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ムイミニマニモ  作者: そあ
4/12

4.起源にして、頂点

「彼氏とか作ったら楽しいんじゃないですか? 先輩、モテそうだし」


 俺、朔耶、美音先輩の3人となった教室で戯れにそんなことを言ってみた。地の果てまでイかれてはいるものの、美音先輩にだってまだ合法的に人生を楽しめる可能性はあるはずだ。そうでなければ、あまりにもこの社会には救いがないじゃないか。


「彼氏……ね。いまってどれくらいするのかしら。20万円あれば足りる?」


 救えない人だって、いるのだ。それを社会の敗北だと諦めるのか、向上の余地と捉えて進み続けるのかはキミシダイだ。俺はお先に歩みを止めさせてもらう。


「実際どうなんですか。先輩だって、まったく恋愛に興味ないわけじゃないでしょ。好みのタイプとか、ないんですか」


「桜井章一、のみ」


「伝説の雀鬼、だけ!?」


「わかる、カッコいいよね」と朔耶。


「JKに雀鬼ブームが……?」


「まぁ本人とはいかないまでも、似たタイプがいれば恋愛対象になるかもしれないわ。葛西、あなた電車に乗っていて、次の駅で乗車してくる人間の風貌がわかったりする?」


「それ雀鬼にしかない特技だから。さすがに笑っちゃうやつ」


「じゃあ20年間無敗だったことは?」


「だったら雀鬼じゃん。んで俺は15じゃん」


「敬語を使えと言っているでしょう!」


「あーめんどくさい、っすねぇ美音先輩」


「朔耶はどうなの。好みのタイプとか、教えてごらんなさい。ふざけた答えはだめよ」


「わたしも気になるな、朔耶ちゃんがどういう男性を好きなのか」


 どこからか優しく包み込まれるような、柔らかく甘い声が聞こえた。


「部長、お疲れ様です」


「千景先輩、お疲れ様です」


「ほら、恭司もちゃんと挨拶しなよ」


 この部室の中央には長机がひとつ置かれている。窓側に俺と朔耶が並び、向かいに美音先輩が座っていたはずだ。美音先輩の隣にいる見知らぬ少女は、いったいいつからそこにいたのだろう。


「恭司。どうしたのボケっとして」


「いや、だって……え? いつからこの人――」


「葛西、この人じゃなくて千景先輩と呼びなさい」


「はじめまして~。わたしは九段下千景くだんしたちかげ。ごめんね、歩くのが面倒だからテレポートしてきちゃったんだけど、びっくりしたよねぇ」


 千景先輩(と呼んでいいのだろうか)は垂れ目がちな瞳を潤ませながら、両手を胸の前で組んでそう言った。美音先輩ほどではないが長髪で、漆のように艶のある黒は美しさと儚さを感じさせる。薄い唇やちいさな鼻もあいまって、失礼な言い方だが薄幸の美少女なんて言葉がフィットするように思う。


 そして胸が大きい。制服のブラウスの持つ伸縮性をあますことなく使い切る巨乳。この学園に入学したことを神に感謝したくなるくらい、とてもとても素晴らしいおっぱいをお持ちだ。


 しかし、千景先輩と相対しているうちに、黒々とした言い知れぬ恐怖が込み上げてくるのを感じた。臓物が震え、血管が収縮していくような感覚。……テレポートって言ってなかった?


「僕もはじめてテレポートを見たときは、流石に怖かったな」


「そうだよねぇ。ごめんね~」


 間延びした柔らかい声が脳内に響く。……いま、この人は口を開いていただろうか。


「千景先輩。テレパシーになってるわ」


 テレパシー?


「わわっ。わたしってほんとに……。ごめんね~恭司くん。 いっかい脳みそのなかに入って、怖いってきもちをなくしてもいい?」


「部長、初対面を催眠術にかけないでください」


「催眠術じゃないよぉ。わたしお馬鹿さんだから、ちゃんと説明できないけど……」


 俺はたまらなくなって、魂の赴くままに叫んだ。


「いったん止まってくれ! 早い、なにもかも早い!」


 いまのところ謎ワードはみっつ、「テレポート」と「テレパシー」と「催眠」だ。もちろん馴染みのある単語ではないけれど、想像がつかないほどのものでもない。どちらも見かけたことはある。アニメや漫画、胡散臭いテレビ番組のなかで。


「恭司のきもち、わかるよ。でもこればっかりは、そのまま受け入れるほかにないんだ」


「葛西、正直にいえばあなたに同情してる。私も最初はそうだったわ。ゆっくり慣れていきましょう」


「ごめんね~」


 ……情報を整理しよう。頭がスパークしそうになったときは、立ち止まってゆっくり考えることが大切だ。どれだけ難解な問題であったとしても、それを構成するのは既知の要素であることが多い。焦らず、じっくりと読み解いていくことが大切だ。


「……もしかして、なんだけど」


「なぁに?」と千景先輩は小首を傾げて言った。


「その……、社会貢献部の部員はみんな何かしらの特殊能力を持っていて、悪の組織に立ち向かうために集められたサイキッカー集団、なんてことは……」


 重く、苦しい静寂が部室を支配した。それはこれから先に待ち受ける凄惨な悲劇を暗示しているように思えた。


 そして、部室は爆笑の渦に巻き込まれた。


「あっはは! あははははははははは!」


「サイ、サイキッ、カーって、っはぁっ! だめ、くるしっ。お腹痛い」


「ふふっ、ふふふっ、恭司くん、面白い、んだから」


 三者三様、彼女たちは壊れるくらいに笑い出した。朔耶は長机を手のひらで思い切り打ち付けながら笑い転げ、美音先輩は腹を抱えて椅子のうえで身体を震わせ、千景先輩は口に手をあててころころと笑い続けている。部室内に姦しメーターが導入されていたら観測史上最高値を叩きだしていたことだろう。


 誰かが一度落ち着いたかと思うと、数秒後にまた発作的に笑い出し、それに釣られて他の2人も爆笑する。その繰り返しが何度も続いた。


「あーっ……っはは。恭司、笑い死にさせるつもり? 僕に超能力なんて、あるわけないだろう」


「葛西、最高。あなたは最高よ。私がサイキッカーだなんて、頭の中を見てみたいわ」


「これから楽しくなりそうだね~。恭司くんが面白い人でよかったぁ」


 俺が羞恥による死線を3度潜り抜けたあたりで、彼女たちもようやく落ち着いた。たしかに、俺が恥ずかしい発言をしたことはわかる。……が、疑問は残ったままだ。


「あのさ、たしかにバカみたいなことを言ったと思う。あり得ないよな、そんな話。でも千景先輩の能力って、そのなんだ……あれか! 新人歓迎のドッキリみたいなことか!」


 言葉にすることで自分の思考が整理されていくことがある。行き詰ったと感じた時、家族や友人に相談することで、いままでの苦悩が嘘みたいに氷解していく感覚。いまの自分がまさにそうだった。


「そうだよな、おかしな奴らが集まる場所って聞いてたから、ちょっと感覚がおかしくなってた。流石にあるわけないよな、そんな人智を超えた能力なんて。いやそうだそうだ、なんだもう、千景先輩も役者だなぁ。さ、種明かしをお願いしますよ」


「……恭司くん、目をつむってくれる?」


「いいですよ。さてさて、いったいどんな仕掛けが――」


 言われるがままに瞼を下ろした瞬間、音が消えた。


「……もう、目をあけていいよ」


 視界に飛び込んできたのは、これまでに見たなによりも鮮やかな青。目の前にあるものを理解するより先に、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。


「千景先輩、これって、もしかして」


 右耳に暖かい吐息を感じる。千景先輩は耳元でそっと、赤子を寝かしつけるような慈愛に満ち満ちた声でささやいた。


「これが地球」


「あ、あ、あ、あ」


「これで、信じてくれたかな?」


「あ、あ、あ、あ」


「そろそろ戻ろっか。もういっかい目をつむって?」


「あ、あ、あ、あ」


「……できない? じゃあ、わたしが閉じてあげるね」


 世界が暗転した。


 目を開けると、美音先輩がにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。馴染みのない部室の風景が故郷のように思える。


「おかえり、恭司。……びっくり、したね」


 声の方に視線を向けると、朔耶が両腕を広げて立っていた。そして俺は恥も外聞もなく彼女の胸の中へ飛び込み、赤子のようにむせび泣いた。


「うえええええええええっ、朔耶ぁあああああああ」


「よしよし。怖かったね」


「なんでぇ、なんで俺、地球を外から眺めてたのおおおおお」


「よしよし。千景先輩のテレポートで宇宙に飛んだんだね」


「ね、ねぇ、朔耶もほんとはなにかあるんじゃないの、能力と、かぁっ」


「ん? ないよ。なーんにもない」


「じゃあなんで、なんでぇ。なんでそんなに平然としてっ、ううっ」


「僕だって最初は驚いたさ。でもね、恭司。部長は超能者なんていう、人間の想像力で到達可能な地点の存在ではないんだ。ひと月もしないうちに気づくさ『ああ、これは理解しようとすると壊れちゃうやつだ』ってね。だから大丈夫、大丈夫だよ」


「こわい、こわいよぉ。やだやだやだやだ」


「ごめんね~。せっかくなら綺麗な景色を見せてあげたくてぇ」


 背後から千景先輩のいまにも泣き出しそうな声が聞こえた。


「動機もこわいぃいいいい」


「でもでも、むかしの地球ってわたしと一緒でしか見れないんだよ? できたての海って、すっごく綺麗で……」


「現在の地球ですらなかったんだぁああああ、時間軸とかも関係ないんだぁああああ」


 俺は泣いた。枯れるまで泣いて、泣いて、泣いて、気がつけば自室のベッドの上に寝転がっていた。ゆっくりと身体を起こしてあたりを見渡す。PCを置いた学習机とベッドの上は綺麗だが、それ以外の場所はゲーム機や漫画で足の踏み場もない、いつも通りの自室に深く安堵を覚える。


 もしかしたら、ぜんぶ夢だったのかもしれない。たしかに望月学園に入学した時点から思い返すと、現実にしては異常な出来事が多すぎた。そうだ、すべては夢だったのだ。これから俺は、部活に入らず適当に勉強をして、床に散乱した娯楽たちと3年間を楽しく過ごすのだ。


 憑き物が落ちたみたいに肩がふっと軽くなる。それにしても長く奇妙な夢だった。大きく伸びをしてから毛布を被って目をつむると、頭のなかに聞き覚えのある声が鳴り響いた。


『恭司くん、きょうはいろいろとごめんなさい。とってもびっくりさせちゃったよね。』


 ああ、夢じゃなかったのかぁ。


『夢じゃなかったの』


 そっかぁ。


『えとえと、えっとね? わたしのこと、怖いかもだけど、明日からも部室に来てくれる?』


 はい。だから今日は眠らせてください。


『ほんとに? ほんとのほんと?』


 はい。だから今日はもう勘弁してください。


『ありがとうっ。じゃあ、おやすみなさい』


 意識が黒く染まる。眠るのでなく眠らされt…………zzz。

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