真実はいつもいくつも
ぬけぬけとパラノイアが叫ぶ!( `―´)ノ
このバカな私がなにからなにまで知っているはずはないし。すべてを計算し尽くしているはずもなかろう。
それは貴方も同じことでは?
誰だってすべての事実は知らないし、教えられても調べられても、そもそもすべて把握できないし覚えられないし理解できない。
ましてや真実などだれがわかるというのか?
私がこれまで生きて来られたのは、
一方でものごとについて考えられる限り徹底的に考え突き詰めるか、(正直誤解していることが過半として)
もう一方で、自分が考えてもどうせわからない問題は、すっぱりと切り捨て、別のことに関心を向けていたからかもしれない。
私はいろいろな裏側、例外処理を探し出すのが趣味ともいえるが、それほど深くは先を読まない。三手先も怪しい。一手先を見落としたり。
しかし心理戦については少し知っている。これが使い方を私はみさかいないので、余計なトラブル招くが。かけ引きできないから勝負事弱いし。
真実はいつも……
いくつかわかるはずないし。そもそも無いというのが例外としてあるかもしれないし。
常識が間違っていることは、ありえるというより、
なんだってどんな誤解やウソだって、定着してしまえば常識だし。
論理的にも倫理的にも正しかったって、みんなに認められなければ、非常識だ。
価値観は人によって違うから、常識と非常識、認知にズレが生まれるし。
一つの明白な事柄であれ、とらえ方はひとにより違うから、意見に齟齬も生まれるし。
鳥とたまごのジレンマだが。
なにをもって罪とするかは、倫理面からだろうが。
その倫理が正しいか決定するのは論理面からだ。
何ごとも正解は一つではないし、正解にたどり着くアプローチも一つではない。
当たり前のことだが。
まあ、算数程度なら、
1+1=2 の機械計算を正確に答えられないと、世の中渡れないが(一見、私の別エッセイと相反していてすみません)
それに、そもそも結論にたどり着くための選択肢を複数用意して、そしてケースバイケースで結論を出すのが、もともとプログラミングというものだ。
つまり、結論も複数用意しておく。それに計算式で入力に応じ修正した結論を出す。
入力が一つでも、内部処理は複数の計算を並行し、複数の答えを用意する。そして最終的に、妥当な答え一つを出力する。
もしそれがダメなら用意していた別の解を。これらはPCプログラミングの常道だ。
私は九九を半ば忘れているが、プログラマは関数を組めれば良い。計算はパソコン任せだと開き直っているバカだが。それがどうした?
ありがとうございました。(*’▽’)
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