09.アイリーン様の本音
「アイリーン様、もう一杯いかがですか?」
暗くなった空気を吹き飛ばすように、私は明るく笑った。アイリーン様は表情を緩め、小さく頷く。
「そうね、いただくわ」
新たにお茶を注ぎながら、私はアイリーン様の様子を窺う。
アイリーン様がこんなに不安になっているのは、前回のことがあったからというだけではないような気がする。
「私が……ユーグ殿下の婚約者候補だった時にね」
ひとときの沈黙後、アイリーン様はどことなく言いづらそうに話し始めた。
私は吐息さえも漏らすまいと、耳に神経を集中させる。
「ダニング侯爵は、サザランド公爵令息様……アーネスト様に、何度もシャルロット様との婚約を打診していたそうなの」
「そう……なんですね」
オルブライト家を蹴落としたいダニング家としては、本当はユーグ殿下を狙っていたはず。でも、候補にもなれなかった。おまけに、隣国の王女が候補に挙がったとなると、横槍を入れることも不可能。だから、サザランド公爵家と縁を持とうと思ったのだ。
打診をしていた当時は受け入れられなかったのだろうけれど、今回は無事候補になれた。となると……
「そのこともあるから、シャルロット様が選ばれる可能性は高いって……」
「アイリーン様……」
打診されていた家を候補に加えるとなると、確かにそうなのかもしれない。
あぁ、アイリーン様はこれまで以上に自信をなくしている。
だって、また「可能性の低い婚約者候補」だと世間に思われているから。ユーグ殿下の時と同じように。
でも、それだけじゃない。
「アイリーン様」
私は一度立ち上がり、アイリーン様の側に跪く。そして、彼女の表情を窺った。
唇が引き結ばれ、ほんの僅か震えている。頬もちょっぴり赤くなっていて。
うん、きっとそう。アイリーン様は──
「アーネスト様を、お慕いしているんですね」
その瞬間、アイリーン様の表情が崩れた。
大きく見開かれた瑠璃色の瞳には、私の姿がはっきりと映っている。艶々とした形の良い唇が開き、何か訴えようとしているけれど言葉にならない。
これほど動揺したアイリーン様は見たことがなかった。だからこそ、先ほどの言葉はより真実味を帯びる。
(というか、図星よね)
「マ……マリオン」
「はい……って! ア、アイリーン様っ!?」
アイリーン様が私の両腕を掴み、顔をめいいっぱい近づける。
(ぎゃああああ! だ、だめです、アイリーン様! そんな美しいご尊顔を、こんなちんちくりんな私めに近づけてはいけませんーーーっ!)
これほど間近でアイリーン様を見られる機会なんてもうないかもしれないのに、私としたことが驚愕と激しい動揺のあまり、ぎゅっと目を瞑ってしまった。
(わーん、私の馬鹿バカばかぁぁぁーーーーっ!)
「どうしてわかったのかしら? 私ってそんなにわかりやすい? いえ……いつも冷たい表情で、鉄仮面なんて言われている私がそんなこと……」
(鉄仮面!? 誰だ、そんなこと言ったやつ! 今すぐそこへ直れっ!)
「鉄仮面なんて、なんって失礼なっ! 許せませんっ! それに、アイリーン様が冷たいなんてありえません! アイリーン様はいつもお優しくて、私たち使用人にも気遣いのある素晴らしい方なのに! それにお美しくて、えぇ、それはもう女神様のよう! 私はアイリーン様のご尊顔を拝謁する度に感動し、喜びに打ち震えてっ……」
「マ、マリオン、その辺でいいわ。マリオンは私のこととなると、常軌を逸してしまうわね……」
アイリーン様が吐息をつき、僅かに首をコテンと傾けた。「困った子ね」というように。
でも、先ほどまで見開かれていた瞳は、今は緩やかに細められている。それは、とても穏やかで温かかった。
(困ったちゃんにも慈悲深い微笑み、いただきましたーーー! ありがとうございますありがとうございますぅ~~!)




