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前編

この話は、ツイッターで描かれたコマさんのイラストから着想を得たものです。

(コマさんより了解済み)

是非、本文下のリンクより、妄想をかき立てるワンシーンをご覧になって下さい。滾ります。









 その土地に昔からいる部族の者達は、辺境に住む私たちにとって良き隣人であり、共に危機を乗り越える仲間であり、喜びを分かち合う友であった。



 生まれ育った愛する故郷から遠く離れたこの王都で、もう戻ることのない懐かしい土地を思い出す。

 あの土地での思い出の多くは、傷つけて引き離された、愛しい一人の男の記憶と共にあった。


 物心ついた頃から、彼は私の側にいた。善き隣人を愛し、尊重し、尊敬し、共にこの土地で生きていくために、辺境の貴族である私たちは、隣人と共に子供時代を過ごす。

 王都では彼らを「蛮族」と言って見下し厭う。何も知りもしないくせに、自分たちより劣る民族だと貶めてはその言葉を口に乗せる。

 そして彼らと交流を持ち彼らを尊重する私たちを、田舎者だの、蛮族の匂いが染みついて臭いだのと、陰口をたたく。

 自分たちがその蛮族と、田舎くさい辺境伯にこの国を守られていると言うことすら忘れて、私たちを見下すのだ。


 辺境は、ある意味、ひとつの国家だ。もし辺境伯をいただいた者達がこの国の常識に則って生活していれば、簡単にこの国は落ちるだろう。

 国の中枢はそれを一応は分かっているため、苦々しく思いながらも辺境の自治を明け渡しているのが現状だ。国は、国を守るために、辺境に融通を利かせる。それをまた貴族達は、国にたかる蛮族だと見下すのだ。


 先々代までは激動の時代でもあり、国は正しく辺境伯の意義を認めていたと聞く。しかし国が安定し、辺境の守りの大切さが実感出来なくなるに従って、国の中枢もまた辺境伯の存在を侮り始めた。


「蛮族の娘など娶らなければならぬとは、たまった物ではない。……まあ、顔はそれなりだが、田舎くささが滲み出ておるわ……!」


 それがまもなく私と婚姻を結ぼうというこの国の第三王子の言葉である。彼は愚かにもそう言って私を笑った。辺境伯の娘を娶る意味を、全く分かっていない愚か者だと、心の中で嘲笑った。

 しかし、彼の周りには、それに追随する者しかいない。そしてこの婚姻を取り持った母ですら辺境伯の存在を侮っていた。


「まあ、殿下。この娘は幼い頃は療養のためあちらで育てておりましたが、今はもう違いますわ。殿下に並び立って恥ずかしくない教養を身につけておりましてよ。さあ、セリーナ、殿下にご挨拶を」

 愚かなのは、母も同じだ。

 辺境伯との望まぬ婚姻を、母は汚点に思っている。「なぜ私があんな田舎者と」とは、お父様を語る時の母の口癖だ。

 母は田舎での暮らしに耐えきれず、お兄様と私を産んだ後、私たちを捨てて一人王都へと戻った。

 お兄様とお父様はこの人が出て行って、さぞかしほっとしたことだろうと、皮肉なことを考える。幼い頃辺境でたまに会う母は、見た目こそお姫様のように綺麗だったが、自分の都合ばかり押しつけて、文句ばかり言って怒鳴ってくる嫌なおばさんという印象しかなかった。

 目先のことしか見えぬ、愚かな女。

 ところが王都に来て驚いた。王都にはそんな自分が良い思いすることばかりにとらわれる母のような人間があふれていた。次々と出会う貴族は、互いに助け合う精神がないどころか、互いに引きずり落とす事ばかり考えているように感じた。

 とてもではないが、住みたいような場所ではない。


 けれど私は、王族のくせに辺境の重要さも分からない愚かな者の元へ嫁がされる。


 もしも私が王都でおとなしく育てられた娘であれば、それを光栄と喜んだのだろうか。もしも母が赤子の私だけでも王都に連れ帰っていれば、全てを受け入れられる、男のなすがままに流されることを疑問に思わない娘に育っていたのだろうか。

 王子に失礼にならない程度の礼儀でもって挨拶をしながら、私は考える。


 私が王都に連れてこられたのは、五年前。十三の時だった。母と母の実家の愚かな思いつきで、私の人生は一変した。

 彼らは駒が、欲しかったのだ。

 しかし兄は辺境伯を継がねばならぬ。では娘は。


 王都で暮らす母達は私を王都に連れ戻そうとした。そしてそれに国が乗りかかった。

 母達は彼らの利益となるところへ私を嫁がせたい。国は辺境伯の手綱を握りたい。

 思惑が一致した。

 そうして十三で、私は辺境から連れ出され、第三王子の許嫁となった。


 お父様は反対して下さっていたと、後でお兄様から聞いた。

 私は辺境での暮らしが大好きだった。馬に乗って、野山を走るのが大好きだった。兄様と彼と野原に転がって、川で泳いで、獲物を捕り、火をおこして恵みをいただき、星空を眺めて感謝する、その営みが大好きだった。

 お父様は王都の貴族には嫁がなくていいといってくれた。互いが望むのであれば、彼との婚姻もできるようにしてやると、からかって笑って下さっていた。

 彼は部族長の息子だ。お兄様と兄弟のように過ごし、共に手を取り合いこの地を守っていく役目を背負った人だった。

 お父様の言う私と彼との婚姻は、表向き友交の印という形にするつもりだったのではないだろうか。無骨なお父様は、国の政治的な思惑を子供に押しつける気はなかったようだった。彼を慕う私の心を知って、お父様は先のことも考えて下さっていた。


 私は辺境で、慈しまれて育った。

 彼もまた、お兄様のおまけでくっついて回る私を邪険にすることなく、いつだって手を引いてくれていた。

「お転婆が過ぎる」と額を押さえるお父様を横目に、お兄様と彼と一緒に、同じ事をしてきた。もちろん、兄より五つも年下、彼と比べれば十も年下の私は、本当にただの足手まといだった。

 でも、根気よく辺境での暮らしや生き方を教えてくれた。いろんなところに連れて行ってくれて、好奇心旺盛な私を助けてくれるのは、いつだって彼だった。


「セリーナは、ラングのお嫁さんになるのよ!」

 幼い頃からそう言い張っていた私を、彼はからかい笑いながら「大人になってもそう思うのなら、もらってやろう」そう言って私を抱き上げるのだ。

 それがただの子供扱いだったのは分かっている。

「大人になるまで待っていてね。それまでは結婚しちゃダメよ?」

 十も下の子供にすがられて、彼もさぞかし良い迷惑だっただろう。でも、そんな勝手なお願いを、彼は「分かった、分かった」と朗らかに笑っていなし、私を肩に乗せた。


 あの日。

 私は屋敷内に漂う慌ただしさを感じていた。でも私には特に何も言われることなく、自分には関係のない大人の事情だと疑いもしなかった。そして珍しく一人でラングの元に行くようにいわれ、お忙しいのかなとのんきなことを考えながら、彼と二人で過ごしていた。

 お父様が王命に逆らおうとしていたなどと、思いもしない。私を大人の思惑から守るため、一時しのぎとはいえ、隠して結論を先延ばしにする予定だったらしい。

 上手くいけば、年単位で先延ばしにし、国の思惑より先に彼との婚姻を取り付けるのが目的だった。


 しかし不運が重なった。

 その日、私はいつもなら言わないわがままを言った、いつもならしない一人歩きをした、見慣れない物を見つけ大はしゃぎをした。

 あの時の記憶は、曖昧だ。何を見つけたのかも、なぜ一人歩きをしたのかも、どんなわがままを言ったのかも、よく覚えていない。後になって何度も自分のやった全てを責めた。後悔に頭の中が塗りつぶされた。でも詳しいことは思い出せない。何もかもが、うっすらともやがかかる。

 私が覚えているのは、彼のことだけだ。

 私の名前を呼びながら、ものすごい形相で駆け寄ってくるラングの顔。見知らぬ装束の者に襲われ、私の名を呼びながら、賊を切り捨ててゆく姿。そして、ラングに切りつけていく男と、血しぶきを上げるラングの左腕。

「いやぁぁぁぁ……!!!」

 遙か遠くに自分の叫び声を聞きながら、私の記憶はそこで途絶えている。


 私はその時、賊に捕まっていたのだと後で聞いた。

 国と辺境伯の結びつきをよく思わない隣国が、私を亡き者にしようとしていた。私を迎えに来た母の実家から逃れて、ラングの元に行っていた私は、偶然隣国の手のものに見つかった。

 そしてラングは、私を助けるために、大けがを負ってしまった。

 ラングによって助け出された私は、あえなく屋敷に戻り、母によって王都へと連れてこられた。気を失った私を、お父様に知られるより先に連れ出すという横暴さでもって、私は母に攫われた。王命を掲げる母に逆らえる者はいなかったのだ。

 彼とは、それっきりだ。


 助けてもらったのに、無事な姿も見えず、謝ることもお礼も言えないまま、私はあの日からずっと王都にいる。辺境に戻ることは許されなかった。

 彼は、私を恨んでいないだろうか。お兄様は「そんなヤツじゃないのは、お前もよく知っているだろう」と苦笑いするが、不義理な私のことなど、嫌いになってもおかしくはない。そう思うと恐ろしくて、不安しかなかった。こみ上げる妄想だけが真実のように思えた。

 あの日の彼の記憶は、未だ鮮明だ。

 血があふれていた。いくつもの傷を体中に負って、私を助けるために、彼は……彼は……。


 王都へ連れてこられた私は、そのまま王子の元に嫁ぐための礼儀作法をたたき込まれた。

 それまで辺境で学んだ貴族のしきたりとは比べものにならないほど、細かく決められた、窮屈で意味の分からない礼儀作法だ。それらを自然にこなせるようになるまで、何度も、何度も。

 許嫁の王子を始め、周りの貴族も、同年代の貴族の子供達も、誰もが私を見下した。作法もまともに知らない、辺境の獣臭い娘と。


「すまない」と助けられないことをわびるお父様とお兄様に、王家の意向であれば仕方がないことですと、にっこりと笑って何でもないふりをした。王都での作法に則って。

 痛々しそうに見つめる二人の視線の意味を、考えないようにした。

 だって、素の自分で言葉を話せば、きっとすがってしまう。それは許されない。知られてはいけない。

 私のここでの扱いを、お父様もお兄様も知らない。二人が来た時は、母も屋敷の者も、相応に私のことを扱うから。

 私が泣きつけば、きっとお父様とお兄様は助けようと動いてくれる。

 でも、その後はどうなるのか。考えれば、自ずとそれが許されないことだと分かった。

 私がこの結婚から逃げたとして、……きっと、辺境は国からの扱いが今よりもっと悪くなるだろう。

 私のために、そんなことさせるわけにはいかない。

 そんなことをすれば、結果、国も危機にさらされると言うことが分かっていない者が多すぎた。それは政治にも反映する。そのために、辺境が国と共倒れになるなんて許せない。

 ならば私は耐えるしかないのだ。私を辺境に取り戻すだけの口実は、どこにもないのだから。





 私は今日、王子の元に嫁ぐ。

 母に悪態をつかれ、貴族達に嘲笑われ、王子から嫌われたまま。

 でも私は辺境を守る礎となる。それだけが私の誇り。

 大好きなあの土地を守ることができる、その力になるのなら無駄ではないと、自分に言い聞かせて。それだけが、私を支えるたったひとつの力。無駄じゃない、だから。

 ああ、でも、できるなら、一度だけ、あなたに会って、謝りたかった。ありがとうと言いたかった。

 合わせる顔なんてないから、懐かしい故郷の記憶を、彼の面影と共に胸の奥にしまう。


 大切な物全てを捨てて、私は、これから……。

 聖堂の前に馬車が止まり、私は降り立つ。そして顔を上げて聖堂を睨むと、針のむしろの中を一歩踏み出した。




 その時、風が吹いた。


 馬のいななく声がして、どふんという胸元への衝撃と共に、私の身体が浮かび上がる。なにと思う間もなく、私を抱え上げる逞しい腕に、私はがむしゃらにしがみついた。


 そのことに、ためらいはなかった。

 懐かしい、匂いがした。

 私は、その匂いを知っていた。


 一瞬見えたその顔は、見知らぬ誰かのようで、けれど、確かにそこに、私は大好きな彼の面影を見つけた。だから、私は。



 私を抱え上げた男は、そのまま駆け抜けて馬に飛び乗った。




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