38.掃討
学術院での後始末については、ひとまずあの護衛に任せた。後で詳細を報告するのはもちろんだが、とりあえず今は時間が惜しい。
私は邸に到着後、執事のダンさんとエルシーさんに外出許可を願い出た。
「構わないわよ。こっちの仕事は問題ないし」
「どこに行くのかは予想がつきますが……」
エルシーさんは快く頷いてくれたけれど、ダンさんは眉根を寄せている。彼にはしっかりバレてしまっているようだ。ダンさんは私に近づき、小声で言った。
「止めても無駄なのでしょうね」
「はい。申し訳ございません」
ダンさんはやれやれといったように溜息をつきながらも、最終的に許可してくれた。絶対に無茶はしないように、と強く言い含めて。
私はそれに大きく頷き、一礼してその場を去る。
(早く行かなきゃ!)
私は部屋に戻り、急いで動きやすい服に着替える。そして、今日拾ったカップの破片を懐にしまった。
(これは、レオナード様に渡せるタイミングあれば渡す。できるだけ早い方がいいだろうし。でも、それはそれでちょっと怖いなぁ……)
そう、私はレオナード様の隊に潜り込む気でいるのだ。
これは、もちろんレオナード様には内緒。もしバレたらどうなることか。でも、万が一バレてしまって大目玉をくらったとしても、やめるつもりはない。
私の力なんて必要ないかもしれない。でも、ただ待っているだけなんて嫌なのだ。スキル持ちとして、自分にできることをする。皆が無事にこの任務を完遂できるよう、自分の力を役立てたい……!
「たぶん、もう王宮を出発しているわね」
今日捕縛に向かう精鋭部隊は、王宮から出発し、二手に分かれて進む。
アーネスト様率いる隊は、直接輸出船が停泊している港へ。もう一つの隊は、ダニング侯爵たちの後方につくルートへ。
レオナード様は、後者の隊だ。ここからも距離があるので、すぐに出発しなければ。
私が準備を済ませ部屋を出ると、そこにはなんとアイリーン様がいて、思わず悲鳴をあげそうになった。
「ア、アイリーン様!」
「……お兄様を追いかけるの?」
「……っ」
どうしてアイリーン様にバレたの? しかも、レオナード様が危地に赴いていることもバレてしまっている。
アイリーン様は私を静かに見つめ、ポツリと呟いた。
「私も……追いかけられたらいいのに」
「アイリーン様……」
アイリーン様が悲しげに目を伏せる。きっと、アイリーン様も私と同じ気持ちなのだ。
──大切な人を守りたい。
「でも、私は足手まといになってしまうわね」
「……」
「マリオンなら、きっとお兄様とアーネスト様の力になれるわ。お二人を……お願い」
その言葉に、私は力強く頷く。
(もちろんです! そのために私は行くのですから!)
アイリーン様が表情を和らげ、私の両手を取った。
「ステラに乗っていきなさい」
「え!? そ、それは……。あの、それに、たぶん途中で……」
動揺する私をよそに、アイリーン様は落ち着き払って言った。
「彼女は、自分でここまで帰ってこられるわ」
「え……!?」
ステラとは、アイリーン様の愛馬だ。明るい栗毛色をした、とても賢そうな馬。
アイリーン様は乗馬も嗜まれ、その腕前も素晴らしい。ステラとの相性もバッチリで、ステラに跨るアイリーン様も、これまたとんでもなく凛々しく、美しいのだ。
(そんな愛馬に乗っていけと? え? え? 大丈夫? ステラが嫌がったりしない? おまけに、途中でほっぽり出しちゃうことになるんだけど)
私のそんな心配を見越してか、アイリーン様が大丈夫だというように手をぎゅっと握る。
(ひいぃぃぃ~~~っ! アイリーン様に手を握られてるーーーー! この手はもう洗えません! 手袋で保護しなければっ!)
「ステラは優しい子だから、マリオンなら絶対に乗せてくれるわ。お兄様たちに追いついたら、ステラに帰るよう指示すれば大丈夫」
「でも……ここから結構離れた場所なのですが……」
「問題ないわ。ステラはね、仔馬の頃に自分の育ったミラン領が恋しくなって、脱走したことがあるのよ」
「脱走!?」
「そう。ここからミラン領まで、かなり距離があるでしょう? それなのに、あの子は辿り着いちゃったの。あちらは吃驚仰天よ。もちろん、私たちもその知らせを聞いて驚いたわ。私はあの子が脱走したことがとても悲しくて、食事も喉を通らないほど落ち込んでいたのだけど、お父様がそれをあちらに知らせたらしくてね、調教師がステラに私が悲しんでいることを伝えたの。そうしたら、こちらが迎えに行く前にあちらを飛び出して、またここへ戻ってきたのよ」
「そ、それはまた……」
(上品な見た目とは違って、なかなかやんちゃなのね、ステラ……)
「今日は、ダニング領近辺かしら? その辺りからなら、あの子は余裕で戻ってこられるわ。あの子はね、人の言葉を理解できるの。少なくとも、私はそう信じているわ。だから大丈夫」
「アイリーン様……」
アイリーン様が信じているのなら、私だって信じる。ステラを貸していただけるなら、これほどありがたいことはない。
「アイリーン様、ありがとうございます。ステラをお借りします」
「えぇ。……いってらっしゃい。気をつけて」
「はい!」
私はアイリーン様に見送られながら、厩舎に向かう。
実は、一旦実家に戻って自分の馬で向かうつもりだったのだ。その分の時間が短縮できて、本当にありがたい。
厩舎に到着し、ステラの馬房の前に立つ。すると、ステラが待ち構えていたかのように嘶いた。
「ステラ、私を乗せてくれる?」
ステラは頷くように顔を上下させ、前足で地面を軽く蹴る。早く行こうというように。
「ありがとう。よろしくね、ステラ」
私はステラを馬房から出し、手綱と鞍を取り付ける。そして、彼女の背に飛び乗った。
「行くわよ、ステラ!」
「ブルッ!」
気合を入れるように鼻を鳴らし、ステラは勢いよく駆けだした。
私の身体が上下に揺れる。周りの景色がどんどん後ろに流れていく。まるで、自分が風になったかのよう。
ステラの駆けるスピードはかなりのものだ。なのに、バランスがとりやすい。初めて乗る馬なのに、すごく乗りやすい!
これから緊張の場に飛び込むというのに、私の気持ちは高揚感に包まれていた。




