Tips 10 古典とソロバン
現代、難民が出るような紛争地帯に、スマホが支給されているとか聞いたが。
それって、根本的に文化的な齟齬をきたさないか?
そもそもスマホとは、PCの小型版であり。(強引だが事実である)
そしてコンピュータとは『計算機』なのである。(←これの見落とし多い)
計算機であるなら、扱うにはまず教育だろ。
真っ先には読み書きと算数だ。
ならば極端な話、ソロバンから教えねば話にならない。
現代、魚とは、スーパーに並ぶ切り身のことで、切り身が海を泳いでいる……などと信じている子供もいる、とか聞いたが。
この日本でそのザマなら。
秩序も治安も崩壊し教育も受けられないような地域では、
それ以上の認識ミスに判断ミスを犯しかねないではないか。
情報端末として、のスマホの在り方を考えないと。
ネット情報で正式に学べる環境は、急速に発展している。
ならばスマホが支給さえされれば、誰だって自由に勉強できる。
これが理想的に進めば社会に大革命が起こりそうだが、
現実はどうやらそれより、人工知能がすべてを発見し現実を塗り替える革新の方が、早く確実に起こりそうな現代(2023)だな。
文書すら人工知能がすべて作ってくれる現代、個人の作り記すエッセイや小説といったものは、ほとんど無価値になるかもしれない。
対して、過去の著作には、確固たる価値がつきそうだ。
古典が財産となろう。智、である。
しかしこれはゆゆしい世の中だ。どのようなジャンルであれ。
人間の生み出す文化的な創作物を、すべて人工知能が上回るというのだから。
だから繰り返すが。
魔法を探すのだ。
人間だけに使えるバグ、のトリックだ。
この『魔法の呪文の書』はそのためのTipsだ。〆




