4.ルナ
イーサン第二皇子との騒動があって、ジャックさまの婚約者様もお亡くなりになられたことから、社交界は大騒ぎだったらしい。
両親から引き続き、屋敷でゆっくりしていなさいと言われたので、勉強に護身術、ピアノに、美容。のんびりとしつつも、自分磨きをして、過ごしていた。
今日は、午前中にピアノの練習をした後、屋敷の庭園にあるガゼボで、お茶をすることにした。侍女のリラに紅茶を用意してもらい、茶菓子のスコーンにクロテッドクリームを付けて味わっていると、近くで動物の弱々しい鳴き声がしてきた。
どこから聞こえているんだろう? 立ち上がって、茂みを覗き込んでみる。すると、薄汚れて消耗している様子の黒猫ちゃんがそこにいた。
「ヴィクトリアお嬢様、引っ掻かれたりしたら大変です。私が対応します」
「いいえ。こんなに可愛らしいのに、攻撃してくるわけないわ。大丈夫、大丈夫よ」
か細い声で「んにゃー」と鳴いている黒猫ちゃんを抱きかかえると、予想通りどこか弱った様子だった。怪我はないようだけど、どうしたのかしら。
「リラ。悪いけれど、蒸しタオルと飲み水を持ってきてもらえる?」
「かしこまりました。直ぐにお持ちいたします」
小走りでリラが去っていく。黒猫ちゃんと目が合うと、どこか人間らしい驚いた顔をしていた。
「黒猫ちゃん、もう少しの辛抱だからね」
「にゃーん」
「ふふっ。頑張るのよ」
リラがびっくりするほど早く、持ってきてくれたので、まずはお水が入ったお皿を黒猫ちゃんの口元に運んだ。すると勢いよく顔を突っ込んで飲み始めた。
「あらあら、喉が渇いていたのね」
水を飲んでいる隙に蒸しタオルで背中を拭いてやると、いつの間にか水を飲み干した黒猫ちゃんは、ゴロゴロと喉を鳴らした。か、かわいい……!
これから忙しくなる身だし、飼うことは出来ないけど、すごく癒される。
「かわいいね。いい子だわ」
「にゃーう」
「ふふっ。少し休んだら、きちんと野生に帰るのよ」
黒猫ちゃんは、ガゼボの椅子の上に、ぴょんっと飛び乗って、毛繕いを始めた。くつろいでいてくれて良かった。
ずっと黒猫ちゃんを見ていたいけれど、紅茶もスコーンもなくなったから、そろそろ部屋に戻ろうかしら。そう思って立ち上がると、黒猫ちゃんの耳がピンと立って、こちらを向いた。
「黒猫ちゃん。またね」
きちんと挨拶して、屋敷に歩みを進めると、黒猫ちゃんは椅子から降りて、「うにゃーん」と言って追いかけてくる。お水をあげる位は、餌付けにならないかと思ったのだけど。しまいには、足にしがみついてきてしまった。
「にゃーん」
「そんな悲しそうなお顔をしないで。あなたは、きちんと野生に帰るのよ」
「にゃーう」
「…………っ!」
思わず黒猫ちゃんを抱きかかえる。元々ぐったりしていた黒猫ちゃんだし、野生での生活が下手な子かもしれないわ。そんなに言うのだったら、もう覚悟を決めて屋敷に連れていきましょう。
「リラ。お父様とお母様に、猫を飼う許可を貰ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
皇族の方でもペットを飼っている人がいるのだから、きっと嫁ぐ時も黒猫同伴で構わないだろう。いや、駄目って言われても、絶対押し切る。今この瞬間に、この黒猫ちゃんの一生をお世話するって決めたもの。忙しくても、この子と遊ぶ時間は絶対にもぎ取るんだから……!
――無事両親の許可が取れたようで、無事黒猫ちゃんは家族になりました。
***
使用人と一緒に黒猫ちゃんをお風呂に入れて、爪を切って、獣医を呼んで病気などしてないか健康診断をしてもらった。軽い栄養失調のようだけど、子猫でもないし、ご飯をきちんとあげれば元気になるみたい。ちなみに女の子だった。
「黒猫ちゃんのお名前は何がいいかなー?」
「にゃーん」
「黒猫ちゃんは、黄金の瞳が可愛いから、ルナとかどうー?」
「にゃーうー!」
キラキラとした表情で、わたくしの膝に乗ってきた。喜んでくれたのかしら。
「今日から貴女はルナよ。よろしくね」
そう言うと、「にゃー」と元気に返事をして、顔を舐めてくれた。ちょっと舌がザラザラして痛いけど、可愛いからいくらでも我慢できる。
ルナと家族になったその日から、一緒のベッドで寝る事になり。暖かくて幸せで、ジャックさまと会えない時間を癒してくれた。