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立ち上がる少女

 ノアが命を落として数日が経った。

 ティアはたった1人となった部屋の隅で放心していた。


 1人になってからのことを、彼女はほとんど覚えていない。

 赤い髪はくしゃくしゃに乱れ、目の下には濃い隈が出来ている。

 満足に寝ることも食事を摂ることも出来ない生活を続けていたからだ。

 

 生気を失ったような目をしながら、ティアは自分が何故生きているのかと考えていた。

 あの夜に現れたデュラハンには、ティアもノアも何もされることはなかった。

 言い伝え通りであれば、死の呪いをかけられたのだろう。

 実際、その晩にノアは死んだ。

 しかし、デュラハンを目撃したはずのティアは、数日が経った今も生き残っているのだ。


 『……大丈夫、ティアは強い』

 

 ノアの残した最期の言葉だ。

 ティアはその言葉と、最期の父の姿を思い起こすと、唇を噛み締める。

 

 ――あの時、デュラハンを前に身動き一つ取れなかった。私が強いわけがないよ。


 孤独になった彼女を励ます者は、ここには誰もいない。

 静寂に包まれる空間で、ティアは誰に言うともなく呟きだした。


 「……大丈夫、私は強い。私は強い。私は強い。私は強い」


 ティアは自分の気持ちとは裏腹に、父の言葉をただひたすら繰り返す。

 父の看病をしていた時、弱気になりそうな感情を制御していたあの時のように、自分に言い聞かせる。

 この数日間、気付けば何度も呟いていた。何度も何度も――。

 

 「私は強い。私は強い。私は強い。私は強い――」


 ただひたすら同じ言葉を繰り返しているうちに、一つの感情が芽生えていくのをティアは感じていた。

 そして、その感情は心の奥底に埋まっていたが、どの感情よりも大きくなっていく。

 今まで感じていた恐怖、後悔、悲哀、そのどれとも違う。

 その正体をティアは知っている。


 怒りだ。


 湧き上がる怒りが全ての感情を勝っていき、ティアの身体の震えは、いつの間にか止まっていた。


 「私は、強い。父さんの仇だって取れる……! あの、デュラハンを……殺す!」


 憎しみの感情に溢れた力強い声で決意を口にする。

 噛み締めた唇から血の味がしたが、ティアはそんなことを気にも留めなかった。


 「あいつの命を……踏みにじる」


 1人の少女が復讐へ動き出した瞬間だった――。


 ◇


 ティアは街に出ていた。

 目的はデュラハンの情報収集である。

 デュラハンそのものの知識、ダンジョンという住処の場所――ティアは何も知らない。

 まずは図書館でデュラハンの伝承の記された書籍を探しに行くことにした。


 「おーい! ティアちゃーん」


 馴染みのある大声が聞こえる。

 父の看病をしていた時に、いつも薬を買っていた薬屋の中年男性バンだ。

 強ばった表情をしていたティアは、無理に表情を緩める。


 「その、お父さん、残念だったな」

 「うん……」

 「大分やつれてるんじゃないか?」

 「うん、大丈夫。私は強いから」


 ティアは明るく答えるが、その目は笑っていない。

 彼女の言葉や表情に、バンは少し違和感を感じる。


 「ほんとに大丈夫か? 飯、ちゃんと食ってるか?」

 「うん。心配ないよ」

 「ま、まぁ何でも相談してくれよ」

 「ありがとう、おじさん」


 ティアは軽くお辞儀をして、バンに背を向けた。


 ◇


 2時間ほどが経ち、ティアは既に図書館を後にしていた。

 デュラハンに関する資料は、ほとんど言い伝えで聞いたことのある通りであった。

 だが、そのありふれた情報の中でも、資料によっては内容に僅かな違いや、ティア自身は知り得なかった情報もあり、頭の中でその情報を整理する。


 ――デュラハンが指をさした者は死の呪いを受ける。あの時は、父さんしか指をさされなかったから私は生き残れた。でも何故奴は私を殺さなかったのか。


 ――そして、かつてはダンジョンへの侵入を試みた調査団があったが、今は解散している。


 「調査団が解散したのは20年前。ということは団員を探せば……!」


 考えるより先に足が動き出す。

 調査団の元団員を探すという目的は決まったが、調査団の存在も知らなかったティアに探すアテはない。だが、はやる気持ちを押し殺せずただ走った。

 しばらく満足な食事も摂れていなかったためか、すぐに息は切れ、走る足は止まってしまった。

 すると、図書館に入る前にも会ったばかりの薬屋のバンが目に入る。

 

 「ティアちゃんどうしたー!?」


 いきなり現れた苦しそうにしている少女に、バンは動揺する。

 彼は慌てて駆け寄ると、自分の店の前までティアを運ぶ。

 

 「さっきもちょっと様子がおかしいと思ったが……どうしたんだ?」


 落ち着きを取り戻したティアは、バンに鬼気迫る表情で詰め寄る。


 「おじさん! ダンジョンの調査団って知ってる!?」

 「そ、そりゃ俺達が若い頃はバリバリ活動してたし……」

 「誰か知り合いいない!?」

 「え、えーと俺の友人なんだが、シャノンって奴が」

 「今すぐその人のところに連れてってくれる?」


 食い気味に要求され、バンは困惑する。

 ティアは大きく目を見開き、バンを見つめる。


 「ティアちゃんどうしちゃったんだよ。それにダンジョンって良からぬこと考えてないか?」

 「お願いします。どうしても知りたいことがあるんです」


 深々と頭を下げられ、バンはどうしたものかと頭をかいている。

 そして近くにいた彼の息子であるアレンに店番を頼むと、重そうに腰を上げる。

 

 「訳は話せないんだな? でも、ノアさんが悲しむようなことは絶対するんじゃねーぞ」


 いつもの陽気な口調とは程遠い、厳しい口調でバンは言い放つと、ついてこいとばかりにティアの前を先導して歩き出した。


 ――父さんの悲しむようなことか。でも、この復讐は成し遂げてみせる。


 ティアは小さな拳を強く握り締めた。


 ◇


 バンに案内され、ダンジョンの調査団の元団員というシャノンの家に辿り着いた。

 外観は特に変わったところもない木造建築の家だった。

 ピリピリした雰囲気を放つティアに、バンは話しかけにくそうにしている。

 この少女が何をするつもりなのか気が気ではない。

 

 「えーと、ここがシャノンの家だ。やっぱ俺はついてっちゃダメなのか? その、なんだ。すごい心配なんだが」

 「おじさん。父さんが悲しむようなことはしないから」


 自然と出た嘘だ。

 ノアは復讐を望むような人間ではない。ティアが一番分かっていることだ。


 ――これ以上関係ないおじさんには何も伝えたくないし、巻き込みたくない。


 「分かったよ。俺もあいつに会うのは久しぶりでな。まぁ挨拶くらいさせてくれや」


 バンは頭をかきながら、シャノンの家の扉を開ける。


 「こんちわーっ!」

 「ん、バンか! 久しぶりじゃないか」

 「おう、突然すまんな」


 出てきたのはつややかな金髪に痩せ型だが力強さを感じさせる身体の中年男性シャノンだった。

 

 「バン、その子は?」

 「あぁ、何でも元調査団のお前に聞きたいことがあるんだとよ。俺には教えちゃくんねぇ」

 「なるほどね……。そういうことかい」


 シャノンは何かを悟ったように、ティアに視線を向ける。

 その様子をバンは不思議そうな表情で見ている。

 

 「君、名前は?」

 「ティア。ティア・アンテリカ」

 「そうか。話は中で伺おう」


 二人の会話を聞くと、バンが背を向ける。

 

 「んじゃ、後は頼むわ」

 

 そう言ってバンは、手をひらひら振って去っていった。

 その後ろ姿に、ティアは黙ってお辞儀をし、感謝の意を示した。


 「ちょっと待ってね。紅茶を淹れよう。ほら上がって上がって」

 

 シャノンが微笑みながら椅子に座るように促す。

 いきなり押しかけて来た自分に対して、警戒心や不信感を感じさせない彼の振る舞いにティアは少し安堵した、


 ――必ず調査団に手がかりがある。何としてもこの人から情報を引き出さないと。

 

 「大丈夫、私は強い」


 シャノンに気付かれないほど小さな声で呟き、気を引き締めた。

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