05.紳士倶楽部にて
紳士倶楽部とは、男性貴族たちが集う場所であり、王都の一等地にある高級飲食店のオーナーが運営している。
ここで男たちは高いお酒を飲み、ボードゲーム、カードゲームなどに興じながら交流を深め、情報交換をするのだ。
私は、やって来た人たちに紛れ店の中へ。隠密スキルを発動しているので、誰かに見咎められることはない。
(随分とまぁ、たくさんの殿方がいらっしゃること)
昼間は仕事をし、家に帰って家族と語らい、皆が寝静まった後はここへ。
皆元気だ。一応は社交場ということもあり、ある程度気を張っている必要はあるけれど、ほぼほぼ無礼講なのは暗黙の了解。リラックスした表情で語らっている紳士が多い。
初めて中に入って実感したけれど、女性は一人もいない。給仕をしているのも全員男性だった。女人禁制なのは本当らしい。隠密スキルがなかったら、とても潜り込めなかった。
私はあちこちを彷徨い、噂話を拾っていく。
〇〇伯爵の令息が△△侯爵の令嬢の懸想しているようだ、××子爵が詐欺に遭って領地経営が立ち行かなくなったらしい、□□公爵は奥方に内緒で愛人を囲っているそうだ……などなど。
男性も女性も噂話が好き、という点では同じみたいだ。
(それよりも、サザランド公爵家の噂は……)
別の場所へ移動しようとした私の耳に、それは突然入ってきた。
「聞きましたか? サザランド公爵家のアーネスト様が、いよいよご婚約されるそうですよ」
「おぉ! これまで仕事の鬼で、どんなご令嬢からの秋波も意に介さなかったあの方が!」
「候補がお二人いらっしゃるそうです」
「なんと! 情報が早いですな」
(この件は、まだ知っている人が少ないのね)
少し白髪の混じるおじさまが聞き役で、それよりも若くて若干細目の男性が話し手。
私は、この二人の側で息を潜める。
「アーネスト様は仕事もできて、お人柄もいい。王家からも重用されている。より素晴らしい女性を婚約者に、ということですな?」
「そのようです」
(ふむふむ。おじさまはアーネスト様をご存じなのね。おじさまから見ても、アーネスト様のお人柄はいい、と。よかったわ)
このおじさまがどなたなのか存じあげないけれど、なんとなく身分が高そう。公爵令息の人柄を知るということは、おそらく高位貴族だろう。そんな人に評価されるのであれば、アーネスト様自体に問題はなさそう。
……そんなことは、旦那様がすでに把握されているだろうけれど。
「ふむ、オルブライト侯爵家のアイリーン嬢ですか。それは素晴らしい。まだお若いのに身のこなしも洗練されていて、気遣いもできるご令嬢だ。おまけに美しい。さすがという人選ですな」
「私もそう思います」
(そうでしょう、そうでしょう、そうですとも! アイリーン様は、本当に素敵なご令嬢なんだから!)
二人の話を聞きながら、私はこっそりとドヤ顔をする。
いいの、どうせ他の人には見えないんだから。
「そしてもう一人は、ダニング侯爵家のシャルロット嬢だそうです」
「ほぅ……オルブライト侯爵家とダニング侯爵家は、ライバル同士ともいえる関係ですな。これはまた……」
「そうなのですよ! そのご令嬢方が婚約者候補ですからね。婚約者争いは熾烈を極めるでしょう」
「でしょうな。しかし、シャルロット嬢に比べ、アイリーン嬢は少々奥ゆかしい。それが不利になるかもしれないな」
「シャルロット嬢は社交がお上手で、常に輪の中心にいらっしゃる方ですしね。アイリーン嬢は控えめですし、それに、少々表情が……いや、淑女としては申し分ないのですが、我々男からすると何と言いますか……」
「あぁ、そうだね。それは少しわかるな。近寄り難い、というか」
「そうなんですよね」
(何言ってくれてんのよ! 控えめ上等! アイリーン様は、誰にでも愛想を振りまく尻軽女じゃないっていうの!)
心の中で悪態をつきながらも、私は脳内メモを取る。
もう一人の婚約者候補は、シャルロット=ダニング侯爵令嬢。
噂でしか聞いたことがないけれど、明るくて活発なお嬢様らしい。男性二人が話していたように、社交が大好きで、あらゆる夜会に顔を出し、お茶会も頻繁に開催しているという話だ。
年齢はアイリーン様の一つ上だから、ギルヴァーナ学術院で直接交流というのはあまりないと思われる。
ただ、エルシーさんの話によると、ダニング侯爵家はオルブライト侯爵家をライバルをも通り越し、もはや敵視しているらしく、シャルロット様もアイリーン様をバリバリ意識しているとのこと。そんな二人が、婚約者候補……。
(ほんっと、何やってくれてんのよ、サザランド公爵家!)
これはすぐにシャルロット嬢のことを調べる必要がある。
だって、向こうはこっちを敵視しているわけだし、アイリーン様を陥れようとするかもしれないじゃない? そんな魔の手から、アイリーン様をお守りしなくちゃ!
サラサラの艶やかな銀髪は煌めくように美しく、瑠璃色の瞳は理知的でありながら深い愛情を感じさせ、白い肌は陶器のよう、その上、お人柄はお優しくて慈悲深い。
表情は確かにちょっと乏しくはあるけれど、淑女の中の淑女だもの、そんなの当然よ! いや、乏しいんじゃなくて、気高いのよ! 気高い! 高貴!
だから、シャルロット嬢になんて負けない! 負けるわけがないんだから!
よし、次にやることは決まった。
行動指針が決まったところで、私は周りに一切気配を感じさせず、紳士倶楽部を後にしたのだった。
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