31.誰よりも大切な跳ねっ返り
仕事の調整にあくせくしながら、レオナードはあの日のことを思い出す。
諜報部員との応接室でのやり取りを聞かれてしまった、あの出来事である。
「執務室まで行くのが面倒で、つい応接室を使ってしまった。真っ暗だったし、誰かいるなんて思わなかったし……」
軽率だったと反省しているが、仕方がないと思う部分も多々ある。
使用人たちも寝静まっている時間だったし、部屋は真っ暗だった。オルブライト侯爵家の警備体制は万全で、何者かが忍び込んでいるなどありえないから、誰もいないと思って当然だった。
「まさか、よりにもよってマリオンがいるとはね。おまけに話まで聞かれて」
あそこまで聞いてしまえば、マリオンの性格上自分が行くと言い出すのは必然だった。
だが、彼女のやろうとしていることは、この上なく危険なものだ。レオナードは必死に止めようとしたが、結局は彼女の強い意志に屈することになってしまった。
「手に負えない跳ねっ返りだ」
レオナードはそう言いながらも、口角が上がっている。頬も僅かに上気しており、今の彼を見れば、十人が十人とも「上機嫌」と答えるだろう。
マリオンを止められないとなった時、彼もまた決心した。
──自分も一緒に行く。
彼女だけを危険に放り込むことなど、考えられなかった。
マリオンは強い。
グレイ男爵家は武に特化している。父親は騎士団の指南役だし、長男は第三王子を側で守る近衛、次男も次期騎士団長と目されるほどの実力を有している。
そんな彼らに鍛えられたのだから、そんじょそこらの男が束になっても敵わないだろう。ましてや、彼女はスキル持ちである。「隠密」というスキルは、武と相性がいい。上手く使えば、自分よりも強い敵を翻弄できる。
それがわかっていても、一人で行かせることなどできない。
もちろん護衛はつけるが、それでも自分だけ安全な場所にいるのはどうしても嫌だった。
「俺の我儘だな」
それもわかっている。
「側にいないと安心できない。目を離すと、何をしでかすかわからないしね」
彼女なら、多少の無理は通すだろう。それが怖い。
何かあった時、駆け付けられる場所にいたい。何があっても助けたい。守りたい。
例え、自分の助けなど必要なくても。それでも側にいたいのだ。
「こんなものかな」
自分がいない間の仕事の采配を済ませ、レオナードは一息つく。そしてふと思い立ち、窓から外を眺めた。
美しい花が咲き乱れる庭園に、彼女はいた。ガゼボで寛ぐ妹の世話をしている。
とても楽しそうで、ついこちらまで笑顔になってしまう。
「羨ましいな」
妹馬鹿であることを知る誰もが、アイリーンとともにおしゃべりに興じるマリオンを羨んでいると思うだろう。
それは間違っていない。だが、それだけではなかった。
「俺も、後でお茶をもらおうかな」
持ってくる者は、マリオンと指定して。
彼女との時間は楽しい。
大切に思う妹の話をしている時はもちろん、他のどんな話をしていても。なんなら、少々不穏な内容であってもだ。
レオナードは、毎夜行われる彼女との会合を心待ちにしていた。
【アイリーン様を愛で守る会】
マリオンがそう呼んでいる、アイリーンについて話をする時間。
自分の目の届かない間の妹の様子が知りたくて設けたのだが、思いのほか楽しい時間となっている。いまや、一日の終わりにマリオンと話すことが、レオナードにとって何よりの安らぎになっていた。
この時間を失いたくない。
いや、違う。マリオンを失いたくないのだ。
ずっと側に置いて、彼女の笑顔を見つめていたい。
「グレイ家の姫君を手に入れるのは、さぞ大変なことだろう。が、全く苦にならない。むしろ、望むところだね」
レオナードは、すでに己の心を自覚していた。だから、その望みを叶えるために動いている。
外堀を埋めるのは、さほど難しくはないだろう。一番厄介なのは──
「君を振り向かせることだ」
嬉しそうな笑顔でアイリーンの世話をするマリオンに向かって、レオナードはそう囁いた。




