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全ては赤に染まる

ダンジョンでデュラハンと戦い、手も足も出ず敗れたティア。

だが、それは想定された敗北だった。

ティアはダンジョンの外で奇襲を仕掛けるため、ひたすらにデュラハンを待つ。

 ティアは、ダンジョンの入口の上部で、デュラハンを待ち構える。


 明かり一つない暗闇、真夜中の肌寒さ、木々のざわめきしか聞こえない静寂。

 ただこの場にいるだけで不安を煽られる。

 しかし、ティアの力強い視線は常にダンジョンの入口――デュラハンが出てくるだろう位置から動くことはない。

 1秒でも反応が遅れれば全てが無駄になる。一瞬たりとも緊張の糸を切ろうとはしない。


 ――もう1時間は経った? もっと早く出てくるかと思ったけど……。

 

 デュラハンはティアと交戦する際に、手帳を見て時間が惜しいと言っていた。

 ティアはそれを根拠に、デュラハンが近いうちにダンジョンを出ると推測していた。

 そして、根拠はそれだけではない。


 ――確かに見た。あいつの部屋に白い花束があった。


 ――あいつは、殺した人間の家に花束を置いていく。少なくとも枯れる前には人を殺しに行くはず。


 ティアはダンジョンゴーストにダンジョンを追い出される際に、最後までデュラハンから目を離さなかった。

 それは、仇敵をただ睨んでいたわけではない。

 見ていたのはその先――デュラハンの座る玉座。その横に置かれた花束を見ていたのだ。



 ――もう誰も殺させない。悲劇は今日ここで終わらせる。今日出てこないなら明日も明後日もここで待ち続けてやる……!



 槍を握る手の力を強めるティア。


 

 ティアはその時が来るまで、一切気を緩めるつもりなどない。

 しかし、ただ待ち続ける空白の時間、そして包み込む静寂が、無自覚に様々な感情を生み出す。

 

 気が付けばティアは、ぽつりと呟いていた。



 「ごめんね。父さん。今から一つの命を踏みにじるよ……」



 出てきたのは亡き父への謝罪。

 この復讐がどんな結末を迎えるのかティアには分からない。

 だが、彼女が抱いている殺意は本物であり、結末が失敗であってもデュラハンを殺そうとしているのは事実である。

 思わず出てきた言葉に、ティアはある出来事を思い出した。



 ◇



 それは、ティアが6歳の頃――。


 「ちょっと! 何してるの! 可哀想じゃない!」

 

 アリの巣に木の棒を突っ込んで遊ぶ同年代の男子三人に向かって叫ぶティア。


 「げっ! ティアだ!」


 そう反応したのは当時六歳のアレン。

 アレンのグループが何か悪さをしては、それをティアが叱る。いつもの出来事であった。


 「何? 文句あるの?」


 ティアは3人を睨みつける。

 彼女は気性が荒いというわけではなかったが、正しくないと思うことには口を出さずにはいられない性格だった。


 「べ、別にただ遊んでるだけじゃねーか」

 「そうだそうだ!」


 アレン以外の2人の男子がたじろぎながらも言い返してくる。


 「あんたたち命を粗末しちゃいけないって教わらなかったの!?」

 「なーにムキになってんだよ。たかが虫だろ。俺知ってんだからな。アリも虫食って生きてんだぞ!」


 腰に手を当て、何か自慢げに語るアレン。


 「そ、それは生きるためにでしょ! あんた達とは違うわ!」

 「……でもさ、アリなんか気付かないだけで踏み潰してるよな?」


 意地悪そうに1人の男子が言い放った言葉に、ティアはドキッとする。



 ――考えたことなかった。私もアリを……いくつも命を踏み潰して生きてるの?



 気付けば涙が頬を伝っていた。

 ティアは止まらない涙に動揺して、逃げるように駆け出した。

 アレン達3人はキョトンとして顔を見合わせる。


 「おい、お前ら! 女の子泣かしてんじゃねーよ! こっちこい! お説教だ!」


 その場から離れていくティアの耳に、バンの怒声が聞こえたが、気にすることなく一目散に自分の家に向かう。



 「お父さん!」

 「ん、どうした! ティア!」


 バタンッと勢いよく泣きながらドアを開けたティアを見て驚く彼女の父ノア。


 「何があったんだ?」

 「私いっぱい虫さん殺してたかもしれないの……。命を粗末にするなってお父さんから言われてたのに……」


 それを聞いてノアはフフッと微笑む。


 「うーん。そうだな。どうしようもないこともあるさ」

 「でもっ! でもぉ……」


 言葉が出ないほど泣きじゃくるティア。

 そんな彼女の頭にポンッと手を乗せて、ノアは優しく語りだす。


 「ティアはどんな命も平等に見られるんだな。いい子に育ってくれて父さん嬉しいぞ」

 「いい子じゃないよ! アリさん踏み潰してるかもしれないもん!」

 「そう。父さん達は色んな命を無意識に奪って生きているんだ」


 ノアの言葉を聞いて、ティアの泣き声はますます大きくなる。


 「でもな、気付けることが大事なんだ。その気持ちずっと忘れるんじゃないぞ」

 「……私、皆と違うのかな? アレン達アリさん虐めて喜んでた……」

 「ティアは皆より強いんだよ」

 「え?」

 「うん。父さんはますますお前の成長が楽しみになってきたぞ!」


 ノアはティアの頭を撫でると、ここからは自分で考えろとばかりに話を切り上げた。

 


 ◇



 「いけない……ついボーッとしちゃってた……あんな昔のこと……」


 過去の出来事を思い出していたティアは、頭を横に振って集中し直す。

 

 ダンジョンの入口の上でデュラハンの待ち伏せを始めて、2時間近くが経とうとしていた。

 時間を確認する手段のないティアにとっては、この時間は実際よりも遥かに長く感じる。


 ――あと少し、あと少しだから。集中しなきゃ……!


 ティアの右足には自らがつけた深い傷があり、今も血が流れ出ているため、意識が朦朧としてもおかしくはない。

 しかし、彼女は傷の痛みも忘れるほどに神経を研ぎ澄ます。

 

 デュラハンを迎え撃つために――。


 





 そして、その時はきた。


 ダンジョンの入口の大きな穴から、漆黒の鎧を纏った首なし騎士デュラハンがその姿を現す。



 ――今! 今しかないッ! 全てはこの時のために!



 ティアはすぐさま立ち上がり、ダンジョンの上から飛び降りる。

 

 その両手には背丈の倍ほどの長さの槍を持って――。


 どんな武器でも弾いてしまう硬度の鎧。

 デュラハンはその鎧の数少ない弱点であるはずの重量も感じさせないほど機敏に動き、鎧を纏っていない関節部を狙うことも許さない。

 そんなデュラハンに対して、ティアはあらゆる策を考えてきた。

 


 ――あいつの鎧には打撃が有効! でも、ハンマーで挑んだ手練のシャノンさんでも歯が立たなかった!

 


 ――それに実際に戦って分かった! 私の力では打撃であいつにダメージは与えられない!

 


 ――なら、どうやってあいつを倒す?

 




 ――これに賭けるしかないでしょう!





 ダンジョンから飛び降りるティアは、今デュラハンの頭上にいる。

 そして、突き立てるように構えた槍。

 


 ティアが、狙うのは――デュラハンの頭頂部だ。

 


 デュラハンには首から上はない。

 つまり、兜を被っていない頭部は、関節部を除き、強固な鎧で覆われていない唯一の部位だ

 鎧の中の構造が人間と同じとは限らない。だが、ティアは頭上からの攻撃に賭けることが最も確率が高いと判断した。



 ――落下の勢いもある! これなら! 貫けるッ!



 「ああああああああッ!!!!」



 ズドンッ――。



 鈍い音と共に、ティアの槍がデュラハンを貫く。


 槍がデュラハンの身体の肉を裂き、奥へ、奥へと刺さっていく。

  


 ――手応え……あり!



 デュラハンの頭部からは、噴水のように鮮血が噴き出している。

 返り血を浴びたティアの顔や服は、見る見るうちに紅に染まっていく。



 「ア……ア゛ァァ、ァァァ……!」



 頭部に槍が突き刺さった状態のデュラハンは、突然の攻撃により、声にならないような叫び声を上げる。

 だが、その身体はまだ地に落ちることはない。


 

 ティアはデュラハンに刺さった槍を抜くことなく地面に降りると、続けて隠し持っていた短剣を抜く。

 そして、低い体勢のまま素早くデュラハンの背後へ――。

 


 ――今なら膝裏を狙える!



 ティアが次に狙うのは、デュラハンの膝裏。

 鎧で覆われていない数少ない弱点だ。

 真っ向から戦っていては、後ろを取ることも出来なかったが、今なら確実に狙うことが出来る。



 グサッ――。


 

 ティアは短剣をデュラハンの右の膝裏に深く突き刺した。

 骨に当たったような手応えとともに、デュラハンの脚はガクガクと震え、血が滲み出ていく。



 「ト……ム……ア……ィ……」



 デュラハンが何かを喋ろうとするが、もうまともに声を出すことも出来ない。

 槍で突き刺した際に発声器官が損傷したのか、それとも痛みのあまり声も出ないのか判別することは出来ないが、確実に死に向かっていくのが分かる。



 ――こっちも手応えはある。もう一本!



 デュラハンに刺さった短剣を勢いよく抜くと、ティアは間髪も入れず、左の膝裏にも短剣を突き刺した。

 デュラハンはビクビクと痙攣して、膝を地面につける。



 ドサッ。

 

 ついに重厚な鎧を纏った魔物の巨体が血に染まった地に伏した。


 まだ息はあるように見えるが、もう起き上がれるとは到底考えられない。



 「終わっ……た」



 力が抜け、血の海と化した地面にぺたんと座るティア。



 「……何だろう。この気持ち」



 自分の感情を言い表せない血まみれの赤い少女は、ただ黙って天を仰いだ――。

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