夜を駆ける少女
復讐を果たしたティアは、デュラハンの真実を知る。
彼女は自らの復讐が過ちであったか自分の目で確かめると言い、ある決断をした。
――数か月が経ち、街ではデュラハンの目撃情報は一切なくなった。
確認した者はいないがデュラハンが死んだという説も流れていた。
だが、代わりに一つ。奇妙な噂が立っていた。
『赤い少女』
夜の街を徘徊する黒装束の少女がいるという噂。
赤い少女と言われる理由は、血の染み込んだマントを羽織っているから、赤い髪をしているからと様々である。
彼女にある者は命の危機を救われ、一方である者は命を狙われたという。
しかし、闇に紛れるその少女の姿をはっきりと見た者はいないため、情報源は少なく、噂の範疇を出ていない。
「――おい。おーいシャノン聞いてんのか!?」
そう言いながらバンはシャノンの頬を軽くビンタした。
「痛っ! すまない。ぼーっとしてた」
「ったく。だからよーティアちゃんいなくなって随分経ったけど無事なのかねぇ」
「何度も言ってるじゃないか。大丈夫さ。あの子なら」
「といっても情報はあの置き手紙だけだろ?」
「そうだね。でも、書いてあっただろう。やることを見つけたって」
バンは納得のいかないような表情をしながら頭を掻く。
「はぁ……やっぱお前らの考えてることは分かんねぇや」
「心配しなくても見せてくれるさ。あの子の復讐の先。ティアの未来を」
そんなバンとシャノンの会話を後ろで聞いていたアレンは誰に言うともなく呟く。
「――馬鹿野郎が」
◇
ある赤い髪の少女は、大樹の立ち並ぶ森の中のとある洞窟で暮らしていた。
明かりもない真っ暗な洞窟の中で、1人豪華な椅子に腰掛ける彼女の姿は異様と言うほかない。
少女は洞窟に浮遊する火の玉に手招きをして、自分の下に来るように呼びつける。
火の玉を照明の代わりにして、手に持った古びた手帳を開く。
白紙のページを開くと、ひとりでに人名が刻み込まれていく。
少女はそれを確認すると、立ち上がり、血が染み込んで落ちない赤黒いマントを羽織る。
「ダンジョンゴースト。ちょっと街に行ってくる」
「はい! お気をつけて!」
少女は白い布を被った小さな魔物に優しく声をかけると、洞窟の外へと歩みを進める。
「今日もよろしくね」
全身が漆黒の体毛に包まれた大型の馬を撫でる少女。
彼女は木の踏み台に乗って馬に跨ると、けたたましい馬蹄の音を響かせ、瞬く間に闇の中へと消えていった。
◇
その頃、夜の街には不穏な影が蠢いていた。
帽子を被った中年男性が、人目を気にしながらとある民家の陰に隠れている。
その男の目的は金品の強盗。
狙われた民家に住むのは若い女性の一人。気付かれて抵抗されれば殺しても構わないと考えていた。
男はキョロキョロと周囲に人がいないことを確認し、民家に侵入しようとする。
しかし、その時――。
首元にヒヤリと冷たい感触――。
――よく研がれた鋭利なナイフだ。
「だ、誰だ!? くそっ誰もいなかったはずなのに!」
「振り向かないで。抵抗しなければ見逃してあげる。大人しく帰って」
「へ、へっ! その声ガキか? それも女じゃねぇか! どうせ人の首を切る度胸なんてありゃしねぇだろ!」
その言葉に対し、男の背後についた少女が、ナイフの刃を僅かに肌に当てると、首からは血が少しずつ滲み出ていく。
男はガタガタと震え、声も上がらない。
少女はクスッと笑い、小さく呟く。
「大丈夫。私の知ってる奴は、首がなくてもピンピンしてたから」
男の身体の震えは更に激しくなり、目には涙を浮かぶ。
「な、なっなんだこいつ!? く、狂ってやがる!」
「首を切り落とす度胸はあるけど、出来ればやりたくないの。早く逃げて?」
「ひぃぃぃぃぃっ!」
少女が男を取り押さえる手を緩めると、男は振り返ることなく一目散に走り去っていった。
それを確認すると、少女はすぐにその場を去ろうとする。
しかし、彼女が去るより先に、男の悲鳴で気付いたのか、狙われた民家に住む女性が顔を覗かせる。
「あ、あなたは?」
血の滲んだマントを羽織った少女の後ろ姿を見て問いかける。
「死の予言者、デュラハン」
振り向かずそう呟いた赤い髪の少女は、黒い馬に乗り、夜の街を駆けていった。
今回で完結となります。
ここまで読んでいただいた皆様本当にありがとうございます。
本作の続編、もしくは新作の連載を検討しておりますので、またの機会に。