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(5)悪魔召喚のことを思い出す

 いつもの時間に目が覚めたら、イオナとウィーネはもういなかった。

 テーブルの上にメモがあった。


「事件があったがもう大丈夫。メイドの朝はいつもどおりだって」


 メイドの集合時間まではまだ充分時間があった。


 たぶん、夜間に邸内を見回る衛士が侵入者の死体を発見したのよね。それで、衛士と魔法使いは起こされて出動した。シロニャンもいないから、イオナと一緒にいったのかしら。

 窓の外もなんだか騒がしい気がする。


 というわけで、昨夜のことは夢じゃないのよね。それで、あの大男も夢の中の存在じゃなくて実在するわけね。


 私をマスターと呼んでいたあの大男……今まで忘れていたんだけれども、いろいろと思い出したわよ。


 あれはたしか4年前、幼年学校の卒業が近づいた頃よ。


 イオナは小さな頃から魔法使いになると言っていて、魔法の中でも召喚魔法をすごく気に入っていたのよね。火竜とか大鷲とかを従えている魔法使いはこの世に何人もいないから、イオナはそういう強くて格好良い召喚獣をたくさん従えたいって言っていたわ。


 そんなイオナにつきあって、私はイオナの家にある召喚の書をふたりで一緒に読んだりしていた。ウィーネは魔法には興味はなかったからふたりでね。で、イオナが召喚魔法の呪文を唱えるのを私は見ていたのよ。

 でも、さすがのイオナもまだ幼年学校のチビだったから、何度やっても召喚魔法は決して起動しなかったわ。


 ある晩、私は自分の部屋でひとりで勉強していたのだけれど、勉強にも飽きてきたので息抜きに、ちょっと軽い気持ちで、覚えていた召喚の魔法陣をノートに鉛筆で描いて、召喚の書にあった呪文を唱えてみたのよね。


 すると、魔法陣から黒い煙が上がって、あれよあれよという間にあの大男が私の部屋に現れたのよ。あの時は赤いコートを着ていたわ。


「あ・あ・あ・あんたは誰?」


 大男は名前を言ったわ。


 何て名前だったっけ……忘れたわ。


「あなたは人間?」

 その大男はニヤリと下衆に笑うと言ったわ。

「俺は人間じゃない」


「じゃあ。なに?」

「俺は、なんというか……悪魔というやつだ」

「は?」


「それで俺に何をさせたいのか?」


 私はこの時初めて、自分が召喚魔法を起動させたことに気づいて驚いたのだけど、召喚したものが「悪魔」と名乗ったことにもっと驚いたわ。


 それで悪魔が悪を為してこの世界に害を及ぼしてはいけないと思ったので、とっさに言ったのよね、確か……


「善行を……為しなさい……」


 私がそう言うと、大男は驚いたような顔をした。

「悪魔に善行?面白いことを言うな。それで、どんな善行をすれば良いのだ?」


「えーっと……善行は小さなことから一歩ずつ……それで……」

 全部言い終わらないうちに大男は笑い出した。そして言った。

「ふはははは。わかった。今日からお前は俺のマスターだ。お前のために働こう」


「あーっと、だから私じゃなくて人々のために働きなさい。それで、私の目の前からはさっさと消え去りなさい」

「わかった。何かあったら呼んでくれ」


「行きなさい」

「それではマスター、失礼する。じゃあな」


 大男の姿は突然と崩れて、黒い粉末になって、窓の隙間を通って窓の外に飛んで行った。


 それから、その悪魔と称する大男は二度と私の前には現れなかったわ。

 悪魔の噂を聞くこともなかった。


 それで私もこの時のことはすっかり忘れていたのよね。


 幼年学校の卒業時の魔力判定で、ほとんど魔力がないと判定された私は職業学校に進学して、それから魔法と一切かかわらない生活をしてきた。魔法の本は読むのをやめたし、それまでいろいろと覚えていた呪文も一切口にしなかった。

 そして、今まで、特に何もない平穏な日々を過ごしてきたわけ。


 でも、昨夜私は殺されそうになった。それで、あの大男が再び私の前に現れたんじゃないかしら。


 命を救ってもらったのは確かだけれども、あの悪魔にはもう二度と現れないでほしいわ。

 あの下衆な笑い顔は二度と見たくない。



 メイドの朝礼に集まると、メイド長から昨晩のことがメイドみんなに話された。


 口外禁止の秘密の話である。


 一番衝撃だったのは、公爵邸の衛士が3名、魔法使いが1名、侵入者に殺されていたことだった。


 4名の黒づくめの侵入者は、まず詰所にいた警備の4名を殺すと、鍵を奪って本館に侵入、しかしその後、1名は2階の廊下で自分の剣で自分を刺して自殺しており、残りの3名は4階の公爵さまの次女のクラリーナさまの部屋の前の廊下で毒を飲んで自殺していた。深夜に見回りの衛士によって、侵入者の死体と詰所の警備の死体とが発見されて事件が発覚したと言う話だった。


 侵入者のうちのひとりが持っていた紙に「クラリーナさまのお命は確かにいただきました 赤い血の狐」と書かれているのが見つかり、彼らはあの有名な暗殺集団で、公爵様の次女のクラリーナさまを暗殺するために侵入したのだと推測された。


 なぜ、厳重な警備の公爵邸にやすやすと侵入されてしまったのか、そして、なぜ、彼らは目標のクラリーナさまを目の前にして自殺したのか、さらに、そもそもなぜ、クラリーナさまが暗殺の対象になったのか、などなど、いろいろな謎の解明のために、死体は魔道院本部に運ばれ、お屋敷内では朝から侵入者の痕跡の調査が続いているとの話だった。


 そして、以上の話を外部に漏らした者は解雇は勿論、下手をすると国家秘密漏洩罪で罪に問われるから注意するように、と強く言われた。


 それでメイド長が言うには、メイドの仕事はいつもと同じ、ただ捜査の邪魔にならないように、とのこと。


「私はどうしたらいいでしょう」

 いつも通りと言われても、2日目の私はなにをしたらいいのか困ってしまって、メイド長に尋ねた。

「そうね。もうそろそろ検分も終わると言うから2階の廊下のお掃除を手伝ってもらえるかしら。モリィ、アリサをお願いね」

「じゃあ、アリサもいらっしゃい」


「はい、モリィさん、よろしくお願いします」

「モリィでいいわよ。じゃあアリサ、ふたりで手早く終わらせちゃいましょう」


 みんな、あの血だらけの惨状を知らないのだろう。床に血の滲みが少々あるくらいに思っているんじゃないかしら。

 とてもふたりで手早く終わらせられるとは思えなかったが、そんなことを言うと、どうして検分のために閉鎖されていた2階の廊下のことを知ってるんだ、とか聞かれちゃうから黙っていた。


 2階の廊下を一目見たモリィは、おげっ、とか変な声を出したと思ったら、すぐさまメイド長に増員を要請した。

 私も含めて5名で一生懸命働いて、元のきれいな状態にするのに丸一日かかったのだけれども、絨毯を替えたりもしたから、これはこれで手早い仕事だったんじゃないかしら。


 でも、私がこの惨劇の場に居たってことがバレないか心配で、冷や冷やしながらの作業だったわ。殺人犯が殺人現場でうろうろしているわけですもんね……って私が殺したわけじゃないんですけれども……


「アリサの部屋に近いけど、昨夜何か聞こえなかった?」とかモリィに聞かれたけれど「初日なので緊張してぐっすり寝てました」とかうっかり答えたら「緊張したら眠れないんじゃないの、ふふふ」ってモリィが言うのよね。本当に冷や冷やよ。


 だから、なんだかすごく疲れたわ。



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