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狐の嫁入り  作者: 細井雪
番外編
2/4

出会い

祖父と祖母の出会いです。




 ――昭和五十九年、盛夏。


 晴れた空に突然雨が降りだし、急いで空き家の軒下に駆け込む。

 今日は一日晴れ予報だったので傘など持っておらず、濡れてしまった眼鏡を外し、服の裾で拭いてかけ直した。

 空を見上げてみれば、日差しはあるのにぱらぱらと細かい雨が降り注いでいる。

 こういう現象をなんと言っただろうか――そう考えて思い出す。


「あぁ、狐の嫁入りだったかな」


 確かにこんなに晴れているのに雨が降るなんて、まるで狐に化かされているようだと、博は雨を見上げながら思った。

 きっとすぐに止むだろうから、しばらく雨宿りをしていこう――そう考えていたとき、側で物音がした。

 同じように雨宿りをしていた先客だろうかと思いながら振り向いた博の視界に映ったのは、美しい白無垢の後ろ姿で、これにはさすがに驚いた。

 空き家の朽ちそうな棚の影に、隠れるようにしゃがみ込んでいる。

 白無垢を着た花嫁が空き家の物陰でしゃがみ込んでいるなど、何かあったのだろうかと心配になって博は声をかけた。


「あの、どうかしましたか……?」


 角隠しが小さく揺れ、ゆっくりと振り返ったのは――狐の顔だった。

 思わず瞬きをする。

 何度見ても、鼻先が細く尖った狐だ。

 白無垢を着て、背中を丸めて物陰でしゃがみ込んでいる。

 しかし、狐の花嫁かぁ、とすんなり受け入れたのは、国語の教師になるほど子どものころから本が好きで色々な物語を読みすぎたせいか、それともこの狐の嫁入りという天気のせいか、または狐の花嫁があまりにもしくしくと悲しそうに泣いていることの方が気になったせいだろうか……。


「何か、悲しいことでもあったんですか?」


 気づけば博は狐の花嫁に尋ねていた。


「……お嫁に行くんです……」


 すると狐の花嫁は、人間の言葉でそう答えた。


「でも、会ったこともない相手で……それが怖くて不安で……思わず逃げてしまったんです……」


 狐の目からいくつも涙が零れ落ちる。

 まるで降り続けている雨のようだった。

 雨はいつか降り止むだろうけど、この涙は会ったこともない結婚相手の元で止まるのだろうか。

 しくしくと泣き続ける狐の花嫁を見つめていた博は、しゃがみ込んで目線を合わせた。


「一度きりの人生だから、泣くほど怖いことよりも、自分のしたいことをした方が良いよ」


 狐の花嫁が、涙を浮かべた瞳で博を見上げる。

 博は言ってから、彼女の立場も事情も分からないのに、無責任なことを言ってしまったと、少し後悔した。

 しかし狐の花嫁は、潤んだ瞳を向けたまま呟いた。


「私の、したいこと……?」


 その声は先ほどのように悲しく沈んではいなかった。


「私、今まで両親の言うとおりに生きてきましたが、できるでしょうか……」


 少し不安そうに、けれど、もう瞳に涙は浮かんでいなかった。

 まっすぐに見上げてくる瞳は、ほんの少し背を押して欲しいと語っているようだった。


「君ならきっとできると思うよ」


 博は狐の花嫁を見ながら、学校で子どもたちに言うように囁いた。


「……私、両親のところに帰って、自分のしたいことを言ってみます」


 狐の花嫁は小さく頷いてそう言った。

 いつの間にか雨は上がり、虹の下を帰っていく狐の花嫁を、博は手を振って見送った。






 ――その日の夜。


 博の住むアパートに、白無垢姿の女性が現れた。


「自分のしたいことを考えて、あなたのお嫁になりたいと思い来ました」


 昼間に会った狐の着ていた白無垢と同じだが、角隠しに下にあるのは狐の顔ではなく、人間の女性の姿だった。

 今年二十八になる博よりいくつか年下に見える、色の白いほっそりとした面立ちだったが、見上げてくる瞳に見覚えがある。


「人間の姿に変えて貰ったので、もう狐の村には戻れません」

「えぇっ……!」


 しくしくと泣いていた昼間と違い、覚悟を決めた意志の強い視線に、博の驚く声がアパートに響いた。




***




 ――令和。


「――これ、おじいちゃんとおばあちゃんの結婚式の写真?」


 博翔の声に、祖父はその手元を覗き込んだ。

 どこかから引っ張り出してきたのか、少し色の薄くなった懐かしい写真があった。


「ああ、結婚式というより、記念に写真を撮ったときのものだね」

「おばあちゃん可愛いね」


 緊張した面持ちで少し表情の硬い白無垢姿の花嫁を見て、博翔はそう言いながら祖父を振り返った。


「そうだね。初めて会ったときから、とても可愛かったよ」


 空は晴れているのに雨が降っていた中で出会った狐の花嫁を思い出しながら、祖父は微笑んで言った。




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