魔眼と血潮
私は、自他共に認める最高の戦士だ。
戦士の家に生まれ、
身体を鍛え 魔術を習い、
戦略を学びながら 第一線に立ち続けた。
我が王の命のもと敵は立つ事を許されず、
我が神の威光は遮られる事はない。
その事をお喜びになったのだろうある時 神が夢に現れ敬虔な信徒の為褒美を与えると仰った。
私は より確実に敵を見つけ倒せる力が欲しいと願った。
神は与えられるが過ぎた力だと忠告なさった、
それでも私は是非にと願い神はそれを了承した。
朝起きると世界は一変していた、
私は魔眼をいただいたのだ。
だが、
ああなんという事だろう 世界は一変してしまった。
魔力は血に宿る、
それが鮮明に見えると言うことは 人に鮮やかな血管が浮き出て見えるのと同じ。
朝起きて目にした使用人も、家族も 知り合いも他人も、全て属性ごとに色の違う血管が浮き出て蠢いていた。
脈動とともに明滅する様が見ていられない。
見渡すと壁の向こうにいる者まで見えるのがわかる。
色が遮られるのは人の体に遮られた時だけ
どこまでも色にあふれた世界になっていた。
幸い自分の魔力は見なくて済んだがそれでもこの視界は正気を失いかねない。
鏡を見るといつもの変わらぬ自分が映る、
鏡と肖像画だけが過去の正しい世界を見せて貰える癒しだ。
三日も引きこもっていると家族や親しい友が様子を見に来てくれる。
だがそれさえ恐ろしい。
しかし私は私が認める最高の戦士だそれを見せるなどあってはならない、震えそうになる脚を強く踏みしめ目を細めて笑ってみせる。
「大丈夫だ」そういうと無理をするなと言われるものの帰ってくれた。
すまない こんなにも皆んなを愛しているのに恐ろしくて目をしっかり開けて直視する事が出来ないなんて。
さすがにもう数日すると少しは慣れて来た、
これはこういうものだと思えばなんとかなる。
否、正直に言えば これは人でないこういう物だと思わないとやっていけない。
おぞましく光 蠢くこれが人など信じたくない。
私は私にとってこの世界に一人だけの人間になってしまったのだ。
仕事に行き 戦場に行き 家に帰る。
たしかに戦場ではとても役に立つ、目立った物が間にあろうと暗闇であろうと人の魔力はよく見えるので不意打ちなどされることはないし一方的に嵌めることも可能になった。
だが日常では散々だ人との付き合いは自然と悪くなり 親しくしていた女性は他の男と付き合い始めたらしい。
働いて楽しくもなく家に帰り寝るばかりの毎日はまた次第に私を追い詰めていった。
家の各部屋に大きな鏡を置いた、人の顔を忘れたくなくて家族や知り合いの肖像画を壁という壁にかけた。
相変わらず家族や友は心配してくれるが 腫れ物に触るような扱いがまた私を傷付けた。
神が過ぎた力と言った時に 諦めていたらこんな事にならなかったのだろうか?
後悔ばかりが募る。
頼み込み与えられた力になにか言うなど神に失礼だとわかっているが言わずにはいられない、神よ どうか愚かな私をお救いください。
願いが届いたのか夢にまた神が来た。
魔眼は取り上げることはできないがいい事を教えてやると仰り、
教会に明日の朝一番に向かうよう言われた。
朝起きると用意もそこそこに私は教会を目指した。
「おはようございます すみませんが清掃がまだなのでお目汚し失礼します」
扉を開けると美しい少女がいた。
そうとても美しい少女だ、
白に見紛うほど明るい金髪と白い肌 頬と唇は優しく色付き鮮やかな空色の瞳は気まずそうに伏せられた。
…いつぶりに人を見ただろう。
「神よ…」
その場で跪き祈りを捧げる。
そう 教会には魔力無しと蔑まれる少女が居たはず、彼女がそうだろうその色の無い髪が何よりの証。
人としてあるまじき非力で神に縋らなければ生活もままならぬ少女。
半年前なら道端の石程度にしか見なかった少女が何より素晴らしい存在に思えた。
薄い金髪がなんだ 薄い肌がなんだ 魔力が無いからなんだ 彼女はそれほど美しい。
急に跪いた私を心配して駆け寄ってくれる、ああ心根まで彼女は美しいのか。
「大丈夫ですか?」
「…ええ大丈夫です、ありがとう親切な方」
そう言いながら好意を伝えようと目を見て微笑むと彼女は頬を染める。
「祈りにいらっしゃったんですね、大丈夫なのに話しかけてすみません…すぐ片付けるのでお待ちください」
「いや 行かないでいいよ、こんな早朝に来た私が悪い ゆっくり御前を清めてくれ」
「ありがとうございます」
すまなそうな顔からうっすら笑顔になるのが咲きかけの薔薇のように可憐だ。
「こうやっていつも君が綺麗にしてくれてたんだね、君の名前を聞いても構わないか」
「私は…」
こんなに近づいて来るものなどなかったのだろう、彼女が戸惑うのがわかる。
しかし 彼女を逃す気は無い。
彼女が怯えるならゆっくりゆっくり近づいて行こう 彼女は神が遣わした私の唯一の救いなのだから。
「ふふ、うまく収まった」
天から見下ろしながら神は呟く。
それは少女のいつもの祈りが少し変わった時に思い付いた。
純粋に皆の幸福と平和を願うばかりだった少女が初めて自分の為にした願い。
『あの方をまた見れますように、そしてこんな私が彼を思い無事を祈る事をお許しください』
少女は当代きっての魔法戦士に恋をした。
凱旋式に見たきりの彼を思い 無事を願い 無事帰るたびに私への信仰を深くする。
そんな日々が続き一年が経った。
信者の祈りは良い、それはそのまま神の力になる。
全ての人はある程度可愛いものの祈りの強弱により贔屓も出てくる。
やろうと思えば神ゆえ魔無しの少女に魔力をくれてやることもできる、戦士の家を教えることもできる。
だが神はしなかった、なぜならそれは祈りに繋がらないからだ。彼女の長く真摯な祈りはとても良い。
少女にすがりつくものが神しか無いからこその祈り、そんな素晴らしい信仰を失うのは惜しいと思った。
そんな時、戦士に気をかけていたら彼が熱心に祈るのを聞いた。
「より武勲がたてられますように、活躍の場を逃さないですみますように」
これだ と思った。彼に過ぎた力を与えて、願いを叶えつつ孤独にしてやろうと早速声をかけた。
孤独な少女と孤独な戦士はお互いに依存して それを失わないためにも神に祈るだろう。
1つの魔眼で2人分の願いを叶えたことに満足する、いや2人分では済まないかもしれない。
少女に起きた出逢いは面白おかしく吹聴されるだろうし、戦士の活躍は約束された。今後はそれにあやかろうと皆祈りをより捧げるだろう。
やはり奇跡は数よりも出来るだけ効果的に与えるに限る。神は小さく笑みを浮かべた。
神はたしかに祈りを聞き届けた、ただそれはあなたの為とは限らない。