5.「だいすきです」
黒猫のルナと過ごすことで、ジャックさまのいない一ヶ月はあっという間に過ぎた。
そしてようやっと、ジャックさまが帰ってきたと知らされた。いつ皇城にいけるかしらと、ウキウキしていた夜。バルコニーからコツンと音がする。
――もしかして……!
「ジャックさま!」
「ヴィー。逢いたかったよ。また綺麗になってる」
バルコニーの扉を開けると、直ぐにジャックさまは、ぎゅうっと苦しいくらいに、抱きしめてくださった。
暖かくて良い香りに包まれて、とっても安心する。その厚い胸板におでこをグリグリと擦り付けると、「そんなに僕を誘惑してどうするの?」と聞かれて、赤面する。
ちょっと、変態っぽかったかしら。恥ずかしくて死んでしまいそうだわ……。
「無事、帰ってきてくださって嬉しいです。お帰りなさいませ」
「あぁ、ただいま。ヴィー、婚約の用意が整ったよ」
「っうれしいです……!」
結ばれるはずのなかった、ジャックさまと、本当に婚約出来るだなんて。なんだかやっと現実味が湧いてきて、歓喜に溢れる。
色々と状況が変わって、お互いの元お相手が、悲惨な目にあっているから、心の底から喜んでいいのかわからない。隣国の王女様のご不幸に、胸が苦しくなるけれど。
でも、今この幸せは、噛み締めてもいいわよね……? 感情がたかぶって、視界がぼやけた。瞬きをすると、涙の雫がこぼれる。それをジャックさまが拭ってくださる。お優しいジャックさまが、とても愛おしい。
「ジャックさま、ありがとうございます」
「うん。こちらこそ」
公女として感情の管理は得意だったはずなのに。ジャックさまの前では、感情がぐちゃぐちゃになる。涙が全然止まってくれなくて、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
こんなわたくしなのに、バルコニーで身体を寄せあってくださる。髪をとかしながら、頭にキスを落としてくださって、ジャックさまからの好意がわたくしの心に染み込んでくる。
***
「落ち着いた?」
「はい。恥ずかしいところを見せてしまって、申し訳ありませんでした」
「ヴィーに恥ずかしいところなんて一つもないよ。それに僕の前だったら、どんなに怒っても泣いてくれても構わない」
「――ジャックさま、せっかく止まった涙が、また出ちゃうような事を言わないでくださいまし」
「ははっ。ごめんね」
つい、すんっと鼻を鳴らしてしまった。それを聞かれてしまったようで、ジャックさまはまた無邪気に笑っていた。ずっと見ていたい位、可愛らしいお顔だわ。
「色々なことが起きてしまったから、婚約発表パーティーは行わない事になりそうなんだけど、新しいティアラは作ろうね」
「? わたくしのティアラなら、以前……」
「駄目だよ。僕の妃になるヴィーとして、新しく作らなきゃ。あのティアラを被るなんて、僕は耐えられない」
「っあ……」
無神経な事を言ってしまったわ。自分がジャックさまと同じ立場だったら、きっと嫉妬で気が狂ってしまうに違いない。でも少し、ジャックさまがヤキモチを焼いてくれたことが、不謹慎にも嬉しかった。
「結婚式は、冬に行おう。ウエディングドレスは、どんなのがいい?」
「特に大きなこだわりはありませんが、ジャックさまの色を使ったドレスを皆さまの前で披露したいですわ」
ジャックさまは、発光しそうなほど美しい金髪に、紫水晶のような瞳をお持ちだ。大胆にも紫色のカラードレスもいいかもしれない。妄想してみるととてもいい感じだわ。
だけれど流石に愛が重すぎるかも、だなんて一瞬不安になるが、その心配は杞憂に終わった。
ジャックさまは、手を顔にあてて、赤面なさっていた。わたくしの言葉でお顔を赤らめるだなんて。胸がポカポカ暖かくなる。
続けてわたくしはずっと思っていた欲しいものを伝える。
「それに、もっとわがままを言うと、結婚を記念してお揃いのアクセサリーが欲しいです」
「待ってくれ、ヴィーが可愛い過ぎて、ちょっと呼吸が出来ない」
「ふふっ。ジャックさま、大好きです」
「そんなに煽らないで欲しいな。我慢するのも大変なんだから」
再び抱きしめられて、わたくしの肩に、ジャックさまの顎が乗っかる。
この幸せな時間が、ずっと続けばいいと、星に願った。
***
「そういえば、わたくし、猫を飼い始めたんですのよ。あの、皇城へも猫を連れて行ってもいいでしょうか」
「ああ、勿論。どんな子だい? 僕も見たいな」
「ルナという名前ですの。部屋にいるはずなので、どうぞ入ってください」
皇城へ連れて行っても良いと、即答して貰えてよかった。
ずっとバルコニーにいたので、部屋に入ると、いつもベッドで丸まっているルナが見当たらない。
「ルナ? どこにいるの?」
「お出かけ中なのかもしれないね」
「夜はこの部屋からいつも出ないのだけど……。また戻ってくるかしら」
「ははっ、猫らしいね。でもまぁヴィーを独り占め出来るからいいけど」
ふとジャックさまと視線が重なると、逃げ出したくなるほどの熱っぽい視線に、蕩けてしまいそう。
わたくしの肩に、ジャックさまの手が添えられて、反射的に目を瞑る。
唇が離れると、なんだか名残惜しくて、シャツをぎゅっと掴んで、ジャックさまを見つめる。
「だいすきです」
思わず本音がポロリと出てしまう。何度もキスをしていただいているのに、心臓が壊れそうなくらいドキドキして。よく心臓が形を保っているなと、妙に感心する。
そしてその後も、たくさんのキスの雨が降り注いだ。