22.ダニング侯爵家執務室
ダニング侯爵は、執務室にこもって仕事をしていた。側近が数名、入れ代わり立ち代わり部屋に入っては出て行く。
「準備の方はどうだ?」
「順調に進んでおります」
「そうか。次の取引は重要案件だ。不備のないようにしておけ」
「かしこまりました」
ダニング侯爵は一旦手を止め、大きく息を吐き出した。
「この取引は、必ず成功させなければならない……」
途轍もなく大きな取引が控えており、準備に余念がない。それほど重要な相手なのだ。
成功すれば、その利益はいかほどか。それは、金銭だけに留まらない。
「これが成功すれば、金も地位も手に入る。ダニング侯爵家の名がこの国、いや、近隣諸国に轟くのだ! ……それもこれも、全てあれのおかげだな」
ダニング侯爵はほくそ笑む。
ダニング侯爵領は、小麦の栽培と畜産業が盛んである。特に小麦の取引は、他領を圧倒している。
というのも、ダニング侯爵はスキル持ちだからである。
彼には草木の成長を促進する能力があり、収穫したそばから新しいものが生え揃う。取っても取ってもなくならないのだ。
彼にとって、このスキルはある時期までどうでもいいものだった。
農業を営む本人が所持していればこれほど素晴らしいものはないだろうが、彼は領主である。実際に小麦を育てているわけではない。
ただ、不作に陥った時はこの能力が活躍した。これのおかげで、悪化した領地経営が持ち直したのだから。
しかし、だからといって彼が常にこのスキルを領民のために使ったかというと、答えは否である。
ダニング侯爵は基本王都におり、領地に向かうことはまれだった。彼は都会を好み、田舎を厭うていたからだ。
だが、ある時期からダニング侯爵は頻繁に領地に足を運ぶようになった。
それにはもちろん理由がある。これが、近々行われる大きな取引のメインとなるものだ。
「厄介だと思っていた、あの実がな……」
それは、いまやダニング侯爵家にとって欠かせないものとなっていた。ダニング侯爵領の隠れた特産物といっていいだろう。
ただ、取り扱いが難しい。念には念を、とにかく最大限に注意を払う必要がある。
「旦那様」
「入れ」
側近が執務室の中へ入ってくる。
「どうした?」
「実は、例の畑から僅かばかり実が収穫されたようで……」
「なに!?」
ダニング侯爵がバッと立ち上がる。側近はそれにおののきながらも、報告を続けた。
「賊などが侵入したわけではないようです」
「ほう……ならば身内か。誰が盗った?」
「小屋の管理人に白状させたところ、どうやらお嬢様が……」
「チッ」
ダニング侯爵は盛大に舌打ちする。そして、ドサリと椅子に腰かけた。
「どうしようもないな。あれほど取り扱いには注意が必要だと言い聞かせてあるのに」
「どういたしましょうか?」
「お前たちがいくら言ったところで、あれは聞くまい。……私から話す」
「申し訳ございません。よろしくお願いいたします」
側近が出て行った後、ダニング侯爵は再び大きく息を吐き出す。
「あれには本当に困ったものだ。実を使って、いったい何をするつもりなのだか。……まぁ大体は予想はつく。だが、上手くやれるか見物だな。もし失敗したら切り捨てるが、それでも使うつもりなのか一応確認しておくか」
ダニング侯爵にとって、自分以外の家族は駒である。
高位貴族の当主など、大体がこんなものだ。自分にとって有利に動く駒なら多少は大事にするが、そうでないなら切り捨てるか排除するまで。
「まったく、この忙しい時に私の手を煩わせるなど」
狡猾なフリをしているが、所詮は世間知らずのお嬢様。
己の娘の姿を思い浮かべながら、ダニング侯爵はフン、と鼻を鳴らした。




