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【第32回】ゴーストランドの惨劇

『逃げるべきではなく立ち向かうべきだという映画』


新宿武蔵野館で鑑賞してきましたので、軽くレビューしたいと思います。


久々のホラー映画です。監督が『マーターズ』のパスカル・ロジェなので、また女性をひどい目に遭わせる映画なのかなと思ったら、やっぱりそうでした(笑)。相変わらずやなこの人。





【導入】

ラヴクラフトに憧れてホラー作家を目指す少女とその家族に起こった理不尽な悲劇を描いた『ゴーストランドの惨劇』


監督は『マーターズ』で女性への徹底的な拷問描写を描いたことで話題を呼んだパスカル・ロジェ。この人の撮る映画ってのはほとんど女性が酷い目に遭う傾向があって、そのために生理的に嫌い!って方も多いことでしょう。私も最初苦手でしたが、何度も観ているうちにミョーに癖になってくるから困りものです。


かなりの低予算映画なためか、出演者もクリスタル・リード、アナスタシア・フィリップス、エミリア・ジョーンズ、テイラー・ヒックソン、ロブ・アーチャー、ミレーヌ・ファルメール……などなど、初めて名前を見る方々ばかりです。


けれども異国の言語を聞いて演技が下手かどうかなんて分からない私なので(それでも『イップマン/継承』のマイク・タイソンの演技は、さすがの私でも吹いてしまいましたが)、あんまり女優さんの演技は気にならなかったです。





【あらすじ】

ハワード・フィリップ・ラヴクラフトに憧れてホラー作家を目指す少女・ベス。そんな彼女のことを応援する母のポリーンとは対照的に、ベスの姉であるヴェラは内向的な妹をうっとおしく思い、妹ばかりに構う母に鬱憤を募らせていた。


ある日、人里離れた田舎町に住む叔母の家を相続し、そこへ移り住むことになったベスたち。叔母はかなり変わった趣味を持っていたらしく、到着した家は老朽化が進んでいながら、その内部にはところ狭しとビスクドールが並んでいるという、異様に過ぎる景観の家だった。


気味の悪さを覚えるベスとヴェラ。そんな彼女たちに構わず家の掃除を始めるポリーン。住む家が変わっても、いつもと変わらない安穏とした毎日が続いていくはずだった。


だが引っ越したその日の晩、一台の巨大なキャンディ・カーが敷地内に乗り込んできたのを最後に、彼女たちの日常は唐突な終わりを告げる。


キャンディ・カーから現れた二人組の暴漢が突如として家に押し入ってきたのだ。そのうちの一人は知的障害を患った怪力無双の大男で、もう一人は真っ黒いローブを羽織った、不気味な顔つきの魔女のような女だった。


大男と魔女。得体の知れない狂人に訳も分からないままに乱暴を働かれてしまうベスとヴェラ。しかしそんな娘たちを決死の覚悟で守ろうとした母・ポリーンの反撃によって、大男と魔女は娘たちの前でメッタ刺しに殺されてしまうのだった。


それから十六年後……悪夢のような一夜を経験したベスは心身ともに逞しく成長し、今では売れっ子ホラー作家としての地位を獲得していた。


自身が味わったあの夜の惨劇から着想を得て執筆した『ゴーストランドの惨劇』は売れ行きも好調。優しい夫との間に一人息子をもうけて、ベスは幸せの絶頂期にあった。


そんなある日の事、出版会社主催のパーティーへの参加を控えたベスの下に、一本の電話が届く。


電話の主は、姉のヴェラだった。


「助けてベス! またアイツらがきたの! 今度こそ殺される!」


姉のただならぬ様子を察知したベスは、心配する夫と息子を残して、一人あの惨劇の舞台となった家へ帰る。あんな凄惨な出来事があっても、母と姉は今も変わらず、あの家に住み続けているのだ。


帰省したベスを快く迎える母・ポリーン。しかし話題が姉のことになると、母の表情はたちまち翳りを帯びた。あの惨劇の夜以来、ヴェラは精神を病んで地下室に閉じこもり、消えることのない悪夢に怯える毎日を過ごしていたのだ。


どうして地下室に籠っている彼女が電話をかけることができたのか分からないが、きっといつものように錯乱しただけだと言う母。そんな母の話を聞いて、ベスは複雑な気分になった。


自分はもしかしたら、あの夜の日に姉を犠牲にしてしまったのではないか。自らの恵まれた環境に負い目を感じるベス。そんな彼女に対し、母のポリーンは優しく諭す。あなたはあなたの人生を生きるべきだと。


母の優しさに気持ちを和らげるベス。しかしそんな彼女の周囲で、何かが確実に、歪な様相を見せ始めていた……





【レビュー】

まぁとにかく節操なしに、色々なホラー映画の文脈を引っ張って繋ぎ合わせたような映画です。


映画冒頭の、主人公たちの乗る車を後ろから巨大なキャンディ・カーが煽ってくるシーンは完全に『激突!』であるし、人形に魂めいたものが宿っている描写は『チャイルド・プレイ』だし、見えざる何かにぶたれまくるのは『エクソシスト』、部屋の内装に関する美術はどことなく『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルのそれを彷彿とさせます。


初見時に私が気づいただけでも、これだけ似通った部分が散見される本作。他にももっとあるかもしれません。


しかしですね、これだけ古典的なホラー要素をぶち込んでいる割には、ぶっちゃけますと、そこまで怖くないんですよねこの映画。


ホラー映画をほとんど観ない方が観れば怖いかもしれませんが、少なくともその手の映画をそれなりに嗜んでいる方が見ても、背筋がぞわぞわするような恐怖感というのは得られないでしょう。


『マーターズ』の時もそうだったんですが、ロジェ監督の恐怖シーン演出ってワンパターンなんですよね。ようするに、ただ驚かせているだけなんですな。びっくりはするけど、怖くない。そして人間というのは集中した状態で何かを経験し続けていると『慣れ』を獲得する生き物で、それは映画にも当てはまるわけ。だからついにはびっくりもしなくなる(笑)。


隠し扉を開けたら中から目を光らせた人形が飛び出す。イヤな気配を感じて振り返ると狂暴な輩が突進してくる。なんとか危難をやり過ごしてホッと一息ついたら、画面の外から襲い掛かられる……そんな『びっくり』させてくるシチュエーションばかりです。


致命的なのは、画面外から何かが襲い掛かってくるときに、素早くカメラがその何かを映そうとパンするわけですが、その際になぜだかピントがボケてるんですね(笑)。意図的な演出なのかどうか知りませんが、私、ただでさえ目が悪いのに、それはちょっとなーとなって欠伸が出ました。


『どうせ次はこうくるんでしょ?』という先の見え透いたシーンの連続。とにかく小道具や演者を使いまくってこちらをビビらせようとする演出の数々。良く言えば古き良きビザール系の香り漂うホラー。悪く言えば『ホラー映画あるある』な、どこか古臭さを感じる作品です。


この映画を事前情報もなにもない状態で観たら、2000年代後半に作られた作品と観る人がほとんどじゃないかなと思います。


ただ、ここまで結構こき下ろしてきた私ですが、ひとつだけこの映画には良いところがあって、それがこの映画のキモにもなっている中盤の『とあるシーン』なのです。そのとあるシーンを境として、本作はいわゆる『巻き込まれ型ホラー』から、ちょっと味わいの違う方向性へシフトします。


ネタバレになるから詳しくは言えませんが、なんていうかな。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』っぽい二分された世界の対比というんですかね。物語の根幹が暴かれる中盤では『ユージュアル・サスペクツ』のラストになって判明する『作り話』っぽさを彷彿とさせますし。これだけで勘の良い方は分かってしまうかもしれませんね。


この映画はただの古今東西のホラー要素をめちゃめちゃに繋ぎ合わせただけのパクリ映画ではありません。『マーターズ』の時もそうですが、ロジェ監督は『恐怖に抗う女性』を描きたくてたまらないんだなというのが良く分かる一作です。なぜ女性が悲劇的な目に遭わなければならないかというと、おそらく監督の中では『その方が物語に説得力が生まれるから』という考えがあるからでしょう。ぶたれて顔がとんでもなく腫れ上がった女性が、勇気を奮い立たせようと無理矢理にでも笑みをつくるシーンを堂々と映す場面には、やっぱりそれなりにクルものはあります。たぶんこの監督、それがやりたいだけなんでしょうね。


けれどもロジェ監督が偉いのは、そういう自分が魅せたいシーンだけに力を入れるのではなく、それ以外の部分に対してもちゃんと気を配っているところです。たとえ過去作のオマージュに溢れようとも、魅せたい演出のために、その演出を支える基本的な世界設定や小道具に対して、ちゃんと目配りを効かせてあるから、安心して観れる一本になっています。


過去を克服し、理想通りの幸せを手に入れたはずの人生。しかし過去という名の墓場から問答無用で襲い掛かってくる恐怖によって、その幸せが徐々に削り取られていく……そんな文法で描かれていたはずのこの映画が中盤で示す『どんでん返し』に、あっとやられてしまったのは事実です。


その中盤以降からの展開は、言ってしまえば脱出ゲームだし、これもまぁホラー映画のテンプレのような展開を丁寧になぞっている。でもちゃんと伏線は貼られていて、後半の怒濤の逃走&攻防撃にも、ちゃんと説得力が生まれている。


この映画、どこに着地するんだろうと、とにかく最後の十数分は画面に釘付けになりました。そしてエンディング・クレジットを迎えた時、私の中にストンと、映画のテーマが落ちてきました。


これは立ち向かう物語なのだと。


ホラー映画をあまり観ない方には問答無用でおススメできます。ホラーを見慣れている方に関しても、中盤の『ある展開』を体験するためだけに映画館に行く価値はあると思います。

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