1話・妖精さんは全裸だそうです
「全裸で死ぬなんて、いやー!」
自分でもびっくりするような叫び声を上げながら、がばっと起き上がった。
「ん? 妖精って言ったら裸で当たり前でしょ? それに死んでないよ、君」
「ふえ?」
私の叫び声に応えるように男の人の声が聞こえてきた。
毛布のようなものに寝かしつけられていた私は、それを跳ね除けながら声のした方に振り返った。
でかっ!
大男、いや、巨人?
「え? 何? 何? 何なのーーー!」
「あんまり大声を出さないでよ。魔獣が寄ってくるからさ」
魔獣?
何言ってるの?
て言うか、あんた誰よ?
「あ、あなたは誰? ここはどこ? それになんで巨人がいるのっ!」
「まあ落ち着いてよ。俺はアキト、冒険者だよ。ここはグラナダ大森林の端っこだ。中央部に比べれば無茶な強さの魔獣はいないけど、注意するに越したことはないんだ」
ふぅ。
少し落ち着いて男の人を見る。
私よりも少し年上かな? 二十歳ぐらいに見える男の人だ。
「えーと、冒険者? 大森林? 魔獣? え……、何よそれ」
なんだか嫌な予感のする単語たちが並んでるよ!
ゲームとか漫画とか小説でよく聞く言葉だよね。
着ている服もそれっぽいし、周りを見れば森の中みたいだし。
「それから、俺は巨人じゃないからな。普通の人間だよ。まあ妖精の君から見れば、俺は巨人に見えるかもしれないけどな」
「妖精?」
「いやぁ、まさか妖精に会えるなんて思ってもいなかったよ」
え? 妖精? 私も見てみたい!
でも、キョロキョロと周りを見回しても、それらしい姿は見当たらない。
「というわけで妖精のお嬢さん、名前を教えてくれないかな?」
男の人は私に向かってそう言ってきた。
あれ? 私?
私が自分に向かって指をさすと、男の人はうんうんと頷きを返す。
えーと?
辺りを見回すと、やっぱり「お嬢さん」と呼ばれるような女の子は私しかいない。
それに?
男の人の持ち物とか、周りの木とか、草とか、何もかもが大きい。
まるで、巨人の国に来てしまったかのように。
……いやいや、まさかね。私のほうが小さくなっているなんて、まさかね。
背中に手をまわしてみると、肩甲骨のあたりに何かが生えているのがわかる。
首をひねって後ろを見ると、トンボの羽のようなきれいに透き通った羽が見えた。
羽が生えてるよ!
妖精って私のことじゃんか!
「ん? ああ、ケガしてないか気になったのかな。君は森の中で倒れていたんだよ。ざっと体を調べてみたけどどこにも問題なかったし、全身綺麗だったよ。羽も折れたり千切れたりしてなかったし」
「そ、そっか」
ケガしていないというのは良かった。
いや、良かったけど良くないよ。
なんで妖精なのよ!
やっぱりこれって今はやりの異世界転生ってやつ?
トラック事故で死んで転生するって、トラック転生じゃん! テンプレそのまんまじゃん!
でもなんで妖精?
ていうか気づいてないふりしてたけど、私、めっちゃ裸だよ!
バッチリ見られちゃってるよ!
「服! 服はどこ? 私の服!」
そう言いながら毛布にくるまって体を隠した。
うわぁ恥ずかしい、ずっと裸だったよ。
そういえば身体を調べたって言ってたけど、それって色々見られちゃったってこと?
「ん? そんなもの無かったよ。それに妖精だったら服なんか着ないだろ」
え? そんなばかな。
まさか妖精って服を着ないの? 全裸なの? 風邪ひいちゃうでしょ!
「まあ気にしないでよ。人間の俺から見たら妖精の君はちっちゃな人形みたいなもんだし、いくら裸でもちっちゃすぎて何も感じないよ」
「ううう、そんなこと言われても私は気にするの!」
「くくく、面白いね、君。改めまして、俺の名はアキト。Bランクの冒険者だ。よろしくな」
男の人は笑ってもう一度名乗ってくれた。
私もちゃんと名乗らなきゃ!
「私は、神崎美咲。高校2年生の16歳。趣味はマンガ、アニメ、ゲームとかサブカル系全般で、一押しは『ときどきプリンス』の静様! しまった! 静様のグッズは? 命懸けて守ったのに! 無いの? ねえ、何か落ちてなかった? ねえ!」
「は? なんだって? いや、何も落ちてなかったよ。えーと、ミサキ? 見つけたときは君だけで周りには何もなかったよ」
「そっかぁ」
がっくし。
やっぱ異世界転生ってやつだよね。
日本では死んじゃったみたいだから、もう帰れないだろうし……。
ああ、そうか、もう静様には会えないのか。
続編のうわさもあったのに、それもプレイできないのかぁ。
ううう、なんだか悲しくなって涙があふれてきたよ。
「すん、すん、静様……」
「お、おい、ガッカリするなよ。無くしちゃったものは仕方ないけど、命は助かったんだ。どこかでまた手に入るかもしれないだろ。なぁ、泣くなよ」
「すん、すん、ありがと」
異世界だから2度と手に入ることはないんだけどね。
優しい言葉がちょっとうれしかった。
「よし、ミサキ。夜になる前に森から出るよ。森の中で野営はしたくないからな。動けるかい?」
「うーんと」
とりあえず立ち上がってみる。
衣服を全く身に着けていない、完全な全裸。
スースーするとかどころじゃなくて、全身で周りの空気の流れを感じられるくらいに、素肌が敏感になってる。
ああ、やっぱり何も身に着けていないっていうのは、とても頼りなさを感じてしまうよ。
もう一度毛布にくるまって体を隠したい。
あ、そうだ。布を少し切って巻き付ければいいんじゃないかな。
「ねぇ、布の切れ端とか無いかな?」
「うーん、これでどうかな」
そう言いながら荷物の中から何かの布を渡してくれた。
それを受け取り体に巻き付けてみた。
うぐっ、チクチクする。
その布はかなり目が粗く、しかも毛羽立っていて肌に触れるとチクチクするのだ。
こんなのを纏って体を動かしていたら、体中が擦り傷だらけになっちゃいそう。
たぶん普通の人間サイズなら気にならなかったのが、今の小さな体だと問題になってしまうのだ。
そう、今の私は妖精だからだ。
私は妖精。
私は妖精。
妖精は裸。
妖精は裸。
だから裸でも気にしない。
気になるけど気にしない。
服が無いのは仕方ないし、それにちっちゃい私の体なんてよく見えないはず。
本当はね恥ずかしいんだよ!
でも、恥ずかしいと思ったら余計に恥ずかしくなるから!
だから気にしないことにするの!
そう決心して、巻き付けた布を取り去って全裸になった。
アキトが私の全身を見つめる、その視線がとても気になる。
気になるけど気にしない。
ああ、……エロい目線じゃないと思いたい。
「よっ、はっ、たっ!」
羞恥心を吹き飛ばすように体を動かしてみる。
手足を伸ばしたり大きく開いてみたり、体をひねったり反らしてみたり、飛び跳ねてみたり。
うん、特に痛いところはないね。
「体は大丈夫みたい」
「ああ、そうみたいだな。じゃぁ飛べるか?」
ん? 飛ぶ?
そっか、私は妖精だっけ。飛べるんだよね。妖精ってすごいね!
背中に意識を集めると、パタパタと羽が動いた。
おお! 動いてる! すごい!
でも羽ばたく力は弱い。
こんなんで飛べるわけないよね。
やっぱ羽ばたく力で飛ぶというより、妖精の不思議パワーで飛ぶんじゃないかな。
例えば、念じてみるとか?
ふわり。
やった、浮いた!
やっぱり思った通りで、飛びたいと思えば飛べるみたい。
羽自体は魔力を調整するのと姿勢を保つために必要なだけで、強く羽ばたく必要はないようだ。
そんなわけで色々と試しながら飛んでみた。
わかったことは基本的には前進しかできないということ。
後ろに下がったり横に移動したりは一応できるけど、それは位置を調整するためのホバリング動作みたいなものだね。
しばらく練習していると、難しく考えなくても、歩いたり走ったり無意識にしてるのと同じような感じで、自由に飛び回れるようになっていた。
あとわかったことは、ゆっくり飛んでいる分には特に疲れたりはしないけど、速度を上げたり距離が延びると疲れちゃうこと。
これもまぁ走ったり長時間歩くのと同じだと思えばいいかな。
あ、でも人が歩くよりは速いよ? 駆けっこなら負けないよ? たぶんね。
楽ちんでいいね! と思ったけど、歩かないと足腰が弱くなったりしないかな?
あ! もしかして太ったりしない?
これは注意して運動もちゃんとしないとやばいかも?
「すごいな。自由自在に飛べるんだな」
「ふふふん! すごいでしょ!」
妖精初心者なのになんとなく自慢してしまった。
「よし。それじゃ行くか。あっちだ」
「うん!」
1話目にしてタイトル回収してしまいました。