僕の好きな『君』が振られた話
「私ね、振られちゃったんだぁ」
久しぶりに一緒に帰ろうと誘われた放課後、君は唐突にそんなことを言い出した。
「あ、振られたっていうか、彼女がいたというか」
そんなことを言って、彼女は僕になんと言って欲しいのだろう。
なんと答えれば良いのか悩んだ末、「ふぅん」と相槌を打つにとどめた。
「ずっと、ずーっと好きだったの。中学の……初めて会ったときから」
知ってたよ、そんなこと。君はわかりやすいから。
「良い感じだと思ったんだけどなぁ。あんたもそう思ったよね?」
うん、思ったよ。お似合いだなって、勝てないだろうなって。
頷く。
「でもさぁ!ほんっと!あの子のどこが良いんだか!」
おっと、雲行きが怪しくなってきた。でも止めることはしない。僕にその権利は無い。
「だって!私の方がぜーったい可愛いし!愛想いいし!」
そうだね、君は可愛いよ。愛想は……どうだろう。少なくとも僕に対しては良くないような気がするかな。
「もう本当に信じられない!見る目ないんじゃない!?あいつ!!」
そうだね、本当にあいつムカつく。
君の好きを奪っていったくせに。僕の方が先に君に出会って君を好きになったのに。
「私、あいつに好かれようって頑張ったんだよ。家庭的な子が好きって言ってたから、苦手なお料理とかお裁縫とか勉強して」
そうだったね。初め、君の料理は酷いもので、あんなに不味い卵焼きは初めて食べたな。今でもあの味を超えられる食べ物には出会えてないよ。
「見た目にもすっごく気を使って。見苦しくないように、可愛く思われるように、雑誌とか動画見てメイクとかファッションとか研究したのに」
若い女の子向けの雑誌の大人買いに付き合わされた時には正気を疑ったね。雑誌って意外と種類が多くて女性向けのものだけでかなりの数があるし、紙ってかさばるし重くて腕がはち切れるかと思ったよ。
「なのに……」
……。
「それなのにあいつは!お料理もお裁縫もできない、おまけに……すっごく芋な女と恋人になって!」
堪えきれなくなったのか、君の大きな瞳から大粒の涙が溢れた。
「ほんと……私の今までの努力はなんだったのよ……!全部!全部全部!無駄じゃない!」
そんなことないよ、なんて言えない。言えるわけがない。なぜなら僕は、他の誰でもない、あいつの為に君が血が滲むような努力をしたきたことを知っているから。
どんなにすごいことでも、あいつに認められなくちゃ君にとっては意味のないことだもんね。
涙はとめどなく溢れてくる。
こんなとき、少女漫画のヒーローならば、泣いている君そっと抱き寄せて慰められただろうか。
抱きしめる事はおろか、慰めの言葉一つ言えない僕は、なんて意気地なしなんだろう。
僕はただ、泣いている君を静かに見つめていた。そうすることしかできなかった。
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