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命懸けの駆け引き

ダンジョンにたどり着いたティア。

彼女のとった策は、本陣への強襲。

ダンジョンゴーストに案内され、ついにデュラハンと対峙する。

 「何日ぶりかしら。随分久しぶりに見た気がするわ」


 ティアの睨み据える先には、豪華な装飾のされた椅子に腰掛けるダンジョンの長、デュラハン。

 首なし騎士の魔物は、椅子から立ち上がろうともしない。しかし、首から上はないにも関わらず、確かにティアを見ていることが分かる。


 「ティア・アンテリカ……」

 「律儀に殺した人間の娘の名前まで覚えてるのね。ほんと悪趣味」


 こみ上がる怒りを抑え、作り笑いをしながら挑発するティア。

 

 ――ここからの行動に全てがかかっている。

 

 「そういえば初めてあんたの声を聞いたわ。人の言葉が分かるのね。醜い魔物の癖に」

 「お前の目的は復讐。無駄話などしている時ではないだろう」

 

 ティアは驚くような素振りこそ見せないが、デュラハンと会話が成り立つことを意外に思っていた。

 人の言葉を知っている……。それだけではない。

 発声器官がどこにあるのかも想像出来ない容姿にも関わらず、ただ喋れるだけではなく、その声はごく普通の成人男性のものだ。

 

 ――なら、奴の口から直接情報を引き出せる!


 「復讐、ね。もちろんそのつもりだけど、あんたが生かした子どもに殺される気分でも聞いておこうかしら」

 「生かした……か」


 デュラハンは、ティアの言葉に反応し、少し俯いているように見える。

 

 ――何? ハナから私を殺すつもりはなかったということ?


 ――だとしたら、あいつは殺す相手を選んでいる……?

 

 「それにしても間抜けな魔物。森で倒れていた私を助けたのもあんたでしょ? 命を狙われているとも知らずにね」

 

 デュラハンに助けられたという確証はないが、真偽を確かめるためにカマをかけてみるティア。

 そしてもう一つ、命を狙われていることを把握している可能性は高いとティアは考えていた。

 それを確信するための挑発でもある。

 

 「結末は変わらない」

 「なるほど。どうせ殺すなら真っ向から叩き潰す主義か何か?」

 

 デュラハンに表情はないが、やや苛立っているようにも見える。


 ――やはり、森で私を助けたのはあいつ。


 「時間が惜しい。私と戦いたいならさっさとかかってこい」


 デュラハンは、手元にあった手帳を見ると、やっと立ち上がる。


 ――情報収集はもう限界か。ここからは……!


 ティアはハンマーを両手で持ち直し、デュラハンを睨みながら構える。

 しかし、デュラハンが向かってくる気配はない。


 ――予想通り。私の心を折るために、あちらから攻め込んでこない。


 「時間が惜しいんでしょ! ビビってないでさっさと決着つけましょう!」


 デュラハンに向かって駆け出すティア。

 ハンマーを振り下ろすと、デュラハンは鎧に包まれた右腕でそれを受け止める。

 漆黒の鎧の強度は、ティアの予想を上回る程で、両手に激痛が走る。


 「っ! まだっ! まだっ!」


 ティアが闇雲にハンマーを振り回しては、それをデュラハンが容易くあしらう。

 ある攻撃は重厚な鎧を着ているとは思えない程に軽快に躱し、ある攻撃は鋼鉄の鎧が弾いていく。


 「力も、戦術もない。こんなものでは復讐果たせはしない。何故こんな無謀なことをする」

 「うるさい! なら私に傷の一つでもつけてみなさいよ!」


 防戦一方のデュラハン。傍から見ればティアの一転攻勢かもしれない。

 しかし、彼女の荒々しい攻撃は尽く見切られている。

 

 それからしばらくダンジョンの中には、ティアの雄たけびと、ハンマーが鎧に弾かれる音がひたすら響き続けた――。


 ◇


 ついにティアが膝から崩れ落ちた。

 デュラハンは一切の手出しはしていない。ただひたすらに攻め続けたティアの体力が尽きたのだ。

 武器を握る手は痛みで震え、今にも手放してしまいそうだ。


 「くそッ! ハァ……ハァ……」

 

 デュラハンは、ティアの頭を片手で掴み、軽々と持ち上げる。

 ジタバタと暴れるティア。しかし、デュラハンはそれを意にも介さない。

 この魔物にとっては軽く握っているだけだが、ティアの頭には激痛が走る。

 

 人間との圧倒的な力の差を痛感せずにはいられない。

 自分の命を目の前の魔物に握られている感覚に、ティアは思わずゾッとする。


 「愚かな娘。このダンジョンでの出来事は忘れて元の生活に戻れ」


 目の前に映る異形の魔物。

 首から上がなく表情からは読み取ることも出来ないが、その言葉が、これ以上抗えば殺すという意味であることをティアはすぐに理解した。

 そして、ティアは暴れることをやめ、手の力を緩めハンマーを床に落とす。

 武器を捨て、戦闘の意志はもうないという無言の降伏。


 デュラハンはそれを確認すると、ティアの頭から手を放す。

 

 「ダンジョンゴースト。用は済んだ。この娘を森に帰せ」

 「かしこまりました! すぐに運びますので!」


 デュラハンの呼びかけを受け、すぐにダンジョンゴーストが現れる。

 ダンジョンゴーストが座り込んでいるティアに触れると、彼女を薄い光が包み込み、身体浮かび上がりダンジョンの出口へと運ばれていく。


 

 鮮血をポタポタと垂らしながら――。



 ティアの視界からデュラハンが離れていく。

 しかし、ティアは最後までデュラハンから視線を離さなかった。



 ◇



 ダンジョンゴーストがダンジョンの外でもう一度ティアに触れると、浮力はなくなり、彼女は地面に叩きつけられる。


 「真っ直ぐ進めば、こちらで誘導して元の場所に戻れますので! お気を付けて!」

 「そう……」


 力が抜けフラフラと歩き出すティア。

 ティアが視界から消えたことを確認し、ダンジョンゴーストはダンジョンの中へ戻っていった。



 その様子を木の影から見て――ティアはニヤリと笑った。



 「……まだ、意識はある」



 草木の陰に隠れながら、自分の右足首の辺りを確認する。

 刃物で切られた深い傷。血が止まることなく流れている。

 これはデュラハンにつけられた傷ではない。

 戦闘の最中、ティア自身が隠し持った短剣で切ったのだ。

 

 「血を流しすぎてフラフラする。でも、うまくいったみたいね」


 ティアは、ここまでの状況を計算していたのだ。

 森からダンジョンへ誘導される際に、ティアには意識を徐々に奪われる感覚があった。

 つまり、最初から完全に乗っ取れるわけではない。

 ティアは、洗脳の力が弱い時間に、自身を切りつけた痛みで自我を保っていた。

 

 デュラハンが必要以上にシャノンやティアに傷を負わせなかったのも、洗脳の効き目が弱くなることを危惧していたからだろうとティアは予想する。

 

 ――あとの問題は、私が帰っていないことを気付かれないかどうかね。

 

 ――でも、律儀に二回ともあの大樹の所から洗脳していることから考えて、支配出来るのは、恐らく起点である大樹周辺と、終点であるこのダンジョンの周辺。

 

 ――今、私は誘導されるがまま出口へ向かっていると思われているはず。


 希望的観測もあるが、これがティアの導き出した最善の策であった。

 

 「あとは、奴が私のことを怪しんでいないことを願うしかない」


 ティアは、デュラハンとの戦闘でただ闇雲にハンマーを振るった。

 

 その理由の一つは、あえて無策で戦うことで、絶対に勝てないという敗北感を味わわないため。

 そしてもう一つは、デュラハンに自分を見くびってもらうため。


 デュラハンに復讐を目論んだシャノンは、絶望し復讐心を折られた。

 

 しかし、ティアはまだ自分が敗北したとは微塵も思っていない。その復讐心は熱く燃えたままだ。



 ――怖かった。あの命を握られた感覚。思い出しただけでも背筋が凍る。



 「でも、私の心はまだ折れていない……! ここからが本当の勝負!」



 ティアは、ダンジョンに侵入する前に草木の中に隠した木の槍を拾うと、岩山を登り、ダンジョンの入口の上に座る。

 ダンジョンへ誘導する洗脳は、ダンジョンの手前までしか機能していなかった。

 この場所であれば、意識を支配されることはない。

 つまり、ダンジョンの外でデュラハンを討てる最善の位置だ。


 失血で意識を失っては元も子もないため、ティアは上着の裾を乱暴に噛みちぎると、それで右足を縛り止血する。



 ――奴は時間がないと言った。恐らくこのダンジョンを出てまた人を殺す。


 ――その時が最後のチャンス……! 絶対仕留める……!


 

 「大丈夫。私は、強い」



 ティアは激しく脈を打つ心臓に手を当てると、小さく、しかし力強くそう呟いた。


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