03.専属侍女兼護衛(ただし、護衛は自称)
オルブライト侯爵家で働き始めた私は、まずは他の侍女に倣って、この家のルールや仕事のあれこれを覚えていった。
主からぞんざいに扱われ、不満を抱える使用人もいると聞くけれど、旦那様も奥様も、そして嫡男のレオナード様、我が愛しのアイリーン様も、使用人をとても大切にしている。使用人の先輩たちも皆親切だし、環境はとてもいい。
最初はやっていけるのかと不安だったけれど、今ではここで働かせていただけてよかったと思っている。
そんなある日、私は旦那様に執務室に来るようにと言われた。
なんだろうと恐る恐る顔を出すと、そこには奥様もレオナード様もいらっしゃって、かなりビビった。
『マリオン、君は明るくて真面目で、日々懸命に働いてくれているね。改めて礼を言わせてもらおう』
『とんでもないことでございます。ですが……とても嬉しいです。ありがとうございます。これからもご期待に沿えるよう、精進してまいります』
旦那様に褒められて、お礼まで言われ、私は戸惑いながらも頬を染める。自分の頑張りを認めてもらえるのはやっぱり嬉しい。
側にいた奥様とレオナード様もにこやかに微笑んでおり、私はこの時、すっかり油断していた。まさか、あんな提案をされるなんて思ってもみなかったのだ。
『そんな君に、ぜひ頼みたいことがある』
『なんでしょう?』
『娘、アイリーンの専属侍女になってもらえないだろうか?』
『わ、私が、アイリーン様の専属侍女ですか!?』
アイリーン様と私は比較的年齢も近く、アイリーン様も気安いからだろうということはわかる。
でも、私はまだまだ新参者で、侍女としても未熟。そんな私が専属だなんて、とても勤まるとは思えなかった。それに……
『あなたの不安もわからないでもないわ。アイリーンは少し……難しい子でもあるから』
『いえ、私は……』
奥様が少し表情を曇らせ、こちらへ近づいてくる。そして、両手で私の手を取った。
『これまでの専属も、あまり続かなかったわ。でも、あなたなら安心してあの子を任せられると思ったし、あの子もあなたになら心を許すのではないかと思うの、マリオン』
奥様の言うとおり、これまでアイリーン様の専属は、もって半年ほど。だけど、それほどアイリーン様が我儘なお嬢様なのかというと、決してそうではない。
アイリーン様は極度の人見知りで、警戒心が強いのだ。
専属侍女にもおいそれと心を許さず、あまり感情を見せない。侍女はなんとか仲良くなろうと頑張るが、大抵は徒労に終わる。アイリーン様と専属侍女との心の距離は一向に縮まらず、互いに気疲れも重なり、結果、侍女は専属を外されていくのだそうだ。
『あなた一人とは言わないわ。お休みの兼ね合いもあるし、一番長く続いているエルシーにも引き続きお願いするつもりだから、あなたとエルシーでアイリーンを支えてもらえないかしら?』
先輩侍女のエルシーさんは、私よりも二年年上で世話焼きの情報通。同室でもあるし、大好きな人だ。エルシーさんと一緒なら、とても心強い。
『私も、マリオンなら安心してアイリーンを任せられると思っているんだよ』
そう言ったのは、お兄様であるレオナード様。この件は、彼の強い推薦もあったのだという。
当時、レオナード様との交流もあるにはあったけれど、ここまで信頼されるほど親しくはなかったため、驚いてしまった。
皆様がここまでおっしゃってくださるならと、私のやる気はムクムクと湧き上がってくる。
『アイリーン様はご了承くださっているのでしょうか?』
私の問いに、皆様が頷いた。
よし! なら、私はその期待に応えるまでだ。それに!
(どどどどど、どうしよう! まるで女神のようなあのお姿の神々しさったら! この世の美しいものをかき集め、神によって丹念に作られたようなあの方のっ! アイリーン様のっ! 専属侍女―――!)
そう、私は初めて会った瞬間にアイリーン様に惹きつけられ、時を経るごとに崇め奉るようになっていったのだ。
表情が変わらないなんてとんでもない! 淡々とした中にも、ほんの僅かに感情は表れている。よくよく見ないとわからないほど、控えめだけど。
それがまたいい。めっちゃくちゃ愛らしい。可愛い。尊い。この方が、ほんの少しでも私に心を許してくれたなら、私はここで死んでも悔いはないっ!
それに、アイリーン様のお側に控えるということは、彼女をあらゆる危険から遠ざけることができる!
もちろん護衛の皆さんはいるけれど、一番近くにいる侍女が守ることができれば申し分ない。そして、私にはその力がある!
(私がっ! アイリーン様をっ! まーもーるぅ~~~~っ!)
『マリオン?』
『は、はいっ! 失礼いたしました! とても光栄に存じます。私でよければ、喜んで務めさせていただきます!』
『まぁ! ありがとう、マリオン』
『頼んだよ』
『困ったことがあったら、いつでも相談して』
奥様と旦那様、そしてレオナード様が、揃って美しい微笑みを浮かべる。
──こうして私は、アイリーン様の専属侍女(兼、護衛(自称))になったのだった。
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