その2・兵隊さんと副大臣
しばらく歩くと、お城の門にたどり着きました。
「うわあ……」
近くで見ると思っていたよりも大きくて迫力がある、お城にも感心しましたが、それよりもしおりの目を引いたのは、お城の横に建っている塔です。
その塔の壁は、床屋さんの看板のように、ピンク、緑、青、白の4色が薄くうずまいていて、一番上の白い三角の屋根は、お城の一番高い屋根よりもずっと高いところにありました。
りっぱな塔とお城にみとれていたしおりに、魔法使いが声をかけてきました。
「すばらしい建物だね。開いた口がふさがらなくなる気持ちはわかるけど、そろそろ行こうか。」
しおりは、はっと口を閉じて、お城に入ろうとする魔法使いについて行きます。
魔法使いがお城の入り口に近づくと、門番をしていた2人の兵士が、持っていた槍を交差させて呼び止めてきました。
「お止まりください」
「お止まれください」
2人の兵士は、なんだか少し違う言葉を喋った気がしましたが、槍を持った兵士を少し怖いと思ったしおりは下を向いていました。
「お城へご用事ですか?ご用件をお聞かせください。」
「お城へご用事あるか?ご用件を聞かせろください。」
やっぱり片方が変な喋り方をしているのが気になって、しおりは顔をあげました。
兵士をよくみると、つるっとした顔と平べったいパーツがくっついてできたような身体をした、まさにおもちゃの兵隊という感じの見た目をしていました。
急に怖くなくなって、逆にきらきらとした目で見始めたしおりをよそに、魔法使いはおもちゃの兵隊とお話をしていました。
「私は旅の魔法使いです。王様のお触れを見て、私も力になりたいと考えているのですが、まずは詳しい話を聞きたいと思って来ました。」
「わかりました。少々お待ちください。」
「わかりました。少々待ってろください。」
そして、おもちゃの兵隊2人は何か話し合うと、変な喋り方をしていた方がお城の中へと走って行きました。
「ただいま担当の者を呼びに行かせました。戻ってきましたら中へご案内しますので、もう少しだけお待ちください。」
残った方のおもちゃの兵隊は、そう言ってもとの姿勢に戻りました。
ただ待っているのも退屈だったしおりは、走って行った方の兵隊について聞いてみることにしました。
「ねえ、今走って行った方の兵隊さんは、なんで変な喋り方だったの?」
おもちゃの兵隊は答えました。
「彼はまだ若いので、まだきちんとした言葉遣いができないのですよ。嫌な思いをさせてしまって申し訳ありません。」
「ううん、おもしろかったからいいの。でも、お勉強が終わる前に働いてるなんて、大変なんだね。」
「ええ、本来なら勉強優先で、まだ仕事に出る段階ではないんですが、我々も人手不足でして……」
そんなことを話しているうちに、兵隊が人を連れて戻ってきました。
「はじめまして、私はこの国で副大臣をしております。そして、この季節が廻らない問題の担当もしております。」
副大臣を名乗ったのは、四角い帽子をかぶり、大きな丸いめがねをかけたくろうのような人でした。
「副大臣さんが直々に担当してくださるのですか。お忙しいのではないのですか?」
少し驚いたように魔法使いが聞くと、
「冬が続いているものですから、城の働き手たちは、雪かきだけでなく、雪囲いの修理をしたり、食べ物や薪なんかを入手するために少し遠くまで行ったりもしているのです。そのため、むしろ私のようなある程度立場のある者が残ってるというわけです。」
「なるほど、本当にお困りなのですね。」
「ええ、なので季節を廻らせるのに協力してくださる方は非常にありがたいと思っています。あなた方もそのために詳しい話を聞きたいと言うことでしたね。」
「はい、この国の人ならみんな知っていて、私たちのような旅人は知らないような事もあるかもしれないので、まずはお話を、と思いまして。」
「そうですね、王のお触れだけではわからないこともあるでしょう。では、立ち話もなんですので、詳しいお話は中ですることにしましょう。こちらへどうぞ。」
副大臣のふくろうが歩き出したので、魔法使いとしおりはその後ろについて行きました。
「さて、それでは改めて基本的なところからお話いたしましょう。」
と言って、副大臣のふくろうは話し始めました。
我が国では、3月から5月が春、6月から8月が夏、9月から11月が秋、12月から2月が冬として、
それぞれの季節の女王様が塔に入ることで、正しく季節を廻らせていたのです。
それが今年は、3月ももう終わろうかというのに、冬の女王様が出てくる気配がありません。
3月になってすぐ、春の女王様が様子を見に行かれたのですが、冬の女王様は自分の意志で出てこないのだということは確認できたらしいのですが、放っておいてほしいと言うばかりで、交代するどころか理由を聞くこともできなかったとか。
冬の女王様はお優しく、ご自分の季節である冬が続くことで、住民が苦労することを気に病んでいる方でした。
他の女王様のように、ご自分の季節が続くことを望まれないのは悲しいでしょうに。
そんなことは表に出さず、住民の事を考えて3月になったらすぐに交代していたのですが……
副大臣のふくろうがそこまで語ったところで、魔法使いが言いました。
「ふむ、春の女王様は塔に入れるのですね。つまり冬の女王様が自ら塔を出てこない理由を突き止め、それを解消すればいい、と。」
「そうなります。その理由が全く思い当たらないのが問題なのですよ。」
副大臣のふくろうはほう、とため息をつきました。
「塔に入る前、冬の女王様に何か変わった様子はありませんでしたか?何者かに冬を続けるよう脅されたり、取引したとか。」
「塔に入る直前まで変わった様子はなかったように思います。元々、季節の変わり目にはそういったトラブルがないよう警備も厳しくなり、外国人はおろか、この街の住民が城に入ることも制限されます。」
「なるほど、ありがとうございます。……君は何か聞きたいことはないかい?」
魔法使いがそう言ってしおりを見たので、気になっていたことを聞くことにしました。
「冬の女王様と春の女王様は、どんな感じの人なの?」
「ほう、あなたたちは女王様方を見たことがないのですね。……その質問に答える前に、あなたたちは城の隣に建っている塔を見ましたか?」
「見た!ピンクと青と赤と白がうずまいてて、奇麗だった!」
しおりの反応を見た副大臣のふくろうは、嬉しそうな顔をして言いました。
「そう、その4つの色は、桜、浅葱、茜、銀と言いまして、春、夏、秋、冬を表す色なんです。女王様はそれぞれ自分の季節と同じ色の髪を長く伸ばしていて、冬の女王様は純粋で儚げ、春の女王様は子供好きで穏やかな雰囲気の方ですよ。」
「そうなんだ。わたしたちがあの塔に入って、女王様に会ってお話することはできないの?」
副大臣のふくろうは、申し訳なさそうな顔になって言いました。
「塔の中には、女王様しか入っていはいけない決まりになっているのですよ。」
「なんでそんな決まりがあるの?」
「詳しいことは記録が残されていないのではっきりしませんが、季節を司る者だけに伝わる秘密があるから、と聞いたことがあります。……これについてははっきり知っている者もいないと思いますので、これ以上は勘弁してください。」
まだ聞き足りないしおりでしたが、
「それくらいにしておきなさい。あまり副大臣さんを困らせるものではないよ。」
と魔法使いが言うので、
「はーい、無理言ってごめんなさい。」
そう謝って、副大臣のふくろうとのお話をおしまいにしました。
「お気をつけて。うまくいくことをお祈りしています。」
お城を出るとき、副大臣のふくろうはそう見送ってくれました。
そして門をくぐるとき、おもちゃの兵隊も挨拶してくれたのですが、
「ご苦労様だった!」
「ご苦労様でし……」
と、片方が途中でやめてしまいました。
どうしたんだろう、と見てみると、片方が完全に動かなくなっていました。
「あれ、どうしたの?大丈夫?」
しおりが声をかけると、動いている方が、
「ご心配するな、大丈夫です」
と言うと、ジーコ、ジーコとぜんまいを巻きました。
「彼はもう古いので、すぐぜんまいを巻きなおさないとダメなんだです。本来ならもう引退なのですが、我々も人手不足なんだです。」
それを聞いて、大丈夫なんだろうか、と心配になったしおりに、魔法使いが言いました。
「そういう心配もしなくていいように、季節を廻らせないとね。それじゃ次は、カフェで町の人に話を聞いてみようか」
その言葉に納得したしおりは、少し足早に次の目的地に向かいました。