(9)お葬式で神の使いガブローエン様にお会いしました
ネズミの魔獣を倒してから体調を崩したイオナだったが、数日寝ていたらちゃんと元通りに回復した。
イオナが私たちの部屋のベッドで休んでいる時の世話係は私だったんだけれども、手のかからない病人だったわ。
でも、イオナってばベッドの上で、今回の事件について彼女が気になったことをいろいろと言うのよね。
「ねえ、アリサ。あの魔獣はどこから来たんだと思う?」
「どこからって?魔獣なんだから、魔の国から紛れ込んできたんじゃないの」
「城下の地下水道は、外からあんなものが侵入できるようにはできてないのよ。いったいどこからきたのかしらね。私は、あそこで発生したんじゃないかと思うのよ」
「魔獣って発生するものなの?」
「ネズミが魔力を受け続けるとね。それから、あのネズミの魔獣の魔力はちょっと変な感じだったの」
「変な感じ?」
「よくわからないけど……なんかね」
首を傾げて考えるイオナだった。
それから、別の時にはこんなことも言うのよね。
「ねえ、アリサ、私が魔獣を燃やした時なんだけれど、すごい魔力が私の中に流れ込んできたの。あの魔力はどこから来たのか。不思議な現象なのよね」
イオナが私のやったことに気づいたのかと思って、この話がでた時にはヒヤヒヤしちゃったわ。
「そんなすごい魔力が、いったいどこから来たのかしらね」
と、とぼけてみました。まあ、あの悪魔からの魔力なんだけどもね。
そうしたら、イオナが言いました。
「どうも、ネズミの魔獣の発生、変な魔力、大量の魔力の流入……これらは何か関係があるような気がするの」
えっ、大量の魔力の流入を、そっちの方に結びつけるの?
「それって、いったい、どんな関係?」
「わからないけど、何か裏がありそうじゃない?」
「うーむ、そうかもね」
イオナの考えが少し違う方向に行っているようなので、ちょっと安心した私なのでした。
あと、自分で制御できないほどの大量の魔力を用いて魔法使いが魔法を行使した場合、その魔法使いの命に危険が及ぶことあるということをイオナから聞かされた。あの時のように大量の魔力を流し込まれた場合、魔法使いは下手したら死んでしまう危険があるってことみたい。
まったく、あの悪魔野郎、それを知っててやったのかしら。私の親友になんてことをしてくれたの。私はなんだか腹が立ってしまった。プンプン。
まあ、イオナは天才だから、あの程度の魔力の量だったら充分扱えるとのこと。
でも、イオナに危険なことをさせたのは許し難いわ。今度あいつに会ったら、ちゃんと言わなきゃね。
まあ、そんなこんなでイオナも無事に回復し、いよいよラガリオさんたちのお葬式の日がやってきました。
東3番地区にある大聖堂では、魔道本部と剣兵本部を中心に、たくさんの人が来てお葬式の準備をしています。公爵邸のメイドからは、モリィを主任に数人が雑用をやりに来てるんですけれども、私もそのひとりです。今日は、いつものメイド服ではなくて、黒い喪服にエプロンをしてお手伝いです。
いろんな人に言われるままにいろいろな所でいろいろことを手伝っているのですが、お葬式の準備作業で汚れた壁を拭き終わって廊下をひとりで歩いていると、フードを被ったひとりの神官の方に呼び止められた。
「君、ちょっと、こっちを手伝ってくれないかい」
「はーい。ちょっと待っててください」
私は、モリィの許可をとりに行く。
「そろそろ参列の人たちが来ているわ。葬儀の開始も近いから、手早く済まして来なさい」
モリィにそう言われて、その神官の方の後ろについて行く。倉庫と思われる部屋に入っていくから、なにかを運ぶお手伝いかしら。
「なにか運ぶのですか?」
部屋に入った私が聞くと、神官の方はいろいろな物が積み上がっている部屋の奥から私に向かっておっしゃった。
「いやなに、ちょっとお前と話したくてな。この『どブス』」
「は?」
そして、彼が指を鳴らすと……ギーッ、バタン……私の後ろでドアが閉まった。
「……どブス?……それと戸が?……あのう……これはいったい?」
いろいろと急なことで、私が困惑していると、神官の方はさらにおっしゃる。
「おい豚娘、俺はその悪魔野郎にも話があるんだ」
ブスとか豚とか言われた上に、急に悪魔のことを言われて、私はうろたえて「どひゃー」とか言いそうになったが、なんとか平静を保って答えた。
「え……え……えーと『その悪魔野郎』とは何のことをおっしゃっているんでしょうか」
「わかってんだ。出てこい。エロエム」
神官の方はフードを深く被っていて、さっきからその顔はよく見えていなかったのだが、この時はフードの下に下衆に笑う口元がわずかに見えた。
私がまったくどうしたらいいのかわからずに困ってしまって黙っていると、私の後ろからあの声がした。
「いよぉ、ガブ……久しぶり」
いつの間にか、私の後ろに「その悪魔野郎」が立っていた。
「この悪魔野郎、最近見かけねえと思ったら、この豚娘といったいなにをやってやがるんだ」
神父の方が口汚く悪魔に語りかけると、悪魔が答えた。
「ふっ。まあ、いろいろとな」
「どうせ、おめえのことだ。禄でもねえことだろ」
「ふっ。お前にゃ関係ないだろ」
この神官、フードの下で顔が半分しか見えないけれども、ゲスで不快なその笑い、その口から発せられる見下すような下品な言葉。悪魔は余裕で相手をしているけれども、私はだんだん不愉快になってきた。こいつは神官にしては柄が悪すぎるわ。
「ねえ、人のことをブスだの豚だの……あんた一体何者なの?」
私が問うと、その神官の格好をした男が言った。
「俺がどうしてお前みたいな豚に名乗らなきゃいけない?」
むかっ。
私は悪魔に小声で尋ねた。
「ねえ。あんたこいつと知り合いなんでしょ。誰なの。」
「ガブローエンだ」
「ガブローエン?」
「神の使いで有名な、あの、誰もがご存知ガブローエン様だよ」
「はぁ?ガブローエンさまぁ?」
私たちがこそこそ話していたのが聞こえていたらしく、男が言った。
「ほー、信用してない口ぶりだな。では、ドブス豚に特別サービスだ」
男はフードをのけて、顔をさらした。
その男は、ボサボサのうす茶色の長髪で、人を見下すような切れ長の挑発的な青い眼をし、尖った鼻に鼻毛がたくさん見える。死人のような気持ち悪いほどに青白い肌と、歯を剥き出してゲスに笑う不快な口元をしていた。
この男が神の使いのあのガブローエン様なのかしら。
ガブローエン様はもっと素敵なイケメンだったはず。
髪は金髪の少々カールした長髪で、きりりとした青い眼、高い整った鼻、透き通るような白い肌、白い歯がこぼれる素敵な口元……
あれれ?
……確かに間違ってはいないかも。
悪魔が言った。
「信用していいぞ。本物だ」
ああ、神の使いであられるガブローエン様のことを「にせ神官の下衆野郎」と思ってしまうなんて、私はなんて大きな罪を犯してしまったのだろう。
「えーと。ガブローエン様。いろいろと申し訳ございませんでした……お会いできて嬉しゅうございます。こんな私の前に現れて頂けるだなんて光栄です」
すると、ガブローエン様がおっしゃった。
「おい雌豚。俺に会えて光栄に思うだなんて、お前は馬鹿か。俺はこの神聖な聖堂に不浄な者どもが入るのを阻止するために現れたのだぞ」
「え?どこに不浄な者どもが……?」
「馬鹿豚め。お前と悪魔だ」
「は?」
「つまり、お前を退治しに現れた俺に光栄とは……やはり豚は豚だな」
「ええぇぇ!」
ガブローエン様に、不浄な者とか、退治される者とか言われて、私が呆然としていると、悪魔が笑った。ガブローエン様に向かって大声で笑った。
「ふははははは、そうかそうか、ふははははは」
「なにがおかしい」
ガブローエン様が悪魔に怒鳴った。
悪魔が答える。
「どうしてお前がこんなところにいるのかやっとわかったんでな」
「はぁ、お前には関係ないだろ」
「いやいや、いまだにこんな下っ端仕事をやらされてるお前が哀れで、つい笑ってしまったのだ」
「うるせえ。俺にしたら、豚に使役してるお前の方がもっと哀れだぜ。ふへはへはほへ」
「いやいや、これはこれでなかなか楽しいんだぞ」
「畜生、やっぱりなにか企んでやがるな」
「ふははははは。別に何も企んじゃいないさ」
ガブローエン様が、その冷たい青い眼で私を睨んで怒鳴った。
「おい、豚。こいつを使って何か起こしやがったらただじゃおかないぞ。神の罰が下って、お前なんか丸焼きだ」
ひい。私は震え上がった。
「ガブローエン様。私は今まで神を信じて真面目に生きてまいりました。これからも神の教えに従って真面目に生きてまいります。どうかお慈悲を」
「ばーか。不浄な豚に慈悲なんかねえ」
私が慈悲を乞うても、ガブローエン様は冷たくおっしゃった。
「いいか。お前みたいな豚が祈っても、神は迷惑なだけだ。二度と神聖な聖堂に来るんじゃない。無駄なことはやめて、悪魔に闇の牢獄に連れて行かれろ」
そして悪魔に向かって再び。
「なにか起こしやがったら、その時は覚悟しろよ。わかったな。これは警告だ」
ガブローエン様はこう言い終わられると、そのお姿は白く輝き、白い光の粒へと徐々に分解していった。
消えゆくガブローエン様に向かって、悪魔は鼻で笑いながら言った。
「ああ、了解した。その時が楽しみだ」
最後にガブローエン様は大きな御声で悪魔に向かっておっしゃった。
「死んじまえ。悪魔野郎」
そして、私たちの前から去って行かれた。
ガブローエン様に衝撃的なことをいろいろと言われて、呆然としてしまう私だったが、一番の衝撃は、私が闇の牢獄に落ちることを宣言されたことだった。
私は、神様に見放されてしまったのだろうか。
私は神様の敬けんなしもべなはずなのに。
この悪魔を召喚したのは何かの間違いなのに。
それから、確か、この悪魔には「善行」をさせてるんだったわよね。
「神様、どうか私を見捨てないでください」
私が祈ると、悪魔が笑いながら言った。
「大丈夫だ。神なんていないから安心しろ」
「は?何を言ってるの?」
悪魔は私を哀れむような眼で見下ろして、そして、言った。
「冥土の仕組みを簡単に説明してやろうか?」