(2)深夜の侵入者に襲われる(その1)
さて、仕事がはじまります。
でも、初日なので、私はメイド長に連れられてお屋敷のいろいろな所を案内され、その後、職場の規則や仕事のやり方などをいろいろと教えてもらうだけです。
メイドの仕事は学校でも鍛えられてきたし、公爵邸だからと言って特別なことはなさそうなので、なんとかなりそうだと思いました。
夕方は、荷物の整理のために少し早めに仕事から解放してもらいました。
私の部屋は2階の隅の3人部屋。
なんと、ウィーネとイオナと同室よ。
部屋に戻ると、私の荷物の他にふたりの荷物も山積みです。
私は今朝早く公爵邸に入ったんだけど、ふたりは昨日入ったはずなのに、全然片付いていないのよね。
「ふたりが帰って来る前に私の分は片付けちゃうかな」
「にゃー」
「は?」
「にゃー」
荷物の陰に猫がいるのかしら。朝からいたのかしら。
朝は制服に着替えなきゃいけなかったり、いろいろ急いであわてていたから、猫がいたなんて気がつかなかったわ。
「猫ちゃん、猫ちゃん、出ておいで」
「にゃー」
荷物の裏にぐるっと回ると、白い姿がチラッと見えたんだけど、なんだか私を避けてるみたい。
人見知りなのかな?
いったいどこから入ったのかしら?
「にゃー」
ちょっと追っかけたけど諦めたわ。おとなしくしてるようなので、放っておくことにした。
荷物を整理していると、イオナとウィーネが帰ってきた。
「あら、お帰り。猫がいるんだけど、知ってる?」
私が聞くと、イオナが言った。
「私の使い魔。シロニャアよ……さあ、こっちにいらっしゃい」
でも出てこない。
「シロニャア」
「にゃー」
でも出てこない。
「ほらほら、出てきなさい」
「にゃー」
でも出てこない。
イオナは仕方なく、荷物の間に入っていって、白い子猫を抱えて出てきた。
ウィーネが子猫をみて目を輝かせている。
「うふふふふ、かわいいー、抱かせて、抱かせて」
白猫を抱かせてもらって、すごくうれしそうに頬ずりしているウィーネには、朝に見せた冷徹な天才女剣士のイメージはまったくない。
「うへへへ、どうよ、どうよ、かわいいでしょ、うへへへへ」
イオナは、近年稀なる優秀な魔法使いのはずなんだけれども、なんだか頭悪そうな物言いである。
でも、ふたりとも昔はこんな風にヘラヘラしていたわよね、と思い出す私だった。
「にゃーん」
ウィーネに抱かれて、傍からイオナに撫でられてる白猫シロニャアはご機嫌そうです。
「私にも抱かせて」
でも、私が手を伸ばすと、シロニャアは急に嫌そうな顔をして、暴れだした。私は手を引っ込めた。
「あらぁ、変ねえ、人懐っこい子なのに……まあ、徐々にアリサにも慣れるでしょう」
シロニャアはかわいい子猫だけど、私を避けるなんてかわいくないわ。
「使い魔ってことは、イオナが召喚したの?」
私は聞いた。
「そうよ」
続いてウィーネが聞く。
「召喚って、すごい魔力が必要じゃなかったっけ」
「うふふふふ。学校時代に密かに魔力を貯めに貯めて……そう貯めに貯めまくって、卒業の時に召喚術を成功させたのよ。そしたら、この子が召喚されたの」
「そういえば、昔、いろいろな生物を召喚して従えたいって言ってたよね」
「剣士と違って、魔法使いはいろいろな使い魔を持てて便利でいいな」
ウィーネが羨ましがると、イオナが自慢げに私たちに言う。
「生徒で召喚できたのは私だけよ」
「……だけ?」
「それって優秀ってやつ?」
「天才って呼んでもいいわよ」
それについては軽く流して私は聞いた。
「それで、召喚されたってことは、この子は何かできるの?……話せるとか、巨大化するとか……えーっと……空飛べるとか……」
「なにも。単なる猫だし……ただ、使い魔だから私に従うだけ」
「この子は異界の生物じゃないの?」
召喚術って、異界の生物を呼び寄せる術じゃなかったっけ。
「シロニャアは異界の出じゃないわよ。召喚術で普通の生物が召喚されるのはよくあることなのよ。魔力が低い場合はたいてい普通のやつよ」
そういえば、マグロとかナマコとかが召喚されちゃって、そういうのを従えてる魔法使いがいるって話を昔聞いたのを思い出したわ。
「マグロとかナマコじゃなくて良かったわね」
「は?なにそれ?」とウィーネ。
「そうなの。そんなんじゃなくて、かわいいこの子が現れたから、私は十分満足してるのよ」
「にゃー」
「それにしても、イオナもウィーネもすごいわね」
私が感心して言ったら、イオナが朝のことを思い出したようだった。
「そうそう、そうだった。朝のウィーネの試合のこと、教えてよ。いったい何があったの?」
ウィーネがひと通り説明する。
ラガリオさんの最初の一撃をウィーネが紙一重でかわす、すぐさま返される木刀をウィーネは浅い角度で的確に弾き飛ばして、その隙に素早く木刀をラガリオさんの肩にたたき込む。バシッと音がする。でも、ラガリオさんは体勢も崩さずに弾き飛ばされた木刀を切り返してウィーネの正面に斬りかかる。ウィーネはそれを木刀で正面で受け止めて、その結果、弾き飛ばされて転がる。
さらに、ウィーネが言うには、ここで衛士長が試合を止めたけど、もし試合が続いていたら、ウィーネの一撃は浅くて致死的ではないので、この後、転がったウィーネをラガリオさんが突いて、ラガリオさんの勝ちだったのだろうとのこと。
私は、ウィーネの勝ちだと思ったのだけど、剣術もなかなか奥が深いのね。
「ラガリオは、四か国武闘大会で優勝したことがある強者なんだって。さすがに強いわ」
ウィーネってば、「さん」なしで呼んじゃって……早くも職場に溶け込んで、同僚って感じですね。
「それで、アリサのぱたぱた……」
ウィーネが嫌なこと言い始めた。完全に滑って笑いを取れなかった私のあの朝のことだ。
「おかしくて、笑いたかったのに……」
「へ?」
「ああ、あれあれ、私もおかしかったんだけど、笑う雰囲気じゃなかったから、笑いをこらえてた……」
「は?」
「なんで受けなかったのか、不思議」
「うんうん、アリサのギャグは切れてたと思ったんだけどね」
ふたりともあの時のことを思い出したみたいで、ふはふはと笑い始めた。
完全に滑ったと思っていたのに、密かに受けていてくれたなんて……ありがとう、やっぱりふたりは私の幼馴染で親友だわ。
幼年学校を卒業した後、ウィーネは剣士学校へ、イオナは魔道院付属学校へ、私は職業学校へと別々に進学したのよね。剣士学校と魔道院付属は寄宿制だったので、3人揃ってこんな会話をするのは久しぶり。でも、昔と変わらず楽しく話せてうれしいわ。