイン。あたしはヴェインと一緒にいるのが一番楽しいんだから。どんなに高級なお店よりも、あなたと一緒にいるのが一番の幸せ、ヴェインは違う?」
そう言って、優しく微笑んだ。そして、運ばれてきた食事を、まるで宝石でも見るかのように目を輝かせ、本当に嬉しそうに口にした。満面の笑みを浮かべながら、ヴェインに話しかけるルキナ。
あの日の光景は、今もヴェインの脳裏に焼き付いて離れない。必ず彼女を幸せにすると心に誓った。それなのに、いまだに甲斐性なしの自分を、ヴェインは呪った。
ヴェインの心は、葛藤と焦燥感で締め付けられる。ルキナへの愛情と、彼女を幸せにしたいという願い。そして、それを叶えられない自分の無力感。
「いつか、必ず……」
ヴェインは、ルキナの笑顔を見ながら、心の中で誓いを新たにする。彼女を、あの日見た満面の笑みよりも、もっと幸せにしてみせる。
「またそんな顔してる、気にしなくても良いって言ったのに、ねぇほら今日は公園にいかない?かわいい野鳥がたくさん見られるんだって」
「でも、でも、俺は……」
今日、勇気を出して賃金交渉をしようと思ったのに、結局できなかった。
そんな臆病な自分を彼女に告白しようとした瞬間、そっとヴェインの手をルキナは握る。彼女の癖だった。ひどく落ち込んでいる彼を慰めるときの、二人だけが通じる約束。
「そんな情けない顔しないで、あたしの恋人なんだから胸を張ってよ」
そしてルキナは少しはにかんだような笑みを浮かべる。
「その……ヴェインはもうすぐ、お父さんになるんだから……」
「え?それって……」
予想外の言葉にヴェインは聞き返す。するとルキナは頬を染めながら答える。
「私たちの子供……できたみたいなの。ねぇヴェイン、こんなあたしだけど、これからも末永く……」
「もちろん!もちろんだよルキナ!」
ルキナの言葉を待たずしてヴェインはそう答える。人生の絶頂期だった。
そんなヴェインの姿に思わずルキナは微笑む。
「もう、ホント最悪だよ。本当はね?もっとロマンチックなところで伝えようと思ったのに、あーあ、ヘタレな誰かさんのせいでもう無茶苦茶」
「う……ご、ごめんって!でも、でも、本当に嬉しい!そうだ……指輪……あぁ、こんなのしかないや!」
ヴェインは、ポケットから指輪を取り出した。装飾など一切ない、無骨な金属の輪。それは本来、指輪ではなく、電気ケーブルをまとめるための道具だった。しかし、女性の指にも収まる程度の大きさで、指輪に見えなくもない。
「ルキナ……あの、今はこんなものしか用意できないけれど、必ず君を幸せにする。だからどうか……僕と結婚してくれ」
それは、不器用なプロポーズだった。順序は逆になってしまったけれど、子供ができたと聞いて、真っ先にヴェインの頭に浮かんだのは、彼女への愛の告白だった。お腹の子を含め、ルキナの一生を大切にしたい。口下手なヴェインが、彼女に伝えることのできる、精一杯の愛情表現だった。
そんなヴェインの真摯な姿に、ルキナは静かに微笑んだ。彼女は、そんな不器用な彼を心から愛していた。彼の懸命な姿が、たまらなく愛おしく思えた。
ルキナは、何も言わずに左手を差し出した。ヴェインは、ルキナの薬指に、その即興の指輪をそっとはめた。
彼女は、ヴェインに向けて優しく微笑む。その瞳には、彼への深い愛情が溢れていた。
「あたしも、あなたのことが」
その瞬間、世界が歪んだ。轟轟と吹き荒れる暴風。ヴェインの顔に、生温かい何かが叩きつけられる。
「……え?」
視界を覆う赤い霞。血飛沫が、ヴェインの衣服を真っ赤に染め上げていく。何が起きたのか、理解できなかった。
唯一、確かなことは、彼女の手が、まだ温かいということ。しかし、それは……。
「あー、ちょっと待てって!違うんだ、違うんだよ!急いでただけなんだ!」
見知らぬ男の声が、混沌とした意識に割り込んでくる。
しかし、ヴェインの耳には届かなかった。彼の右手には、ルキナの左手だけが、しっかりと握られていた。ルキナの左手“だけ”が。その先は、何もない。虚空に、ルキナの血が、ポタリ、ポタリと滴り落ちていく。
「君?そのなんだ、こっち向いてくんない?無視はダメだ。うん、俺も事情説明しないとダメだし」
茫然自失の表情で、ヴェインは声のする方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは、黄色い衣服を身に纏った男。ヴェインは、その男をよく知っていた。
「俺、知ってるよな?有名だもん。でだ今俺は大悪人を追いかけているんだ!これが凄い悪いやつでさ!だから時間ないんだ、分かるよな?OK?よしっ!じゃあな!後でその、ジェネシスの人が連絡してくると思うからさッ!」
そして男は嵐のように駆け抜けていった。
男の名はニューロード。株式会社ジェネシスに所属する異世界転生者。そのチート能力名は『オールオアナッシング』。彼が進む道筋には、塵一つ残らない。
そして、七星天の一人だ。
ニューロードが走り去った後、ヴェインはただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。彼の消えた道の先と、かつてルキナだったものを、ただ虚ろな瞳で見つめることしか。