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ムイミニマニモ  作者: そあ
6/12

6.ダイヤモンドが先かユカイが先か

「ローズマリーの花言葉を知っているかい」


 匙を投げたくなるくらい暑い日の続く夏の放課後、朔耶はいくらか含みを持たせた微笑を湛えてそう言った。向かいに座る美音先輩は肘をついてあからさまに興味がなさそうな顔をしている。


「『狂気の沙汰ほど面白い……!』だったかしら」と美音先輩は言った。


「惜しい、不正解だ」


「知らないけど絶対惜しくないだろ。なんで花言葉と無頼台詞がニアミスしてんだよ」


「私、花言葉って嫌いよ。花の美しさに人間のエゴをなすりつけて、醜い行いだわ」


「そうかい? 同じ花も複数の花言葉があったりして、それぞれの解釈の仕方について考えるのも面白い」


「花も可哀想ね。くだらないものを上からベタベタ貼り付けられて」


「美しさの対価と考えれば安いものだよ」


「それなら私言葉があってもいいわね。神楽坂美音言葉が」


 冗談にしてもよほど容姿に自信がないとできない発言を放った少女に視線を向ける。西洋の血を感じる鼻の高さと、きゅっと締まった唇。暴風雨のような金髪と攻撃的な目つきもあいまって、近寄りがたい美しさを放っている。もし美音先輩がクラスメイトだったとしたら、俺のような凡百の男子では声をかけることもできないだろう。


「美音言葉か。そうだな、『押せばいける』ってのはどうだろう」と朔耶は言った。


「いけるってなによ! 私を自我の薄い雑魚女の代名詞にしないで!」


 最近になって気づいたが、おそらくこの部活で美音先輩がもっとも口が悪い。


「不満かい? じゃあ『怒らせて楽しもう』はどうかな」


「楽しもうってなによ! 促さないで。私は侮辱されることが一等嫌いなの!」


「美音先輩、俺からもいいですか」


「……いやよ。どうせロクなこと言わないもの」


 頬を紅潮させてぷいと横を向いた美音先輩の姿に加虐心が刺激される。しかし「怒らせて楽しもう」はなかなか核心をついたフレーズだと思った。美音先輩を玩具として発売するとしたら、パッケージに赤文字で書いておくべきだ。


 横目に朔耶がにまにまと笑っているのが見えた。きっと俺も同じような表情をしているのだろう。


「美音先輩言葉なんて自分から提案して、こうなることはわかってたんじゃないですか? というわけで、『欲しがりさん』ってのはどうでしょう」


「『さん』が本当ッッにむかつく! ……あなたたちって、きっと人を馬鹿にするために生まれてきたのね」


「あんまり褒めるなよ。照れる」


「俺は誰にでもこんなことを言うような軽い男じゃないつもりです」


「~~~~っ!」


 美音先輩はマライア・キャリーもびっくりの超高音で唸りながら立ち上がり、勢いよく部室から飛び出していった。建付けの悪いドアが2度悲鳴を上げる。激昂しながらもしっかりドアを閉めようという意識が残っているあたり、こうして遊ばれることに慣れが生じているのを感じた。


「あーあ、行っちゃった」


「感情が爆発するとトイレに駆け込む女子っているよな。あれなんなんだろう」


「いるね、そういうタイプ。ちなみに彼女はトイレに行ったわけじゃないよ」


「じゃあどこに行ったんだ?」


「理事長室……の隣にある美音のプライベートルーム」


「そんなものがあるのか。あっていいのか」


「そこで人気のない配信者にお金を投げ続けて、喜びが恐怖に変わっていく様を見て心を落ち着けるんだって」


「嫌な遊びもあったもんだ」


 俺たちのせいでこの世に新たな不幸が産み出されることを思うと、これから美音先輩に接する態度を改める必要があるように感じた。逃げ出さない絶妙なラインを見極めなければ。


「美音の発言を聞いて思ったんだけど、もしかしたら僕たちが知らないだけで『○○言葉』みたいなものは無数にあるのかもしれないね」と朔耶は言った。


「ああ、たしかにな」


「美しいという点で考えると、宝石言葉なんてあるんじゃないかな。たぶんダイヤモンドの宝石言葉は『でかすぎるとキモい』だろうね」


「仮に宝石言葉があったとしてもちがうだろうな。たしかに金持ちが着けてる馬鹿でかいダイヤの指輪とか、ちょっと引くけど」


「『化学式は炭と同じ、はもう聞き飽きた』かな」


「ちがうな。だからなんなんだよ、とも思うけど」と俺は言った。


「『☆とユカイを足して芸名にしようなんて、人生3周しても思いつかない』って可能性もあるか」


「ないな。ダイヤモンドが先かユカイが先か、ユカイ始まりだったらなお怖いな」


「美しさって、見栄えが良いものにだけに与えられる評価軸ではないよね」


「まぁ、機能美とか様式美とか、美しいと感じるものは人それぞれか」


「機能美ね。それなら家電言葉もあるのかも」


「テレビの家電言葉は『大きさがステータスって考え方が男のナニと一緒』か」


「……恭司」


「電子レンジの家電言葉は『アレを温めすぎると火傷する』だよな」


「きょーじっ」


「電動マッサージ機の――」


「えいっ」と朔耶はバッグから取り出したハサミを投げながら言った。


 縦回転の刃物が鼻先をかすめると人間は絶句するらしい。今日も今日とて貴重な学びを得てしまった。


「……目的のために進化した道具というのは美しいものだね。ハサミの文房具言葉は『命を絶つ』だ」


「……紙を、切ってくれ」


「ちなみにボールペンの文房具言葉は『光を奪う』だが、謝罪の言葉はあるかい?」


「大変申し訳ございませんでした。眼を狙わないでいただけませんでしょうか」


「次はないぞ」


 なんとか命を繋げてほっとしていると、ゆっくりとドアの開く音が聞こえた。


「ごきげんよう」


 美音先輩は今日はじめて会ったという風に、わずかに微笑みさえして部室に入ってきた。そして落ち着いた足取りでパイプ椅子に座ると、肘をついて俺に視線を合わせた。


「何の話をしていたの? 余計なことを言ったら、また私はここから飛び出すわよ」


「不思議な脅迫だね」と朔耶は言った。


「美しさから花言葉があるなら、宝石言葉とか家電言葉とか文房具言葉もあるのかもって話をしてました」


「……それなら、お金言葉もあるわね」


「美音先輩、金のことを美しいと思ってるんですね」


「僕が思うに、1万円札の金言葉は『あると嬉しい』だね」


「なんでもそうだろ。5千円だろうと千円だろうと、あれば嬉しいって」


「不正解よ。葛西、あなたは何だと思う?」


「答えを知ってるんですか。というか答えなんてあるんですか。そうだな、『旧札ってなんかかっこいい』ですかね」


「答えは『可能性』よ」


「美音先輩の価値観を押し付けれられても……」


「なにを言っているの。私の価値観ではなくて、それが答えよ」


 内から湧き上がる自己に対する自信に満ちた表情で断定されると、思わず納得しそうになってしまった。この人は自分のことが正しいとまっすぐに思えるのだろう。すこし羨ましくてちょっと怖い。


「……あれ、そもそもなんで花言葉の話になったんだ?」と俺は言った。


「ローズマリーの花言葉を知っているかと、朔耶が言ったからでしょう。あなたって態度も悪ければ記憶力も悪いのね」


 部室を飛び出す前のことはなかったことにしたのではと思ったが、勝ち誇ったような顔している美音先輩が可愛らしいので言及しないことにした。


「で、朔耶。結局ローズマリーの花言葉ってなんなんだ」


 朔耶は少し俯いて、軽く曲げた人さし指を口元に当てた。栗色の髪が瞳を隠す。根源的な命題について思索する哲学者のような顔つきに、つくづく絵になる少女だと思った。


 朔耶はひどくねじ曲がった性根をしているものの、基本的には温和で親しみやすい少女だ。けれど笑顔で話をしていても、瞳の奥に他者を寄せ付けない強固な壁を感じることがある。出会って間もない彼女のことを理解したつもりもないけれど、それをすこし寂しく思う。


「ローズマリーの花言葉は『想い出』だよ。他にもいくつかあるけれどね。昨日、何の気なしに花屋の店先に並んだ色んな花を見ていたんだけど、小鉢に入ったローズマリーが妙に気になってね。結局わが家へ迎え入れることにした。あとから花言葉を調べたら、それが『思い出』だったんだ。そのとき僕は思ったね。これはきっと、社会貢献部のみんなと愉快な想い出をたくさん作っていきたいという願望が、僕とローズマリーを引き合わせたのだと」


 だから顔をあげて話し始めた朔耶を見た瞬間に、たぶんその言葉の本意はどこかべつのところにあるのだと思った。


「だからまぁ、なんだ。これからもよろしくたのむよ」と朔那は言った。


「あら、誰かこのあたりで自己陶酔でも焼いた? 臭うのだけれど」


「朔耶言葉は『青い』だな」


「……僕もちょっと、恥ずかしいとは思ったけどさ」


 いずれにせよ、俺たちの関係はまだ始まったばかりだ。長い時間を共有していくなかで、ゆっくりと理解を深めていけばいい。まるでローズマリーが地中に根を広げて……、いや蕾をつけて花を咲かせて……、なんか、まぁ、そんな感じで。

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