(1)幼馴染3人が公爵邸にお勤めです
私はアリサ、15歳。
今日から公爵邸にお勤めです。
住み込みメイドよ。
私たちの国は公国だから、公爵邸ってのはいわゆる王様のお住まいね。
今日から新しく勤めるのは3人です。
みんな女子よ。
その上、ウィーネとイオナは、ふたりとも私の幼馴染よ。
ウィーネの家は私の家のお隣りで、彼女のおとうさんは騎兵隊の隊長さん。彼女は女の子なのに剣士学校に通っていて、天才剣士と言われていたのよ。
イオナは私の家の向かいにある魔法具屋さんの娘で、両親は一流の魔法使い。ふたりとも若い時は魔道院の職員だったんですって。イオナは魔道院付属学校で一番の成績だという話よ。
だから、ふたりとも、ここにいるのは当然なのよね。
私は別にたいした娘じゃないんだけれども、今回の就職は、私の家のパンが公爵邸に納められているコネが効いたかなって感じですね。私の父が焼くパンはすごくおいしいからね。近所で評判のパン屋なのよ。
新人3名、初日の今日は、まず、家令のスタンドンさんに連れられて、カレイドスケット公爵様にご挨拶です。
公爵家には、前公爵未亡人と公爵ご夫妻、それに公爵のお子様が4人いらっしゃる。お子様は男、男、女、女よ。これらの方々をこれからお世話するわけ。
挨拶といっても、私たちは公爵様の前に立って名前を言われたら頭を下げるだけ。にこやかに微笑まれたロマンスグレーの公爵様に、よろしく頼むよ、とお言葉をいただきました。
その後は中庭で、衛士、魔法使い、執事、メイド、料理人、庭師など、これから公爵邸で一緒に働くたくさんの人たちに紹介されます。
やっぱり頭を下げるだけかなって思っていたら、衛士長が木刀を一振り持って、私たち3人に言いました。
「軽くお手並みを拝見しよう。これを取れ」
えっ。衛士として勤めるウィーネはいいかもしれないけど、私はメイドだし、お手並みって言われても……と困った顔をしたら、それに気づいた衛士長は
「いや、アリサ君は結構だ。それからイオナ君も結構。拝見するのはウィーネ君だけだ」
あー、よかった、びっくりしたわ。
「はい」
と、一歩前に出るウィーネ。
ウィーネってば、朝から言葉少なで、冷静沈着って感じなんですけど、やっぱり剣士学校で4年も揉まれると成長するのかしら。天才剣士って雰囲気よ。
「では、ラガリオ、相手を頼む」
「おう、女だからって手加減はしないぞ」
ラガリオさんは、筋肉質の大きな身体をした、いかにも剣士って感じの若者です。素敵な明るい笑顔で、大きな木刀をビュッビュッと軽々と振り回している。でも、木刀を持って無言でいるウィーネに対峙すると、構えをとって、鋭い眼でウィーネを睨みつけた。
ゆったりと構えるウィーネ。
ラガリオさんがウィーネに襲いかかると、勝負は一瞬でついた。
ふたりの間に目にも留まらぬ素早い剣撃があって、バシという大きな音がした次の瞬間に、ラガリオさんの木刀に押されてウィーネが地面に転がった。
まわりで見ていた人々から、おー、と声が上がった。
「はい、そこまで。ふたりともなかなか見事であった」
衛士長が言って勝負が終わった。
「ウィーネもまだまだね」
私の横でイオナが言った。
そんなイオナに私は言った。
「ウィーネの勝ちよ」
「え、転がってるのに?」
私が見たところでは……
ラガリオさんの最初の一撃をウィーネが紙一重でかわす、すぐさま返される木刀をウィーネは浅い角度で的確に弾き飛ばして、その隙に素早く木刀をラガリオさんの肩にたたき込む。バシッと音がする。でも、ラガリオさんは体勢も崩さずに弾き飛ばされた木刀を切り返してウィーネの正面に斬りかかる。ウィーネはそれを木刀で正面で受け止めて、その結果、弾き飛ばされて転がる。
……ということが起こっていた。
だから、ラガリオさんの肩に一太刀入れたウィーネの勝ちだと思うのよ。あの一瞬で3回も斬り込んだラガリオさんも強者だけど、ウィーネはその上をいったのよね。幼馴染とはいえ、すごい娘だわ。天才と言われるわけよね。こわい、こわい。
しかも勝っても顔色ひとつかえないのよ。
憮然とした様子のラガリオさんを残してウィーネが私たちのところに戻ってきた。
「見事にバシっといっちゃって、すごいわね」
私が言ったら、ウィーネがはじめて微笑んだ。
「わかったの?アリサもすごいわね」
一瞬のことで何が起こったのか全くわかってないイオナは、魔道部長に呼ばれて中庭の中央に歩き出す時に私たちに言った。
「いったい何があったか、あとで教えてね」
で、次はイオナの番のようである。
「イオナ君、何をみせてくれるのかね」
魔道部長の言葉に、中庭の中央に立ったイオナは、両目を閉じて、手の平を上向きに両腕を大きく広げた姿勢をとったまま、じっとして動かない。
中庭に集まった人々が、なにをしているのかわからずに、少しざわついていると、上空に雲が湧き出てきて、どんどん暗くなっていった。
ピカっと大きな稲妻が一本、お屋敷の避雷針に落ちた。
おーっと、中庭に集まった人々から声が上がる。
イオナが両腕を水平にゆっくり振ると、上空の雲が四散して、晴れた空が戻ってきた。
「よろしい、なかなかやるな」
魔道部長からお褒めの言葉が出た。
「すごい稲妻ね」
私の横のウィーネが言った。
「すごいのは、稲妻じゃなくて、その後に雲を散らしたことよ」
「へー、そうなの?」
そうなのよ。下手がこの魔法をやったら、今頃私たちは雨でびしょ濡れなのよ。イオナだから大丈夫だとは思っていたけど、ちょっと心配でドキドキしてたのよ。
イオナがなんだか誇らしげに私たちのところに戻ってきたら、中庭のみんなの視線が私に集まっているのに気がついた。
ま、まさか……
私にもなにかやれっていうの?
私は何にもできないわよ。
えーと、右手を軽く上に挙げて前後に動かす。
ぱたぱた……ぱたぱた……
「あなた、なにそれ?」
この声はメイド長の声……
「えっと……はたきをかけてます」
私が言うと、中庭全体が静けさに包まれた。
シーン。
ぱたぱた……ぱたぱた……
受けなかったわ、失敗ね。
メイド長もフォロー出来ずに困ってるわ。
でも、私は飽くまで単なるメイドなんだから仕方ないでしょ。