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【第68回】オールド

『気を付けろッ! スタンド攻撃を受けているぞッ!』


「そのビーチに一度足を踏み入れたが最後、みるみるうちに体が老化していく」なーんて設定を耳にしたら「お? 荒木先生の新作短編の設定かな?」と思ったアナタは、立派なジョジョラーでございます。


「一度足を踏み入れたら脱出するのが極めて困難なビーチ」という設定だけでもサスペンスの匂いがプンプンするのに、そこに輪をかけて「ビーチにいるあいだじゅう、体がどんどん歳をとっていく」なんて設定を持ち出されたら、誰だってプロシュート兄貴の気配を感じざるを得ないし、誰だってザ・グレイトフル・デッドがワンチャンビーチの岩場の陰に潜んでいるんじゃね? と疑いたくなるものです。


しかし、これは漫画の話ではありません。まごうことなき立派なサスペンス映画(そしてSF映画)の話でございます。





【導入】

リゾートホテルにバカンスへ来た4人家族が"人間の体を老化させるパワーを秘めた謎のビーチ"で体験する奇妙な恐怖を描いた、タイム・サスペンス・SF映画。


監督/脚本は『シックス・センス』『サイン』『レディ・イン・ザ・ウォーター』そしてPOV最強のホラー映画『ヴィジット』などを手掛けてきた奇才、M・ナイト・シャマラン。『シックス・センス』の"大どんでん返しラスト"によって、良い意味でも悪い意味でもその後の作品の方向性を観客の勝手な願望で決定付けられてしまった人ですが、正直なところシャマランの面白さってそういう部分だけにあるんじゃないというのが私の考えです。ちなみに今回のシャマランはカメオ出演マシマシでございます。


主演は、メキシコ映画のわりとB級臭さのない映画に多数出演しているガエル・ガルシア・ベルナル。その他に『ファントム・スレッド』『蜘蛛の巣を払う女』のヴィッキー・クリープス、プロヤスの『ダークシティ』で主役を務めたルーファス・シーウェル、『ヘレディタリー/継承』でクッソ可哀想な目に遭ってしまうピーター役を演じたアレックス・ウルフなどなど。


って、そういうのは良いんだ。そういうのは良くて、メインキャストのひとりにアビー・リー・カーショウがいるんですよ! ここ大事! 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のワイブスのひとり、「美人な不思議ちゃん」ことダグ役を演じたアビーちゃんの素晴らしい水着姿が、こってり、めちゃくちゃ堪能できるので、ぐへへ、たまらんぞ! しかも結構ケバいメイクしているのも、個人的には高ポイント! 


そして、この映画を語るうえではずせないのがこの方、撮影監督のマイク・ジオラキスです。まだ38歳という若手ながら、『イットフォローズ』『アンダー・ザ・シルバーレイク』『アス』などなど、近年の話題作に引っ張りだこな彼の実力は本物であったと、この映画で証明されたことでしょう。正直なところ、この映画は彼の力なしでは成立しなかったというのが私の見解。シャマランとは『スプリット』『ミスター・ガラス』に続いて、三度目のタッグになります。





【あらすじ】

父親のガイ、母親のプリスカ、姉のマドックスと弟のトレントのカッパ家族4人は家族旅行で南国のリゾートホテルに向かっていた。


リゾート地でのひとときを心から楽しみにしている様子の子供たち。そんな彼らを微笑ましく思いながらも、ガイとプリスカの関係はどこかぎこちなく、わだかまりを感じさせるものがあった。二人の夫婦関係はいまや破綻寸前の時を迎えており、それはプリスカの体内に巣食った、手のほどこしようのない悪性腫瘍がきっかけだった。


子供たちに辛い思いをさせたくないという親心からプリスカは離婚を切り出していたのだが、どれだけ話し合ってもガイは納得しなかった。離婚前の最後の家族旅行として訪れたリゾートホテルに到着しても、二人は口論を繰り返し、その様子を黙って見守るマドックスとトレントの姉弟は、不安な夜を過ごすことに。


翌朝、ホテルのレストランでカッパ家族が朝食を摂っていると、ホテルの支配人が歩み寄って、あることを提案してきた。なんでもこのリゾート地には「穴場のビーチ」があり、特別にツアーを組んだのでぜひ参加してほしいというのだ。ホテル側の好意に甘んじてツアー用のシャトルバスに乗り込んだカッパ一家は、そこで外科医のチャールズと妻のクリスタル、娘のカラと、チャールズの母親であるアグネスと知り合う。この4人家族もカッパ一家と同様、ホテル側から穴場ビーチツアーへの参加を勧められていたのだ。


2家族を乗せたシャトルバスは「立入禁止」の看板が掲げられた区域に入ると、バスの運転手はビーチの手前で家族を下ろし、ビーチチェアにビーチパラソル、それに「ありえないほどの大量の食糧」を手渡した。疑問に思う家族だったが「きっと必要になる」という運転手の言葉に従い、大量の荷物を背負ってビーチに向かう。一行を見届けると、運転手は意味深な表情でバスに乗り込み、ホテルへと引き返していったのだった。


しばらくの間歩き続け、峡谷を通って視界が開けた先にあったのは、周囲を巨大な岩場に囲まれた絶景のビーチスポットだった。子供たちはすっかり打ちとけあって砂浜をはしゃぎ回り、チャールズ一家もご満悦の様子。だがガイとプリスカは昨晩の口論が尾を引いているようで、まともに口を訊こうとしない。どれだけ美しい海を眺めていても、子供たちの遊んでいる姿を見つめていても、夫婦の間に横たわる決定的な溝は埋まらないままだった。


その時、ビーチの浅瀬からトレントの叫び声が--ガイとプリスカが慌てて浅瀬の方に駆け寄ってみると、女性の死体が波に揺られているのを発見した。楽しい海水浴には似つかわしくない死体の登場に困惑する一同。騒ぎを聞き付けたチャールズらと協力して死体を引き上げ毛布をかけたところで、ひとりの男が声をかけてきた。2家族より先にこのビーチにやってきていたその男は、ラッパーのミッド・サイズド・セダンと名乗り、死んだ女性は自分の友人だと口にする。泳ぎに出たまま戻ってこなかったため、ビーチでひとり待っていたと証言するセダンだったが、なぜか彼は鼻血を流していた。


セダンの様子を不審がるチャールズ。その最中にビーチを訪れた新たな家族--パトリシアとその夫のジャリンに出会った一行。チャールズから事情を聞いたジャリンは、運転手がホテルへ戻る前に死体発見の一報を届けようと急いでもと来た道を引き返すが、途中でひどい頭痛と目眩に襲われて倒れてしまい、気づいたときにはビーチで介抱されていた。なんとかしてホテル側に連絡を取ろうとするも、なぜか圏外になって繋がらず、途方に暮れる大人たち。


すると今度は、チャールズの母、アグネスの体調が急変する。今朝までなんともなかったのが、みるみるうちに衰弱していくと、そのまま老衰したかのように亡くなったのだ。


異変はそれだけではなかった。マドックスとトレントの肉体が、気づけばありえないスピードで急成長を遂げ、さらには今しがた引き上げた女性の死体が、何十年も経過したかのように白骨化していたのだ。


立て続けに信じられない異変に襲われて、ただただ困惑するしかない3つの家族。このビーチはなにかがおかしい……どうにか峡谷を通ろうとするが、誰であろうと気絶してしまう。携帯も繋がらない。異常な状況に苛まれて、徐々に正気を失っていくチャールズ。子供たちの異常な成長の「速さ」に戸惑うガイ。そしてついに「ビーチに秘められたパワー」は、プリスカの体に巣食う腫瘍に目をつけた……





【レビュー】

結論から言うと、めちゃくちゃ楽しめました。さまざまな要素を一緒くたにさせつつも全体像がぼやけることなく、テンポ良く謎の展開とキャラクターの(肉体的なだけじゃない精神的な)変化と葛藤が描かれており、ドラマ映画としてもサスペンス映画としても、そしてSF映画としてみても大変に満足できる娯楽作です。


まず、設定が秀逸です。"人間の体を老化させるパワーを秘めたビーチ"というアイデアからは、もうサスペンスの匂いしかしないし、しかも一度入り込んでしまったら脱出困難という、クローズド・サークルな要素もあり、シャマランの「サスペンスを撮るぞ!」という意気込みをビンビン感じます。


なにより個人的に「いいな」と感じたのは、こんなに面白そうな設定を持ち出してきたにも関わらず、それに甘えることなく、ストイックに作劇のほとんどが「家族のドラマ」に注力していることです。奇抜な設定のビーチはあくまで「ドラマを推進させるための状況」として留まり、最後の最後まで「なぜ、どうやって、このビーチは生まれたのか」という「状況に対する問いたて」をしていないことから、この映画が「サスペンス」の体裁を取りながらも、作品のジャンル的な本質は「限られた状況下における肉体的な変化を通じた価値観の変化」を描いているSF映画のそれなのです。


SF的な設定もさることながら、その設定を映像に落とし込んで作品全体に波及させるような演出が徹底しているので、万人が楽しめること間違いなし。「肉体の老化」を映像的に演出するうえで、常に肌の露出が多くなることが当たり前な「ビーチ」という環境を持ち出すという選択が映像的に正解なのは言うに及ばず、さまざまな思考実験的な肉体変容を映像に落とし込んでいるため、見ていてとにかく楽しいのです。


肉体が老化していく現象を突き詰めていくと、それはすなわち「時間」と切ってもきれない関係を意味していくことになると、シャマランは気づいたのでしょう。"老いの進行"="細胞分裂が「加速」"していくから、腹を切ろうがナイフで刺されようが、たちまちのうちに傷が修復していく。死体を放っておくと時間の加速と共に、たったの数時間で白骨化してしまう。赤ん坊は急激な"時の加速"と、それに伴う細胞分裂の急速なスピードに肉体が過度なストレスを受け、生後すぐに死んでしまうなど、「老化」と「時間」の関係性を上手く使って、映像的なサスペンスを産み出しているんですね。


だからまあ、ジョジョ的に例えるならば、このビーチはザ・グレイトフル・デッドとメイド・イン・ヘブンの合わせ技みたいなものなんで、「こんなのどーやったら解決出来るんだよ」という無理ゲー感が強いのですが、作劇に無理矢理なところがないので興味の持続が途切れません。しかも、ビーチに翻弄されて肉体がどんどん崩れていったり、老け込んで目を患ったり耳が遠くなったりと、逃れられない身体の変調を哀愁たっぷりに&スリリングに描いていくのに、終始話の軸にあるのが「家族のドラマ」というのが泣けるじゃありませんか。


私は初期クローネンバーグなどに代表される「肉体変容映画」を好んで観るのですが、それはなぜかと言うと「肉体的な変化無しに、精神面での劇的な変化などあり得ない」と感じているから。


我々は肉体と心の両方で以て社会に生きているわけだから、自身の肉体に対して何の負い目も違和感も持たないうちは、自分の内面を見つめることなど出来っこない。他者とのコミュニケーションとは「肉体の闘争」を経たうえでの「心の交流」であり、つまり他者との交流において、まず真っ先に人間は自身の肉体を意識せずにはいられない……だからですね、口先だけのそれっぽい言葉を並べて、さも「人を理解しました」的な着地をする映画が私は心底嫌いだし、そういう観念的でしかないインテリぶった映画と比較しても『オールド』は「肉体の変化と、それに伴う自己反省」を通じて、「家族」という「身近な他人」に心を打ち明けていく過程を描いた、ドラマ映画としての強度も高い一作なのです。


家族というドラマ、困難に打ち勝つというテーマ、そういう点から観ると、この映画は『シックス・センス』というよりも、むしろ『ヴィジット』をSF的な状況下で発展させた作品と言えるでしょう。「家族」という「ままならない関係」をジャンル映画で描かせたら、やっぱりシャマランは上手いなあと感じます。


上手いといえば、今回のシャマラン映画はいままでの作品と比べても群を抜いて映像が上手い! はっとするカット、キマッてるな~と惚れ惚れしてしまうカット、じっくり観ていたくなるカットなどが目白押しなので、「映画は映像によって語られる」タイプの作品が好きな方は、まずお気に召すかと思います。


それもこれも、撮影監督を務めたマイク・ジオラキスの力量の高さゆえですね。ビーチという横の広がりを持つ空間で、あえて役者ではなくカメラの方をカットをほとんど割らずに動かす撮影手法によって「奥行き」を獲得しているため、ぜんぜん狭い感じを受けないし、ちゃんと空間的な広がりと役者の配置を計算しているので、比較的多い登場人物たちの関係性がちっともこんがらがったりしないのには驚きました。ああいう撮影が出来たら気持ちいいんだろうな~と羨むばかりです。


エッチなシーンは全く以て当然ながらありませんし、サスペンスとしてもSFとしても申し分ありませんので、ご家族、ご友人、そしてカップルで観に行っても楽しめること間違いなし。シャマラン映画を観たことがないという方にもオススメ。ここ数ヶ月のうちに観てきた映画のなかで、いちばん間口の広い映画と言えるでしょう。


あと、アビー・リー・カーショウの水着姿がとにかくたまらないので、スケベなおじさんたちにもオススメです。ぐへへ。

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