1.ヴィクトリアの日常
始まりは、12才の時だった。わたくしヴィクトリアは、王家に連なる公爵令嬢として、常に完璧であるようマナーや勉学を懸命に取り組んできた。
それがお茶会などで成果が出てきた頃、第二皇子のイーサン殿下との縁談が持ち上がった。
ここ数代の王族は、他国の王族と婚姻することが多かったため、王家と公爵家の血の繋がりを強固にするためである。顔合わせの日には、ほぼ決定に近いほど、話がまとまっていたのだけれど……。
「俺はこのような無表情で人形のような女を妃にしたくなどない」
仁王立ちした第二皇子が、私に向かって指を差し、このような発言をしたのだった。
当然、私と両親は、唖然として目を見開いた。両陛下は慌てた様子で謝罪をしてくださったが、このように己の立場を考えず行動できてしまう浅はかさに失望し、私こそ嫁ぎたくないと心の中で悪態をついた。
***
顔合わせから数日がたつと、第二皇子は、本格的な軍人となるため辺境へと旅立った。大方結婚話から逃げおおせたのであろう。そのため私は、婚約者ではなく、第二皇子妃“候補”という肩書きとなる。
好きでもない方のための、妃教育は苦痛でしかなかったけど、それでも少しの楽しみが出来たのは幸運なことだった。
その楽しみとは――
妃教育が終わる頃。王宮庭園でお茶をする、かの方を、遠くからそっと覗くこと。
(わぁぁ、今日もお顔が完璧!!!!!)
かの方とは、第二皇子の兄であり、皇太子のジャック殿下である。
……一般的に覗きはいけないってわかっているわ! 勿論わかっていますとも!
でもだって、公女として努力してきたし、妃候補として勉強頑張っているのだもの。このくらいは見逃してくれたっていいじゃない。
ただ、私好みの、美しいジャック皇太子殿下のことを眺めているだけだもの!
ほらあの涼やかな目元とか、サラサラな髪の毛とか、笑顔の奥の何考えているか分からない闇が垣間見えるところも……! しかも中性的なお顔立ちなのに、肩幅が! 広くて! 頼りがいがあって素敵すぎます!
(あぁ、線が細いのに骨格はガッチリとしてて、格好良すぎる。まさに絵本に出てくる皇子様のようですわ! それにしても殿下に持たれているティーカップが羨ましい……!)
ジャック皇太子殿下を覗けること、それは、あの第二皇子に嫁ぐ、唯一のメリットだ。
決して恋をしてはいけない方。でも、目の保養くらいさせていただいてもいいと思う。だって、皇太子殿下の弟である第二皇子に酷い扱いを受けたのだから。
壁に背をつけ覗きを堪能する。なんて幸せな事かな。
***
季節は瞬く間に巡っていき、妃教育も3年目に突入する。それに伴い、ジャック皇太子殿下への覗きレベルもアップした!
白銀の髪の毛に、青色の瞳のわたくしには、とても似合わないけど、最近、茶色やベージュのドレスを着るようにしてる。どうして似合わないドレスを着てるかって? それは木の影に隠れても擬態がうまく出来るようになって、今までより近づけるようになるからです!
(はぁぁ、指先までもが美しいわ。殿下の彫刻を私の部屋に飾りたい……)
本日も晴天。ジャック皇太子殿下は日課のお茶を楽しんでいらしている。
まるで絵画のように完成された光景をうっとりと眺める。
――近々第二皇子が帰ってくるらしいと両親から聞いた。
そして、結局、第二皇子との婚約発表パーティーも執り行われることになるようだ。明日からパーティーの準備で忙しくなるだろうし、こうやって落ち着いて覗きをするのも、しばらく難しいかもしれないわ。
正式に第二皇子の婚約者となったら、いつも無理矢理断ってた侍女と護衛をつけて常に一緒に行動しなくちゃいけなくなるしね。
(はぁー、そろそろ戻らなきゃ)
これから婚約発表パーティーについて話すため、皇族の晩餐会に呼ばれているのだ。晩餐会といっても、両親は呼ばれてないし、両陛下とジャック皇太子殿下と私の4人で行われる。
そう。公式的にジャック皇太子殿下のお顔を拝める、絶好の機会! じゃなくて……、王族と会うので、身支度を整えなければいけないのだ。茶色のドレス似合わないし、流石にドレスを変えなくては失礼だ。
いつも用意してもらっている皇城の部屋に戻り、サクッと侍女に着替えとヘアメイクを行ってもらう。その後、両陛下とジャック皇太子殿下との晩餐会が開かれた。
「両陛下、皇太子殿下にご挨拶を申し上げます」
「よく来たね、ヴィクトリア」
鍛えられたカーテシーを披露すると、皇帝陛下らが労ってくれる。座るよう促されてから、ふかふかの椅子に座った。和やかな雰囲気で晩餐会が始まる。
「もう聞いているとは思いますが、あと数日でイーサンが、辺境の地から帰ってきますのよ。きっとヴィクトリア嬢に似合う強き男になっているでしょう。ヴィクトリア嬢のティアラ姿が今から楽しみですわ」
皇后陛下がご機嫌に婚約式の話題を出す。ティアラは、皇族しか被れない、頭飾りだ。王族の象徴と言われている。
すると、ジャック皇太子殿下が幸せそうなお顔で、言葉を紡ぐ。
「何だかイーサンが居ないから、僕達が結婚するみたいだね」
「ねっ」と、アイコンタクトをしてくるジャック皇太子殿下が神々しすぎて、目眩がしてくる。イーサン殿下ではなく、ジャック皇太子殿下が、婚約者だったらよかったのに。
でもそんなに世の中上手くはいかないもの。ジャック皇太子殿下は、隣国の王女様と婚約しているのだ。本当に羨ましいけれど、目と目があったら、失神しそうなほど、美麗だから、仮に婚約者になったとしても、きちんと正しい皇太子妃になれる気がしない。
そんなふざけた事を考えながら、表情には出さず、晩餐会は、滞りなく終わった。
次の日からは、想像通り、婚約式の準備で忙しくなった。そのため、ジャック皇太子の覗きは出来ず、婚約発表パーティーを迎えることとなった。
新連載よろしくお願いします!今日はもう一回更新します!