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ムイミニマニモ  作者: そあ
5/12

5.口は災いの元

 俺の人生に鮮烈な1ページが刻みつけられてから数日が経った。千景先輩の超常的な能力にびっくりして吐いてしまったことを除けば(世界の結末が書かれた文書を読まされたらしいが、結局記憶を削除されたので覚えていない)、取り立てて大きな事件もなく過ごせている。ちなみに千景先輩が社会貢献部に居る理由は「暇をしていると気まぐれに世界のバランスを崩してしまうから」だそうだ。この部で唯一、自発的に入部した部員らしい。もちろん怖いのでそれ以上は詮索しなかった。


 朔耶は相変わらず俺をからかって遊ぼうとするから、対抗手段として下ネタで返すことを覚えた。意外にあいつはそういうのが苦手らしく、男子高校生の性欲をフルパワーで打ち込んでやるとわりに困った顔をするので楽しい。幼い時分に覚えた道徳(たしかそんな名前だったと思う)をすっかり忘れてしまった気がするが、楽しいので大丈夫だろう。


 火曜日と金曜日の2回、美音先輩は部活動に参加する。といっても、部室に集まって適当な話をするだけだが、それも立派な部活動なのだと彼女から教えてもらった。曰く、部室にいるあいだは誰かが泣くことも悲しむこともないから社会貢献だそうだ。先達の意見に学ぶところは多い。


 きっちり6限まで授業をこなし、教室を出た。社会貢献部に収監されてから間もないが、日を追うごとに勉学への意識が高まっている。素敵なメンバーとの部活動を終え、帰路に着くたびにひしひしと「ちゃんとする」ことの高尚さを痛感するからだ。

あいつらの行く末がどうなろうと知ったこっちゃないが、せめて俺だけは助からなければ、いずれ社会的に死にゆく命たちを誰が背負うというのだ。


 階段を下り、部室棟へと続く屋外に出て渡り廊下を歩く。湿気をたっぷりと含んだ夏の重たい空気が身体に纏わりつくのを感じる。すると目の前に見知った後ろ姿があった。栗色の髪の毛が楽し気に跳ねている。どうしてスキップをしているのかはわからないが、声をかけた。


「おーい、朔耶。これから部活か」


 廊下を歩く生徒たちの声が止み、横目にこちらを見ているのがはっきりと感じ取れた。社会貢献部の生徒はまっすぐな意味で悪目立ちしている。俺を除くメンバーは社会に対してなにがしかの迷惑をかけた罪で収監されているからだ。その悪行は学校側から公表されてはいないものの、尾ひれはひれで豪奢にお洒落を決めた噂が校内に蔓延していた。


 俺もその例外ではなく、実際は「教頭のハゲをいじった」だけなのにも関わらず、どうやら「頭髪検査で呼び出された腹いせに教頭を監禁、頭皮に特殊な劇薬を塗り込んで植毛の余地を潰した」ことになっているらしい。俺の言うことを半分以上は信じてあとは保留にしてくれる、素晴らしく良心のあるクラスメイトがこっそり教えてくれた。


 朔耶は立ち止まると、両手を後ろに組んでおずおずとこちらに振り向いた。


「あ……恭司くん」


 上目遣いにこちらを見つめている朔耶の隣に立つと、連れ立って部室に向かう。あちこちからささやき声が聞こえた。内容までわからないが、あまりいい話ではないだろう。


「ごめんね、今月分のお金、まだできてないの。またおじさんの相手をしてお金つくるから、捨てないでくれる……?」


 親と飼い犬をいっぺんに亡くしたような顔をして朔耶は言った。彼女は部室の外では毎度おかしなキャラ付けをして話しかけてくる。どうせこれ以上は評判の悪くなりようもないので、俺もその設定に乗って遊ぶことしていた。


「月末までに間に合うんならいいけど。お前さ、分かってるよな」


「うん……。わたしも恭司くんのこと、応援したいし。今度は打ち上げ成功するといいね。スペースシャトル」


「あんまいないよな。マジの夢に貢がせる男」


「ホストとかだと現実味に欠けるからね。だって恭司は高校生だろう」


「そしたら全部リアリティないだろ。女に貢がせる高校生男子なんていねぇよ」


「そうだね。カラダを安売りする女子高生だけがリアルだなぁ!」


「でかい声だすなよ。んで怖い」


 くだらないやり取りをしているうちに部室に到着した。部室棟の最奥、科学研究部の倉庫の隣が我らが社会貢献部の部室だ。中に入ると、いつも通り長机ひとつだけを置いた殺風景な部屋が俺たちを迎えてくれる。


 改めて見ると本当になにもない部屋だった。部屋の片側がグラウンドに面していて、部活のあいだはそれなりに陽当たりがいいこと以外には長所が思い浮かばない。


「……なぁ、朔耶」


「なんだい恭司」


「この部室のいいところってなんだと思う?」


「屋根がある」


「故郷の星空が恋しいか? 帰ってもいいんだぞ」


「それに壁もある。しかも四方全てに、だ」


「だ、じゃないんだよ。まったく」


「それにそれに」


 朔耶がいたずらを思いついた子どものように、こぼれそうになる笑みを必死に押し殺しているのがわかった。こういうとき、大抵ろくなことにならない。


「恭司がいる、ぜ」


 指をピストルの形にしてこちらに向け、ご丁寧に効果音までつけて撃ちぬいていただいた。ついでに古き良きフォードに乗ってどこか遠い州まで逃げてくれてもいいのだが、現実はそう甘くない。


「そいつはどうもね」


 わざと視線を外して無関心を装ってみたものの、ふふん、と勝ち誇ったような鼻息を聞いて朔耶の方を見てしまう。


「どうしたんだい? こんな雑に遊ばれてるのに、やっぱりどきっとしちゃうなぁ、とほほ。って顔してるよ」


「……わかってるなら言うなよ」


 俺は高槻朔耶に恋をしかけている。しかけている、のであって恋に落ちているわけではない。たしかに顔は好みだし、ちょっとした仕草に脳天を撃ちぬかれることもある。だが、話をすると結構楽しい。しかし、いい匂いがする。……ん?


 考えれば考えるほど良い部分しか思い浮かばず、それはもうLOVEなんじゃないかという気もするのだけれど、どこか素直に受け入れられない自分がいた。出会ってからまだ日が浅いせいなのか、先に朔耶の方から「僕のこと、好きでしょ」と断定されたせいなのか、おそらくその両方だろう。あまりにも簡単に心が動くと、自分のことながら嘘くさいと思ってしまう。


「……寝る前にはいつも、君のことを思いだす」と俺は言った。「君の顔、君の声、君の温もり。思うたびに記憶の中の君は美しくなっていく」


「お、告白かい? しかしまぁ、思ったより早かったね」


「朔耶。君は美しい。君は愛らしい。君は最高だ」


「恭司」と朔耶はちいさくつぶやいた。


「……でもなんか抜けないんだよな」


「は?」


「いやなんでだろ。どうにもこうにも、って感じなんだよな」


「おーいなんで僕はちょっと悔しいんだ」


「なにも朔耶が悪いってわけじゃないんだ。むしろ俺の性欲が不甲斐ないせいだ。ごめんな、抜いてやれなくて」


「ドセクハラだぞ。時代を考えて発言しないか」


「ほら、ファッションとか音楽とかってトレンドが周るっていうだろ。ネオセクハラで時代を先取りしてるのさ」


「ネオ暴力でポスト人生してみるかい」


 朔耶は半身になると左腕はガードを下げて遊ばせたまま、右手をぐっと握りこんで顔に近づけた。


「地下格闘技場のチャンピオンみたいな構えしてんな」


「へぇ? 僕みたいなスタイルの格闘家がいるなんて知らなかったよ」


「期せずして同じ構えに到達した……? いや、強者にとってそれは必然……ということか」


「いくぜ、恭司。君には最高級の苦痛をプレゼントしよう」


「面白ぇッ!」


 重く苦しい静寂があたりを満たす。俺は両腕を上方に広げて戦闘態勢をとり、朔耶と見つめ合った。


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「恭司」


「ああ」


「適当にふざけてたら収拾つかなくなっちゃった。どうしよう」


「奇遇だな、俺もまったく同じ気持ちだよ」


「あーあ、急に部室が爆発したりしないかな」


「そんなギャグ漫画みたいな――」

 

 ファイティングポーズのまま素っ頓狂なことを言った朔耶の顔が瞬く間に青ざめていく。次の瞬間、脳内に聞き覚えのある柔らかい声が響いた。


「どーん♡」





 かくして俺たちは爆散した。どうやら朔耶の浅慮な発言を、これから部室に入ろうとしていた千景先輩に聞かれてしまったらしい。身体を再構成したあと、申し訳なさそうに謝る千景先輩が爆死の経緯を説明してくれた。


「口は災いの元、ってやつだね」と朔耶は言った。


 口は災いの元、ってやつではないと思った。

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