(8)ネズミの魔獣を退治します
どうも、アリサです。前回はじめてブックマークと評価をいただきました。ありがとうございました。ますます頑張りたいと思いますが、今回の魔獣退治はウィーネとイオナがやるから私は見てるだけよね……えっ、私が何かやらないといけないの?……いったい何をやるのよ?。
「ねえ、魔獣相手なんて、大丈夫なの?」
私はふたりに聞いた。
「一匹だけ。魔力はそんなにない」
とイオナ。
「あの大きさで、そんなにないなら大丈夫かな」
とウィーネ。
「で、どうするの?」
「取り敢えず一撃入れてみて、ダメなら撤退して報告ね」
「うん。とりあえず一撃ね」
ネズミの魔獣がこちらに向かってゆっくり近づいてきた。
「私たちを狙ってる……行くわよ」
イオナはそう言うと、火粉を両手で山盛り取ると、まだ遠くにいるネズミの魔獣に向けて放り投げた。大量の粉は地下水道のヘリに沿ってすごい速さで流れていき、魔獣にまとわりつく。
ウィーネが魔獣に向かって走った。
ボンッ!
イオナが発火させて、ネズミの魔獣が火に包まれる。
遠目にあまり燃えていないように見えた。たいした損傷はないようだ。しかし多少ひるんだように見えた。
そして、ひるんだその瞬間に、走り寄ったウィーネが切りかかった。
ネズミの鼻先を剣で牽制して、ネズミがそれを避けようと横を向いたところで、首に剣を突き立てる。でも、剣は少ししか差し込めない。ネズミの皮膚はずいぶん硬そうだ。
ウィーネがさらに剣を押し込もうとしていたら、ネズミの尻尾が鞭の様にウィーネに迫った。
ウィーネは尻尾を難なく避けたが、剣は手放さざるをえない。ネズミはウィーネを残して通路の遠くまですばやく後退した。剣を失ったウィーネは半身で慎重にこちらに撤退する。
首にウィーネの剣を突き立てたネズミの魔獣は、動きを止めて、こちらをじっと睨んでいる。
イオナが私に言う。
「残りを全部ばらまいて」
「はい」
私は、リュックの中の火粉を全部足元にぶちまけた。
「撤退しないの?またやるの?」
戻ったウィーネがイオナに聞く。
「あの感じ、逃げたら追ってきそうでしょ。足は速そうだし、逃げ切れる?」
「金槌だけじゃ、どうしようもない」
「さっき効いてたみたいだから、今度は最大火力で……そして弱ったところで撤退」
イオナは私が床にがぶちまけた大量の火粉をネズミの方へ一気に移動させた。しかし大量の火粉はネズミを包む手前で、風で吹き返されるように舞ってしまってネズミにはとどかない。
風の魔法だ。
狭い範囲にしか及ばないが、ネズミの魔獣は風の魔法を使っている。
「どうする?」
ウィーネが聞くと、イオナはネズミの元から回収した大量の火粉を床にまとめながら言った。
「誘い出してくれる」
「わかった」
ウィーネは再び、ゆっくりとネズミの魔獣の方に歩き出した。
イオナと私は、ネズミを迎え撃つために、火粉をぶちまけた場所から少し後退する。
「おい、マスター」
また突然あの悪魔の声がした。
今、忙しいから後にして。
「残念ながらあの子の火力じゃあいつは全然平気だ。急いであの子の背中に貼り付け」
は?背中に?どうして?
「俺の魔力をお前の手からあの子に流して火力を上げる」
どういうこと?
「ここであいつを焼き殺さないとお前らみんな大ピンチだ。おれが出ていけば瞬殺だが、どうする?」
あのネズミの魔獣をこの火粉で倒せないと、悪魔のやつが姿をあらわして私たちを助けないといけなくなるってわけ?
それは困る。イオナとウィーネに悪魔のことがバレるのは困る。そうしたら、私が殺し屋の襲撃に関係していたこともきっとバレちゃうわ。それも困る。私は飽くまで単なるメイドでいたいんだからね。
わかった。イオナに貼り付けばいいのね。
「ああ、あとはうまくやる」
ウィーネがゆっくり歩きながら、柄の長い金槌を石の床に叩きつけると、その音が地下水道の中で反響する。
コーン……コーン……
音に反応して、ネズミの魔獣がピクピクと身体を動かす。
コーン……コーン……
「さあこい」
ウィーネが大声で挑発する。
私がイオナの背中に貼り付くとイオナが言った。
「怖くないわよ。大丈夫。まかせなさい」
別に怖いわけじゃないんだけど……とか思っていたら、少しイオナの身体が暖かくなってきた。
「……え……これは……」
だんだんとイオナの体温が上昇している。
「……あれ……なんだか熱いけど……いったい……」
イオナが戸惑っている。異常事態なのかも知れない。
「イオナ!大丈夫?……来るわよ」
ネズミの魔獣がウィーネの挑発に乗って、こちらに走りはじめた。ウィーネはこちらに向かって全速力で走ってくる。
ぶち撒けた火粉の上をウィーネが通り過ぎ、ネズミの魔獣が結構な速力で迫ってくる。発火のタイミングが重要だ。
イオナの身体は熱く、息が荒い。
「イオナ!しっかり!」
「……」
ボボボボーーン!!!
ものすごい炎が立ち上がって、巨大なネズミの身体は浮き上がり、地下水道の天井に叩きつけられ、床に落下した後、炎に包まれて燃え上がり、動きを止めた。
これだけ盛大に燃えたら、もう生きてはいないだろう。
私たちのいたところにも熱風が襲ってきた。ちょっとよろめくくらいでたいしたことはなかったのだが、イオナはぐったりして私に寄りかかる。
「なんか……うまく……いったかな……」
イオナはそう言うと、目を閉じて、私の腕の中に倒れてきた。
イオナの身体はもう熱くなく、ちょっと冷たいくらいだ。
「イオナ!大丈夫?」
私が叫ぶと、イオナは弱々しく言う。
「大丈夫。でも、もう限界だから休ませて……」
イオナはもう一人では立っていられないようだ。
「本当に大丈夫なの?」
心配そうに寄ってきたウィーネが、そんなイオナを見てちょっと安心した風に言った。
「魔力の使い過ぎみたいね。大丈夫。魔法使いにはよくあることよ」
「はー、良かった」
「それが、あんまり良くないのよね」
「は?何が良くないの」
「そろそろかな……おぇー……」
「あぁ……この臭いは……ぐぉー」
そうだった。イオナの魔力がなくなるってことは、いままでかかっていた臭い消しの魔法が消えてなくなるってことなのよね。
「うぉー……くさー……」
「ほげー……くさー……」
ウィーネによると、本来ならば、魔獣の死体の鎮火の確認やらネズミの巣の確認やらいくつかの作業をしてから引き上げるのだということなんだけど、今回はそれどころじゃないので、私たちはさっさと地下水道の入り口に急いだ。
急いだといっても、ふたりでイオナをかかえてだから、そんなに早く歩けるわけではなかったけれど、この臭さにそんなに長くは耐えられそうもないから、出来る限りの大急ぎよ。
地下水道から表に出ても、服に臭いが染み付いているから、ますます気分が悪くなってきちゃったわ。
町会長さんの家に向かう途中で、すれ違う人たちがこちらを見て嫌な顔をして通り過ぎる。
町会長さんは、歪んだ顔をして私たちを見ると、決して家の中には入れてくれなかった。
仕方ないわ。私たちの臭いはひどいからね。
いろいろな事後処理の仕事はウィーネに任せて、私は公爵邸からの迎えが来るまで町会長さんの家の外塀のところでやることもなくボーッとしていた。横では、イオナが町会長さんに借りた木の椅子に座って眠っている。
ふたりともひどい臭いだから誰も近寄って来ないのよ。
ところで、あいつはまだこの辺にいるだろうか?
ねえ悪魔、今回はありがとうね。
少し間があって、返事があった。
「ぬはははは、当然のことをしたまでだ。俺はマスターのために、マスターの元でいろいろと働いているわけだからな」
は?……いろいろと……働いている??
私の元で??
「言われた通り、善行をなしている」
は?なにそれ?
悪魔が善行??
そういえば、私、昔そんなことを言ったかも。
「善行を、いろいろとな。ぬはははは……」
いったい、なにをやっているのやら……
でも、まあいいか。
悪魔が悪いことをしていないならそれだけで十分だわ。
それから、私は神様に祈った。
こういう変なのが私の元にいることがみんなにばれませんように。どうかお願いいたします。