御前試合
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闘技場に熱がこもる。観覧席まで響く剣戟の音が見物人を湧かせる。わっと上がる歓声に後押しされるように、試合は白熱していった。
臨時開催の御前試合にしては、ずいぶんと客が多い。軽率に承諾した婚約がもたらすものの大きさを、こんな形で痛感する。
中央に立ったクウィルは、マリウスと並び観覧席へ一礼する。顔を上げた先では、王太子レオナルトと王太子妃ユリアーナが軽く手を振った。
ユリアーナの隣にはリネッタが座っている。
この婚約を後押ししたのが王太子妃だというのを、先ほどのリネッタの言葉で知ったばかりだ。レオナルトから聞かされていない事実である。
聖女と王太子妃。ふたりにそんな交流があったのかと意外に思ったが、この席次を見れば納得だ。リネッタは王家に隣席できる立場なのだ。
立会人のギイスにうながされ、クウィルはマリウスと向かい合った。
互いに使うものは同じ。訓練用の模造剣は、素材を変え刃を潰してある。魔術は使わず純粋に剣技のみでの一戦。回避不能の一手が入ったと立会人が判断したところで、試合終了だ。
マリウスの余裕の笑みが、少々腹立たしい。いつものことではあるが、この男はクウィルを遥か下に見ている。彼は対クウィル戦で一度も負けたことが無いのだから、当然と言えば当然だが。
白騎士たちが公開にこだわったのはこの一戦のため。クウィルに膝をつかせ、聖女の婚約者として実力不足だと知らしめたいのだろう。
これまで散々手心を加えられてきたなど、相手は夢にも思うまい。そう見えない程度にクウィルは上手く立ち回ってきた。
「始めっ!」
ギイスの掛け声と同時に、気合い充分のマリウスがかかってくる。右側から素直に斬りかかるのは、マリウスのいつも通りの初手だ。
このマリウス、クウィル戦での戦闘手順が二通りしか無いのが特徴である。そうなるようにクウィルが受け流しているところもある。
二手までまっとうに剣を受け、立ち位置を入れ替える。三手目で重さをかけてくるマリウスを、クウィルが強く打ち返す。これでいつも通り、四手目は一度距離を取ってから跳んでくる――はず、だった。
打ち返すと同時、鋭い風がクウィルの右頬を掠めて抜けた。
ちり、と。頬に鈍い痛みが走る。黒髪が数本散って足元に落ちた。
「……クラッセン卿。何の真似ですか」
「あぁ、すまない。聖女様がご覧になっていると思うと、つい気持ちが昂った」
風魔術は、マリウスの得意とするものだ。といっても、総じて白騎士は黒騎士に比べて魔術が不得手だが。
そもそも風魔術の真価は攻撃ではなく補助にある。黒騎士団長のギイスが良い例だ。
ギイスは戦場において絶対に前に出ない。混戦になれば味方でもギイスの姿を見失う。敵に看破されることのない位置で、風による身体補助や魔術の威力増幅をおこなうのが風魔術の使い手の戦い方だ。
そんなこともわからずに、頬に裂傷ひとつ走らせた程度で得意気な顔をされても。そういうことを、場外から見守る黒騎士たちのやれやれといった顔が物語っている。
「詫びだ。貴公にも一撃を許そう」
安い挑発だ。
乗る気にもならないなと、ふと、視線を観覧席に移した。リネッタはクウィルの視線に気付いて、軽く自分の頬に触れ、右手を上げた。マリウスの反則を目ざとく捉えていたのだ。
だが、それきり。隣のユリアーナに何かささやくでもなく、背筋をぴんと張ってクウィルを見ている。
この場に慣れているユリアーナはともかく、リネッタは闘技場など初めてだろう。並みの令嬢なら熱気に飲まれ後ずさりするような場所だ。
感情が動かない人だとわかっているのに。
先の彼女の言葉のせいで、その堂々とした姿が自分への信頼の表れだと誤解してしまう。
誤解でもいい。約束どおり激励に応える。
クウィルは笑って剣を下ろした。マリウスが片眉を跳ね上げる。そんな彼に向かって左手のひらを空に向け、指四本をくいと持ち上げた。
来い、と。
挑発に、挑発で返す。
「っ! き、さまぁッ!」
マリウスが怒りをあらわにした。剣を構えて飛び掛かってくる。
クウィルは軽く身を逸らして躱した。そして、マリウスの剣を横から叩く。
上位貴族の子息で構成される白騎士が主に貴族の護衛を務めるのは、黒騎士よりも社交の場に慣れているからである。マリウスが隊長として重宝されるのは、腕以上に、彼のもつ侯爵子息という立場が有用だからだ。
夜会への潜入作戦などにおいては白騎士が強い。場に溶け込んで不自然でない。
聖女の護衛隊を白騎士が努めるのも同じこと。
魔獣は絶対に聖女を襲わない。護衛隊に求められるのは、聖女が巡礼の中で招かれる式典への臨席だ。
互いの戦場がそもそも違う。
クウィルは、白騎士が黒騎士に劣ると思ったことはない。
だが、黒騎士が白騎士に見下される現状にも納得しない。
先代の聖女が亡くなり、次の聖女が選ばれるまで。その間、およそ十六年。さらに聖女が見つかってから浄化の巡礼を終えるまで二年。合わせて十八年を加護の切れ間と呼び、黒騎士はその期間、対魔獣戦の前線に立ち続ける。
クウィルは十二歳で騎士見習いになり、十五歳で騎士になった。正式に入団しておよそ十年、加護の切れ間の半分以上を騎士として越えてきた。
戦闘術に限れば、この男に劣っていると思ったことは一度も無い。
力任せ一辺倒のマリウスが、バランスを崩して足踏みする。
「くっそ、赤目がなめた真似を」
「それだ」
「何ぃっ!?」
真っ正面から斬りつけてきた一撃を、今度は躱さずに受け止める。足に力を入れて純粋に力だけで押し返した。
互いの剣が離れた隙に手首を返す。
マリウスの剣を、斜め下から斬り上げて弾き飛ばした。
弾かれた剣は場外に転がる。
どさっと尻をついたマリウスの喉元に、クウィルは剣先を向ける。闘技場が歓声に沸く中、静かに告げた。
「セリエス嬢は卿のその言葉をお気に召さない。覚えておかれるといい」




