11.秘密の会合
アイリーン様の本音を知った私は、なんとかアーネスト様の真意を探れないかと頭を悩ませていた。
「マリオン」
「はい! あ、エルシーさん」
「どうしたの? ぼんやりしているなんて、マリオンらしくないわね」
「すみません。今日の夕食後に出たデザート、すごく美味しかったなぁ……なんて」
エルシーさんに考え事をしていたことがバレて、私は苦し紛れの言い訳をする。
「マリオンらしいわね」
(納得された!?)
解せぬと眉を顰めていると、レオナード様がお茶をご所望だと言われた。
仕事終わりのこういった時は、本来手の空いている人がやるのだけれど、私が指名されることが多い。
それにはまぁ……理由があるのだけれど。
「わかりました。すぐに用意します」
「よろしくね」
私は急いでお茶の準備をし、レオナード様の執務室に向かった。
「失礼いたします」
「やぁ、マリオン」
書類から顔を上げ、レオナード様は立ち上がり、応接セットのソファに腰掛ける。
私は手際よくお茶の用意をし、一礼。すると、お約束のようにこう言われた。
「マリオン、君のお茶も用意して座って」
「……はい」
私は自分の分のお茶を淹れ、レオナード様の向かいに座る。
レオナード様はにっこりと微笑み、優雅な手つきでカップを持ち上げ、口をつけた。
「うん、美味しい」
「よかったです」
「で」
私は、真剣な顔でコクリと頷き、報告を始める。
「本日のアイリーン様も大変愛らしく、お健やかに過ごされておりました」
「うん、それは良いことだね」
「が、ご婚約につきましては、いろいろと不安を抱えていらっしゃるようです」
「……だよね。本当は、「候補」なんて断りたかったんだ。前回の件で、元々控えめだった性格に更に輪がかかってしまったからね……。アイリーンは身内から見ても文句のない素晴らしい令嬢にもかかわらず、自己評価が低い。困ったものだ」
「ですよね! 私も、ご令嬢の中でアイリーン様の上をいく方はいらっしゃらないと思います!」
「そうだね。あえて上を挙げるなら、母上や王妃殿下くらいなものだろう」
「愛らしさはアイリーン様が上です!」
「それは当然だね」
「はい!」
私とレオナード様は顔を見合わせ、ニッと怪しい笑みを浮かべる。
レオナード様が何かを頼む場合、大抵は私を指名する。その理由は、これなのだ。
【アイリーン様を愛で守る会】
この会は、推しであるアイリーン様を日々愛で、あらゆる危険や悪から遠ざけ、心身ともに健やかに過ごしていただくことに命をかける同士で組織されている。とはいえ、会員はたった二名だけれど。
でもそれは、この会合が秘密裏に行われているが故。おおっぴらにしていたら、旦那様や奥様、この邸に勤める使用人全員が入会を希望するだろう。
大人数も楽しいけれど、熱量は人それぞれ。やはりこういうのは、同じ熱量を持った者同士でないと張りあいがない。そういう意味では、レオナード様も私と同じくらい「ガチ」なのだ。お互いにそれを認識した時、私たちは結束した。
私たちの目的は、アイリーン様の幸せを願い、見守り、推して推して推しまくる! これに尽きる。
「レオナード様は、アーネスト様のことをどう思われているのですか?」
少なくとも、私よりは彼のことを知っているはずだ。
そう思って尋ねてみたのだけれど、レオナード様は眉尻を下げ、難しい表情になった。
「個人的な付き合いはないから、噂レベルの情報しか持っていないんだよね。ただ、悪い人間じゃないってことだけはわかる」
「その辺りは、旦那様もきちんとお調べになったのでしょうし、私も大丈夫だとは思っているのですが……」
「うん。彼の人柄に問題があるとは俺も思っていないんだ。ただ、彼には謎が多い。王太子、ランドルフ殿下の側近で、かなり頼りにされていることから有能なのは間違いない。けれど、彼は殿下の側にいないことの方が多い」
「そうなんですか!?」
側近といえば、常に側にいて仕事の補佐をするものではないのか。
「他の側近の方もですか?」
「いや、アーネスト様だけだね。他の側近は、執務室にこもってランドルフ殿下の補佐をしている」
「それは……いったいどういうことなのでしょう?」
「彼だけが何か別の仕事を与えられ、独自に動いているのかもしれない」
「別の仕事……」
なんだろう? 気になる。
レオナード様がアーネスト様の人柄を認めているのなら、私もそれを信じられる。世間で言われているように、彼はできたお方なのだろう。
でもそんな有能な方なら、わざわざ婚約者候補を二人選び、見定める必要があるのだろうか。最初から一人に絞りそうなものだ。
だって、二人候補を挙げれば、最終的にはどちらかを落とさなくてはならない。そうなると、諸々補償が必要になるのだ。慰謝料とか、次の縁談を取り持ったりとか。
アイリーン様の場合も、次の縁談は当然用意された。でも、アイリーン様はしばらくの間気落ちして、次という切り替えができなかった。だから、その話を断ったのだという。
王家からの話だけれど、この場合は断ることもできたのだ。あくまでも「補償」なので、本人の意思が尊重されるから。
王家からの縁談は、確かにいい話ではあったようだけれど、絶対に逃してはならないというほどのものでもなかったし、ご両親やレオナード様もアイリーン様の気持ちに寄り添いたかった。だから、結局「なし」という結果になったのだそうだ。
「ところで、マリオン」
「はい」
「……数日前の夜、邸を抜け出してどこへ行っていたのかな?」
「!」
顔が一瞬にして強張る。
(どうしてそれを!?)
「君がスキルを使って、どこかへ行っていたことはお見通しだよ?」
「え、えっとぉ……」
「その件についても、今からじっくり報告してもらおうか」
「はい……(ヒィッ)」
逃がさないと言いたげな満面笑顔のレオナード様に、私はコクコクと頷くしかなかった。




