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執事見習いミッシェル  作者: 貴神
4/6

(4)怒涛の執事研修(前編)

いざ、執事見習いとして始まったミッシェルは?


色々想像して貰えたら嬉しいです☆

太陽の館、ニ日目の朝。


ミッシェルは夏風の貴婦人について、チーフのファテシナと共に初めての外の執事研修中に在った。


本日は、ジン男爵と夏風の貴婦人は面会する事になっており、


ジン男爵の屋敷へ向かう馬車の中で、


ミッシェルは渡されたスケジュール表の写しを改めて見ていた。


スケジュール表は今日一日の詳細と今月の予定を写した紙が二枚在り、


紙面ぎっしりに詰まったスケジュールに、ミッシェルは内心「うわ・・・・」と思った。


ほぼ毎日、会議への出席や接待が入っている。


更に夜会は週に一、二回ある。


今日は片道ニ刻余りの東中部のジン男爵との面会だけなので、マシと云えるだろう。


他の日には一日に二、三も接待が重なっていたり、南部遠方の貴族の館へ招待されていたりと、


一日の殆どが外出で潰れてしまう過密スケジュールだった。


「・・・・ああ、だから」


だから蘭の貴婦人が館で御留守番な訳だ、とミッシェルは思った。


こんなに接待や外出が重なっていれば休む時間なんて殆どないだろうし、


デスクワークなど到底出来るものではないだろう。


太陽の館は外は夏風の貴婦人、内は蘭の貴婦人と、きっと仕事を分担しているのだ。


そうミッシェルは一人、納得した。


それにしても夏風の貴婦人の威圧感は凄かった。


同じ馬車の中に居るだけで、ビリビリと感じるものが在る。


自分が話し掛ける事など、最早、絶対に許さないと云う雰囲気だ。


隣のファテシナも一言も喋ろうとはしない。


馬車に揺られる事、ニ刻半、車内での会話は一切ない儘、ジン男爵の屋敷が見えてきた。


屋敷の門は開門されており、馬車は止まる事なく敷地内に入ると前庭を抜け、


正面扉の前に止まった。


「さ、下りますよ」


ファテシナに促されて、ミッシェルは馬車を下りた。


すると既に、男爵家の執事が出迎えてくれていた。


ミッシェルは目の前の屋敷を見上げると、思わず感心する。


其れほど豪華な屋敷ではなかったが、マナーハウスとしては趣が在り立派だった。


だが見惚れているミッシェルに、


「邪魔だ、退け」


馬車から下りた夏風の貴婦人が低く唸る。


馬車を下りた所で、ぼんやりとしていたミッシェルが慌てて横に退くと、


ファテシナに小さく叱られた。


「何遣ってるの、貴方は!!」


「済みません・・・・」と、ミッシェルは首をすぼめる。


「夏風の貴婦人様、ようこそいらっしゃいました。どうぞ御案内致します」


柔らかな笑みで出迎える執事に案内され、夏風の貴婦人は屋敷へと入る。


ファテシナとミッシェルも後に続くと、ミッシェルは内心きりっと己を正した。


他人の屋敷の中に入った以上、粗相は起こさない様にせねば。


ついつい意気込んで鼻息が荒くなるミッシェルである。


屋敷のサロンへ案内されると、既にジン男爵が椅子に座っており、


夏風の貴婦人を見るなり顔を輝かせて立ち上がった。


「おお、おお、夏風の貴婦人!!」


「こんにちは。ジン男爵」


夏風の貴婦人はにこりと微笑むと、ジン男爵としっかり握手をする。


「さぁ、さぁ、座り給え」


男爵に勧められ、夏風の貴婦人は肩掛けを脱いでメイドに手渡し、椅子に座ると、


其の向かいに男爵も座った。


ミッシェルとファテシナはサロンには入れては貰えたものの、壁際に並んで立つ。


そして男爵と夏風の貴婦人の会話を、ただ眺めているだけであった。


茶と菓子が運ばれテーブルに並べられると、男爵は笑い話を始める。


仕事とは無縁の話が暫く続き、ミッシェルは内心驚いていた。


何で、こんな話ばかりなんですか?? と隣のファテシナに訊ける筈もなく、


ミッシェルは黙って立った儘、少し苛々してきた。


だが、やっと男爵が領地の話や流通の取り引きの話を始めたかと思うと、直ぐに脱線して又、


笑い話に戻る。


其れが又、ミッシェルを苛立たせた。


ミッシェルは今の自分の状況を考えてみた。


メイド宜敷くどころか、ウドの大木宜敷く壁際で立った儘の自分。


同じ姿勢で立っていると足も痺れてき、だからと云って足踏みする事も出来ない。


身体が痒くなろうとも掻く事さえも出来ない。


挿絵(By みてみん)


そんな自分たちの事など目にも入らないのか、ジン男爵は今度は猟の話を始めたではないか。


「いや~、鴨をですな、一気に三羽も射たのですよ。続け様に、こうね」


「ほう、三羽。其れは御凄い」


「いやいや何の、大した事ではありませんがね」


「私も弓の腕には自信が在りますが、同時に三羽と云うのは、そうそう出来ませんね」


「はははは!! 夏風の貴婦人に、そう褒められると嬉しいですな。どうです??


夕食に調理させますので、食べていかれませんかな??」


「是非、戴かせて下さい」


いつの間にか鴨料理の話題に転換している二人の会話に、ミッシェルは内心、


信じられない気持ちだった。


執事見習いとして、きちんと業務を全うしようと真剣に今日を迎えてきたのに、夕食に鴨料理??


自分たちが傍で黙って立っている事を、夏風の貴婦人は忘れているのだろうか??


男爵の馬鹿話を聞き乍ら、もう二刻以上は棒の如く立っていると云うのに。


そう思うと、ミッシェルは、どんどん腹が立ってきた。


僕は一体、何をしているんだ??


こんな棒宜敷く突っ立っている為に、自分は執事になりたかった訳では断じてない!!


僕は、もっと、ちゃんと、夏風の貴婦人様の役に立つ仕事をしたくて、


太陽の館に来たのに・・・・!!


それなのに夏風の貴婦人もジン男爵も、馬鹿みたいに笑い話ばかりして・・・・。


沸々と沸き起こる怒りを顔に出さない様にいるので、ミッシェルは一杯だった。


だが、やっと動けると思った時、


其れは夏風の貴婦人とジン男爵が棒術の手合せをする事になった時だった。


「いやいや今日こそは、夏風の貴婦人から一本取りたいものですなぁ」


にこやかな笑顔を浮かべる男爵と共に夏風の貴婦人は席を立つと、部屋を出る。


其の後をついて行き乍ら、ミッシェルは全身を伸ばして身体をほぐした。


夏風の貴婦人とジン男爵が道場に入ると、メイドが長棒を用意し、


二人は長棒を片手に間合いを取って向かい合う。


ミッシェルとファテシナは又、壁際に立つと、二人の手合せを眺める。


試合は直ぐに始まり、夏風の貴婦人が勢い良く踏み込んだ。


此れにはミッシェルも思わず目を奪われた。


夏風の貴婦人の棒術の腕は闘技会でも一、二を争うと聞いていたが、実際に間近で見ると、


実に速く力強いものであった。


男爵も構える物腰からは其れなりに出来る様には伺えたが、


夏風の貴婦人の鋭い動きは比較にならないほど鮮やかなものだった。


パン!! と高い音が鳴ったかと思うと、男爵の手から長棒が飛んだ。


夏風の貴婦人が一本取ったのだ。


其の光景に、ミッシェルは思わず鼻息を荒くした。


やっぱり夏風の貴婦人様って、本当に強いんだ!!


其れを目の前で見られた事に感動したミッシェルだったが、試合が再開、また再開・・・・


又と幾度となく続いてくると、再び苛々が沸き起こってきた。


此れで何度目だろう??


二人は、いつまで遊び続ける気なのか??


此の屋敷のメイドも自分もファテシナも、傍で黙って立っていると云うのに。


まるで自分たちの事など眼中に無いと云う様子だ。


余りに腹が立ってきて、ミッシェルはちらりと隣のファテシナを見た。


ファテシナは相変わらず、表情一つ変えずに立っている。


此の女性は石像なのだろうか??


そして自分にも石像になれと云うのだろうか??


無理だ、僕は此れ以上・・・・そう、ミッシェルの我慢の緒が切れそうになった時、


やっと手合せが終わった。


そして夏風の貴婦人とジン男爵が夕食に食堂へ向かうと、漸く一息つく事が出来た。


二人の会食の間、ミッシェルとファテシナは小部屋に通されると、飲み物と軽食を貰えたのだ。


椅子に座って静かに紅茶を飲むファテシナに、ミッシェルはやっと口が利けると、


ガチガチと歯を鳴らし乍ら言った。


「外出時って、いつもこうなんですか?? 僕、もう、背骨が痛くなっちゃいましたよ!!」


ガブガブと冷水を飲み乍ら言うミッシェルに、ファテシナが淡々とした口調で言う。


「いつも、こうよ。今日は会食を済まされたら、帰途に就かれるわ」


「そんなの判っています!!」


此れ以上、二人の馬鹿話になど、ミッシェルは付き合いきれなかった。


そんなミッシェルに、ファテシナは眼鏡の中央の金具を指で押し上げると、窘める声で言う。


「ミッシェル。貴方は今日一日、夏風の貴婦人様を見て、何も思わなかったのですか??」


ミッシェルは、きっとして答えた。


「お、思いましたよ!! いつまで馬鹿話や棒術で遊んでいるのだろう、って!!」


「ミッシェル。執事もメイドも仕える者は、まず主人を好きになる事から始まるのです」


「??」


「主人を愛する事で、私たちの奉仕が喜びへと変わるのです」


「ずっと立っている事が、ですか??」


「そうです」


「そんなの・・・・!!」


ミッシェルは思いきってファテシナに言った。


「そんなの欺瞞です!! ただ立っているって、きついですよ。普通、誰でも!!


それでも平気な顔していなきゃならないし・・・・


なのに夏風の貴婦人様は僕たちが居る事なんて忘れたかの様に、仕事以外の話や棒術・・・・


それどころか今、会食までしているじゃないですか!!」


胸の内を一気に吐き出すミッシェルに、だが、ファテシナは依然、落ち着いた口調で正してきた。


「それで良いのです。夏風の貴婦人様は私たちが居ると云う事など、忘れて良いのですよ」


「そんな!!」


それでは自分たちが仕えている意味など無いではないか!!


しかし、ファテシナは静かな口調で続ける。


「ミッシェル。貴方は今日一日、夏風の貴婦人様の何を見ていたのですか??


あんなにずっと真剣な面持ちで、男爵様と向かい合われていた夏風の貴婦人様を」


「・・・・??」


静かに、けれど重い眼差しで見返してくるファテシナに、ミッシェルは返答に困った。


真剣て・・・・そりゃ、誰でも貴族と面会する時は真剣だろう。


でも夏風の貴婦人は実際の本題の話は少ししただけで、


後は男爵と笑い話をしたり棒術の手合わせをしたり、其の上、食事までしている・・・・。


其れを傍で控えて見守る者の気持ちを考えなくても良い等と、そんな事が在って良いのだろうか??


ミッシェルは納得出来なかった。


そう。


ファテシナが何を言っているのか・・・・今のミッシェルには、まだ判らなかった。









暮れの空に一番星が現れる頃、漸く夏風の貴婦人一行は帰途に就いた。


やっと帰れる・・・・そう胸中で溜め息をつくミッシェルの向かい側で、夏風の貴婦人が、


ふう・・・・と小さく溜め息をついた。


其の姿に思わずミッシェルは、


「あ・・・・!!」


と声が出てしまった。


ファテシナと夏風の貴婦人に視線を向けられ、


ミッシェルは慌てて「何でもありません!!」と首を振る。


赤くなり乍ら俯くミッシェルの胸は、何故か早鐘を打っていた。


何故だろう・・・・??


今の夏風の貴婦人の顔・・・・朝からの表情と全く違う・・・・!!


全く違うのだ!!


まるで緊張が解けた様な・・・・今は、そんな感じがひしひしと伝わってくる・・・・。


では・・・・では、さっき迄は、どんな表情をしていただろう??


そう考えて思い出せない自分に、ミッシェルは何故か羞恥心を感じた。


今日一日、夏風の貴婦人の傍についていたのに、


ジン男爵と逢っていた時の夏風の貴婦人の顔が思い出せない。


何故・・・・??


すると。


「ミッシェル」


不意に夏風の貴婦人が声を掛けてきた。


「御前、何故、執事になりたい??」


窓枠に頬杖を着いて訊ねてくる夏風の貴婦人に、ミッシェルは心臓が跳び上がった。


「え、えっと・・・・」


朝は話し掛けてくるどころか、一切話し掛けてくるなと云う雰囲気だったのに。


なのに今、夏風の貴婦人の方から話し掛けてきたのだ。


「僕は・・・・僕は貴族としての誇りを生かす場を求め、執事を志願しました!!」


高鳴る鼓動を必死に抑え乍ら、ミッシェルは、はっきりと答えた。


すると夏風の貴婦人が鼻で笑った。


「貴族としての誇りねぇ・・・・」


夏風の貴婦人は窓の外へ視線を向けると、ぽつりぽつりと言った。


「貴族の誇りなんてのは、私には判らないわねぇ」


「僕は此の胸に、しっかと持っています!!」


「ふーん」


ガタガタと揺れる馬車の中、何処か気怠い夏風の貴婦人の声と、


はきはきと答えるミッシェルの声だけが響いていた。









夜。


やっと今日の研修から解放されたミッシェルは、使用人の棟へ続く回廊へ向かっていた。


すると角を曲がったところで、トレイを抱えたメイドと鉢合わせた。


「あ、済みません」


ミッシェルが直ぐに横に退くと、メイドは目礼だけして通り過ぎようとする。


其のメイドのトレイに、ミッシェルの目が留まった。


トレイには冷茶の硝子の急須とグラスに、サンドイッチが乗っている。


何となく気になって、ミッシェルはメイドに声を掛けてみた。


「あの、其れ、誰に持って行くんですか??」


え?? とした顔でメイドは振り向くと、


「夏風の貴婦人様にですけど」


と当たり前の様に答える。


「え?? 夏風の貴婦人様、まだ起きてるんですか??」


もう深夜だと云うのに。


「夏場は特に忙しいんです。書類も山ほど在りますし。では此れで」


そう言って、さっさと行ってしまうメイドの後ろ姿を暫し見送ると、ミッシェルは考えた。


デスクワークは蘭の貴婦人がしているものだとばかり思っていたが、違うのだろうか??


幾ら廊下で考えたところで答など見付かる筈もなく、ミッシェルはまた歩き出す。


歩き乍ら、ふと壁に目を留めた。


「・・・・此処も微妙に新しい?? 此れ、修理跡かな??」


そっと壁に手を触れてみる。


綺麗に舗装されてはいるが、よく見ると微妙に周りの壁と違うのが判る。


「太陽の館は新しい筈なのに」


此処へ来たばかりの頃も気になったが、何故こんな跡が在るのだろうか??


ミッシェルは首を傾げたまま使用人の棟に入ると、自分の部屋へと向かった。


執事研修、ニ日目。


まだまだ判らない事ばかりであった。

この御話は、まだ続きます。


憧れだった太陽の館でも不満が出てくる、ミッシェルです。


続きを、御楽しみに☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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