表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

3.王冠にブルーローズ

 

 朝日が眩しくて、目を開ける。よく慣れたベッドで目覚めた私は、いつもと違う感覚がする。何だったっけ? と、右手の薬指を見ると、そこには指輪がはまっていた。


「ゆ、っ夢じゃなかった!! きゃああ!! どうしましょう」


 昨日の婚約発表パーティーは、見事なまでに失敗となった。けれど、その後、ジャック皇太子殿下と……。


 奇声を出しながら、両手で顔を塞ぎ、ベッドの上をはしたなくゴロンゴロンと転がってしまう。


 この指輪は、ジャック皇太子殿下が、「ヴィーが愛おしくて用意したけど、あげられる訳もなく、手元にずっとあったものなんだ。貰ってくれる?」と照れながら言われたので、大きくうなづくと、指に通してくださった。


 陽の光に当てると、よりキラキラと輝いて綺麗。ゴールドの台座に、紫水晶が誇らしげに乗ったリング。その紫水晶は、ジャック皇太子殿下の瞳の色とそっくりだ。


「すてき……」


 うっとりと、指輪を眺め、昨日の事を思い出した。あぁ、わたくしは、皇太子殿下ではなく、ジャックさまとお呼びしなければならないのでした。


「ジャックさま……。きゃあああ!!!」


 お名前を呼ぶと、胸が苦しくなって、体温が上がって、恥ずかしくなってしまう。あんなゼロ距離で、唇を合わせただなんて。愛していると言ってくださるだなんて……! 奇跡的な状況な上に、ジャックさまが尊すぎて無理……。


 それにしても、つい自分の事で浮かれてしまったけれど。イーサン第二皇子と、リリアン男爵令嬢は、牢に入れられてしまったのよね。それに、隣国の王女様がお亡くなりになられただなんて。お会いしたことはないけれど、ご病気だったのかしら。葬儀も大々的に執り行われて、ジャックさまも出席なされるだろうな。


(隣国の王女様とジャックさまは、どのようなご関係だったのかしら)


 きっとジャックさまのことだから、ご婚約者としてきちんと接していらしたのだろうけど。――そう考えると僅かにモヤモヤする。でも、本来結ばれる筈のなかった、わたくしにご縁が舞い込んできたのだから。そんな風に思う権利などないわ。


 これから、わたくしは、どんな風になってしまうのかななんて、ぼんやりしていると、侍女が扉をノックして入ってきた。


「ヴィクトリアお嬢様。おはようございます」

「おはよう、リラ」

「奥様から伝言です。しばらく屋敷でゆっくりするようにと」

「伝言をありがとう。そうね。ずっとずっと妃教育で忙しかったから、これを機にのんびりとさせてもらうわ。朝食後、久しぶりに刺繍をやろうかな」

「ではそのように準備いたします」



 ***



 一人がけのソファにゆったりと座り、刺繍の図案を考える。ジャックさまへ、指輪のお礼に何か贈りたいのだ。

 あ、そうだ。ジャックさまの王冠に、わたくしのシンボルマークであるブルーローズを添えてみようかしら。


 ちなみにシンボルマークとは、公爵家や王族が名前の代わりに、身の回りの品につける印章だ。産まれた時に一人一人に定められる。

 ジャックさまのシンボルマークは、フリージア。紫色の花で、中央が黄色い。甘く爽やかな香りが、ジャックさまにピッタリだ。


 上質なハンカチを取り出し、図案の下書きをして、刺繍枠をはめて、ネジをきっちりしめてから、布をピンとはる。刺繍糸を針に通して、チクチクと刺繍を始めた。

 ゆっくりと紅茶を飲みながら、刺繍をするだなんて、すごく久しぶりだわ。


 そもそも社交自体、性格的に向いていないのよね。本来こうやって静かに過ごすのが好きなのだ。

 まぁ、皇太子妃になるのだから、そうは言ってられないけれど。でも好きな人のためなら、いくらでも頑張れる気がする。


 今まで遠くから眺めるだけで満足で、好きだとか自覚していなかったけど。昨日の出来事で、好きになっても良い状況になってから、ジャックさまをお慕いしていると気がついて。


 ――両想いだなんて本当に幸せ。


 すぐには婚約出来ないでしょうけど、こうやって、ジャックさまを考えながら、心を込めて刺繍出来ることが何より嬉しい。だって、愛のない結婚しか道は無いと思ってたのだもの。


 途中、お昼休憩も取りながら、没頭して刺繍をする。すると、あっという間に日が暮れて、夜になって。晩御飯を両親と食べた後も、刺繍を続けた。


 ひと針、ひと針に、夢中で好きの気持ちを込めて丁寧に縫って、ようやく完成したのは、夜中だった。


(少し集中しすぎてしまったかしら……?)


 寝る支度をして、早くベッドに入ろうと立ち上がったところに、コツンと物音が聞こえる。

 何だろうかと、音のする方へ向かう。どうやらバルコニーから鳴っているようだけど……。


「……っジャックさ、ま――!?」


 わたくしの部屋のバルコニーに、ジャックさまが、そこにいた。マントをかぶっていても神々しい。目を疑うも、にこやかに手をふるジャックさまは、どうやら幻覚でなく本物のようで……。


 慌ててバルコニーをあけて、部屋に上がってもらう。いつからいらっしゃったのだろう。春だけど、夜は少し冷え込むというのに。


「やぁ。急にきてしまってごめんね」


 びっくりしつつも、少し困った顔をされたジャックさまの顔が、とても綺麗で言葉を失う。その表情は、初めて見るもので、これから様々なお顔が見れると思うと、鼻血が出そうになってしまうわ。


「ヴィー……?」

「うひゃっ!」


 返事が遅れたわたくしの顔を覗き込む。ジャックさま、待ってください!

 わたくし、本当に鼻血出ちゃいます……っ!


「ジャックさま、ごきげんよう……? あの、いつからここへ……?」

「少し前からかな。刺繍をしているヴィーが愛らしすぎて、目を奪われてしまってね」

「!?」

「ははっ。本当にコロコロ表情が変わってかわいいな」


 そ、そんなに表情が変わってしまっているのかしら!? 無表情女とよく呼ばれていたのだけれど。


「そ、それよりも。今夜はいかがなされましたの?」

「ヴィーに逢いたかったのと、今後の事を話したくてね」


 そういうとジャックさまは、真面目な凛々しい表情になって、言葉を紡ぐ。


「明日の早朝、隣国へ王女の葬儀に行かなくてはならないんだ。ヴィーのこと公式に婚約者として認められるのは、喪が明けてからになる。早く一緒になりたいけど、外交問題になってしまうから。暫く逢えないけど、いつもヴィーの事を想っているよ」

「はい。承知しました。わたくしも、いつもジャックさまのことを想っております」

「ありがとう。愛しているよ、ヴィー」


 ぎゅうと寂しさをうめるように、抱きしめられる。心臓がドキドキしているのが伝わってしまったらどうしよう。でも暖かくて、安心する匂いに包まれて、幸せ。


 ――あれ? もしかして……。


「ジャックさまも、鼓動がはやくなっていらっしゃる……?」

「――恥ずかしいな。でも好きな女の子がこんなにも近くにいるのだから、当たり前の反応だよ」


 ジャックさまは、照れ笑いをして、わたくしのおでこにキスを落としてくださった。その麗しさったら、心臓が壊れそうなほどだ。


「一ヶ月位で迎えに来るよ。僕があげた指輪、このままはずさないでいてね」

「勿論です。あっ! ジャックさま、これ……。ラッピング出来ていないのですが、指輪のお礼に刺繍したんですの。もしよかったら、ハンカチを受け取ってくださいますか?」

「!」


 わたくしの右手の薬指についているリングを、もてあそぶように触れていたジャックさまに、ハンカチを見せると、ほんのり頬をあからめて、破顔してくださった。尊い……。


「僕の王冠に、ヴィーのシンボルマークだね。ブルーローズが、ヴィーの瞳のようで美しいね。嬉しい、ありがとう。一生大切にする」

「こちらこそ、受け取ってくださって、ありがとうございます」


 こんなに近くでジャックさまとお話出来るなんて夢のよう。でも幸せな時間はあっという間に過ぎていくものだ。


「ヴィー。僕がいない間、他の男と話したら駄目だからね」

「はい。気をつけますわ」

「名残惜しいな。だけど、そろそろ帰らなくちゃ」


 ジャックさまは、しゅんとして、わたくしの髪を一房手に取り、口付けてくださる。そのジャックさまの手を、両手で上から重ねて、目をまっすぐに見つめる。


「どうかお気をつけて。お帰りをお待ちしております」

「ありがとう。ヴィー、愛しているよ」

「ジャックさま、わたくしも。愛しています」


 ここは2階だというのに。ジャックさまは手を振ると、バルコニーから飛び降りて、暗闇に消えてしまった。やっぱり幻だったのかと思うほどの非現実的な出来事に、とってもハラハラした。


 次、お会い出来るのは、一ヶ月後。きっとジャックさまをお見かけ出来ないだなんて、果てしなく長く感じてしまうでしょうね。

 ジャックさまとお会いするまでに、少しでも素敵な人間になっていたい。わたくしは、自分磨きをすることを決意した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ