(4)悪魔が来たりて
死ぬのを覚悟して、目を閉じてじっと立っていたのに、いつまでたっても剣は私を刺さないのよね。
私はゆっくりと両目を開けた。
すぐ目の前に、私の後ろにいたはずの大男が黒服の男とふたりで立っていた。
大男は、右手で黒服の顔面を掴んで彼の動きを完全に止めており、左手は、黒服の男が剣を握っている両手を左手一本で掴んで彼の剣の動きを完全に止めていた。
黒服の男は、まったく動けず、声も出せず、頭巾の下から見える目に苦悶の色が見える。両手で腰に構えた剣をピクリと動かすこともできない。
私は死なないですんだようだ。
大男が私に囁いた。
「マスター、こいつをどうする?」
「マスター??」
いったいこの大男は何者なの?
「おや、俺のことをお忘れかい?」
あっ、なんか、思い出した。
こいつは、もしかしたら、あの時の・・・
私が、ちょっと考えていて黙っていたら、大男が言った。
「それじゃあ、こいつをあれしていいか」
なんだかよくわからなかったが、とりあえず返事をした。
「はい」
私の返事を聞くと、大男はまたあの下衆な笑いを浮かべて言った。
「うひへへへふへ。俺のマスターを襲う奴はこうだ」
黒服は剣を両手で握っていたが、その両手は大男の左手で強く掴まれていた。大男はその左手で黒服の剣を動かし始めた。黒服の男は逆らおうとするが、力及ばず大男にされるがままに剣を使われてしまい……
グサリ!……ブシューー……
剣が黒服の男の頸に刺さって、血が吹き出る。
さらに身体に2回、3回、4回、5回……グサ、グサグサ、グサグサグサと……
身体中から血が吹き出て……
「ぎゃあ、なんてことするの」
「さっき『はい』って言ったろ」
「へ?」
「マスターのご命令のままに」
「ええーー」
私が命令したことになってるの?
「ちょっと、やめなさい!」
でもその時には、黒服の男は廊下を血だらけにして絶命していた。
気分が悪くなってきたので目を逸らす。
と、大男が言った。
「残りの3人を処分してくるので少しここで待っていろ」
そうだ、私を殺そうとしたこの凶悪な黒服には、仲間があと3人いるのだった。
「騒がずに静かに待っていろ。すぐ戻る」
「あっ、殺しちゃダメよ」
いくら凶悪犯でもこんな血だらけの惨劇はもう見たくない。
「おお、わかった」
大男はみるみる黒い粉末に分解し、それら粉末はビューっと凄い速さで廊下の向こうの方に吹き飛んでいった。
こうした、人にあらざる移動の仕方、先ほどの異様な怪力……やっぱりあいつはあの時のあいつだ、と私は確信した。
月に照らされた夜の廊下はすごく静かだった。
ちょっと気が抜けてしまって、黒服の男の死体と廊下中に大量に飛び散った血を呆然と眺めながら、絨毯は換えなきゃだめよね、とか……壁の血糊は削り取るのかしら……ああ、天井にも血が……とかいろいろと……どうやってこの廊下をきれいにするか、なんてことを考えていたら、すぐに、大男が帰ってきた。
大量の黒い粉末が廊下の向こうから飛んできたと思ったら、あっという間に男の姿になって、私に向かってニヤリと笑った。
「早いわね」
「いやー。まったく。残念ながら……」
「え?何が残念なの?」
「残り3人を拘束したが、逃げられないと悟った途端に3人とも自殺した」
「え?え?どういうこと?」
「ちゃんと訓練された侵入者、ということだ」
「何者なの?」
大男は答えずに、私に言った。
「マスター、取り敢えずはこれで終わりだ。部屋に戻って寝ろ」
「でも……」
こんなことがあったんだから、みんなに報告しないといけないんじゃないかしら。
「侵入者はもういない。死体は見回りの者が気づくだろう。お前がここで騒ぎ立てて、この状況をどう説明する?」
私に向かって下衆に笑う大男を見て、もしここで私が騒いだら、私がこんなズタズタの死体を作れるわけないのだから、この大男のことをみんなに説明しないといけないじゃない……でも、それは避けたい、と思った。
「わかったわ」
「じゃあ、俺はこれで……おやすみ、マスター」
大男は大量の黒い粉末となると、窓の隙間から建物の外に去っていった。
私は、死体のある血だらけの廊下をそのままにして、部屋に帰った。
ふたりと一匹はぐっすり眠っている。
ベッドに横になったらすぐ眠れてしまった。