表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男の娘と学ぶ! たのしい解剖生理学! ~お腹のお肉を取りたいの!~

作者: 神楽風月

 当作品は登場人物がかなり毒を吐いていますが、特定の対象を貶める意図で書かれたものではありません。またダイエットに関するものですがこれを読んだところで結果にコミットするか結果をオミットするかはご本人の努力次第です。

 するりと衣擦れの音だけがその部屋に響いて、真っ白な肌が蛍光灯の下に晒された。

 ほどほどに鍛えられた大胸筋がしなやかに動いて、彼の呼吸を荒げさせる。まもなく成人するころの男のくせにまるで女のように華奢な体を小さくするように身をよじると、ほんの少し震えた声を発した。

「――――優しくしてください」

 電光石火の早業で、その少年の頭に拳骨(カミナリ)が落ちた。



「誠に遺憾だよ先輩!」

 僕は冗談も口にできないのかと、まるで少女のように頬を膨らませる。この渚という少年は、文化祭の出し物として開いた女装喫茶で目覚めてしまった男の娘だ。つい数週間前まではいろいろと自身の貞操に感じる危機感から距離を置いていた相手でもある。

 そんな相手が今、彼の目の前で肌を晒していた。

「僕はこんな、裸みたいな恰好してまで先輩に尽くしてるんだからね。もう少しノリ(・・)というものを分かってくれたってバチは当たらないんじゃないかなと思うんですが!」

「包帯練習でノリとかそんなふざけた要素はいらんわ」

 そしてその男の娘の先輩である彼は、医療系の専門学生だ。そこでは包帯固定学は必須科目である。実技は行わずして上達の道はないのだが、しかし練習相手の都合が付かなかったからと彼を呼び出したことにうっすら後悔し始めていた。

「先輩、包帯少年とかちょっとニッチすぎやしませんか?」

「じゃぁ準備運動がてらデゾーから……」

「無視はよくないよ!?」

「背筋伸ばして、両手を腰に当てて」

 文句たらたら、顔をしかめてぶつぶつと愚痴を言いながらも言われた通りの体勢を取る。



 渚の上半身、特に右肩から前腕にかけては真っ白な包帯でぐるぐる巻きだ。そこまでものの五分程度なのだから、十分に慣れた速度と言って差し支えないだろう。

「先輩の、すっごい締め付け……」

「包帯な」

「まるで吸い付くみたいに、フィット感もばっちりで……」

「昔のテレビは斜め四十五度で叩くと治るらしいな。日曜のアニメでやってたが」

「僕の頭はテレビじゃないよ!?」

「あんまりアホなこと抜かすなら包帯そのままにして外に放り出すからな」

「やだ先輩ってば変た――うそです、すみませんでした。先輩のすごいガチガチなの。助けて」

「そりゃ、そこらのナースが巻くようなもんじゃないしな」

 渚に巻かれているものはガーゼ包帯という伸縮性が低い種類だ。そのぶん血管神経を圧迫する恐れがあり技術を要するが、高い固定力により骨折から捻挫まで幅広く扱える便利な医療用品である。そしてデゾーは鎖骨骨折に利用される古典的な包帯法で、ガーゼ包帯で固定された部位はほとんどまったく動かすことが不能になる。

「それにしても、お前」

「なんですか?」

「華奢だから包帯の本数少なくて済むし、巻きやすくていいな」

「褒め言葉として受け取っておくけどさぁ……」

 もう少し別な言葉が欲しかったと唇を尖らせた。

「最近、体重増えてきてるんだよね。先輩、何か楽に痩せられる方法ってないの?」

「一に運動、二に栄養管理。三四がなくて、五に運動」

「そうじゃなくてさぁ! せっかく練習に付き合ってあげてるんだから、もっとこう、タメになることをだね」

「ダイエットは極論すると全部そうなんだけどな」

 彼は眉を顰めた。

「というか、最近のダイエット法はツッコミどころが多くて困る」

「――へえ?」

 これはまた面白い話が聞けるようだと、渚は目を細めてにやりと笑う。

「じゃ、巻かれてる間ヒマだし、そういうの教えてよ。先輩」



「女性に多いんだけど……運動しない、何も我慢しない、これ飲むだけ。で痩せる系の商品がすごく多い。バカじゃねぇの? 努力しろ、豚か」

「わぁ先輩ってば今あらゆる女を敵に回したよ、素敵だね!」

 渚個人としては何ら問題はない、無責任にコロコロと笑った。

「はやった順ってわけじゃないが、この系統で話題になったのは唐辛子、お茶、腸内細菌、酵素……」

「カプサイシン。ギムネマや生姜。生きた乳酸菌に、なんちゃら酵素とかだね」

「それと水素水」

「ああ、うん。中学理科の知識があったら絶対おかしいと思うハズのアレね……」

「そもそも水素はどこで吸収されるんだって話だよ。飲んだ後血管内に入って云々てことはつまり吸収するために血管が発達した胃腸だろうが、じゃぁ腸内ガス成分の水素も吸収されるんだよなって話で、屁でも我慢してたほうがよっぽど経済的だろうって――」

「先輩、先輩、下品」

 気を取り直すように、おほん、と咳ばらいを一つ。

「まず大前提としてこういう系統は『1.どういった機序で』『2.どこで吸収されて』『3.どういう反応が起こり』『4.痩せるにつながる』のかきちんと説明してないのがな。医者の名前でやたら権威づけされてる商品が多いけど、てめぇら消費者は『絶対に飲んではいけない薬』やら『医者は絶対にやらないナントカ』やらの記事を信じて医者のことまったく信じてないくせになんでこう自分に都合のいいときだけ医者の権威を信じるのかがホントわからん。バカじゃね? 毒でも飲んでろ、痩せるから」

「先輩、先輩。いろんなところ敵に回すからやめて」

 渚は背筋に妙な寒気を感じて、真顔で首を左右に振る。

「まずカプサイシン。体温が上がる、確かにそうだ。でもそれと脂肪燃焼は全く関係ない。カプサイシンがやってるのはあくまで脂肪分解だクソ」

「口が悪いのは置いとくけど、それ同じことじゃないの?」

「そもそも脂肪っていうのは使わなかったエネルギーを体内に保存しやすい状態に作り変えたものだな。脂肪を分解する、というのはこれを使える状態に作り変えるってだけだぞ? 運動しなきゃ結局痩せるわけがねぇ」

「でもさ、基礎代謝ってヤツに使われるんじゃない?」

「基礎代謝ってよく勘違いされてるけど、それってつまり呼吸運動や体温維持、心臓の拍動とかそういう動かなくても消費するエネルギーのことを指してるんだからな?」

「ふむふむ」

「仮に体温が1度上昇したとして、変動値は俗に10~13%と言われている」

「で、実際にどれくらい消費カロリー上昇するの?」

「日本医師会のホームページで、年齢性別ごとの基礎代謝と、活動レベルからの推定エネルギー必要量を求めることができる表が用意されてて、ええっと確か……そうだな、俺らみたいな、一般成人男性、十八歳から二十九歳の年齢、そして仮に生活の大半が座位と仮定して――基礎代謝が約1,500kcal、推定エネルギー必要量は約2,300kcalくらいだったかな?」

「じゃあ、基礎代謝が、計算簡単にするためにそれの10%増しとして――約1,650kcalだ。差し引き150kcalだね」

「で、栄養学では脂肪1gに対して9kcalで計算する。ただ脂肪には20%の水分が含まれているから、ざっくり7kcalとして」

「だいたい21g! ――ってまったく痩せない!?」

「ちゃんと摂取カロリー管理すれば1日およそ0.02kgのダイエットには成功するな。体重計にはほとんど表示されないレベルだけど」

「一か月続けても1kgなんないじゃん!」

「だろ? だから運動しろって言ってんのにまったく耳を貸さないんだよあの豚ども。そもそも日本人の平熱は腋窩で36.5度プラマイ0.5度と言われていて、発熱分類によれば37.1度以上は微熱ということで病的な状態を示すことになる」

「プラス1度って微熱じゃん!」

「ずっと病的な状態だな。てか元々低体温ってなら基礎代謝がようやく一般人並みになっただけなんだけどな。それでも食べ過ぎの奴はまず摂食制限しなきゃならないだろ。そもそも人体における最大の熱産生器官は筋肉で、低体温は何らかの疾患とかでなければ単なる運動不足の可能性が高いんだ。なんでそんな基本的なことから目を逸らすかな……」

「なんていうか……すいぶん溜まってたんだね?」

「ああ、溜まるね」

 渚は苦笑した。

「で、ダイエット茶も基本的にカプサイシンと同じく脂肪を『分解』するとかそういうのが多いから以下同文」

「なるほど、つまり脂肪の吸収を阻害するとか、燃焼させるってヤツを買えばいいんだね」

「無駄じゃね?」

「えっ」

「脂肪や糖の吸収抑制してもなぁ、摂取量が多かったら意味ないからまず食生活見直せっていうのがひとつ。もうひとつはエビデンスがはっきりしてないから無駄じゃね?」

「……エビデンス?」

「証拠や根拠のことだな。科学的あるいは医学的な根拠がはっきりしているとも言う。企業の言う『モニターの98%に効果あり!』とかいうやつ、どうせ効果がある相手しかモニターにしてねぇーんだろっていう、ツッコミどころの多いテストしかしてないから」

「うへぇ……」

「そしてそういったヤツに限って権威づけに医者の名前が載るが、医者の薬を飲むなとか医者にかかるなとかそういう本ばっか読んでるくせになんでこういうときだけ信じるんだろうな。豚どもは。ほんと、バカじゃねぇの、と」

「先輩、先輩。いろいろマズいって」

 次いこ、次。と矛先を逸らすように彼をなだめる。

「ええっと、次は酵素? もうネットでツッコミどころが話題になってるから別にいいだろそれ」

「いや、確かにそうだけど」

「だいいち生きた酵素ってなんだ、酵素は生き物じゃねぇぞ。タンパク質だからアミノ酸に分解されなきゃ吸収されないっつーか、分解されたら失活するってか、そもそも血中に乗るのが一番効果が高いんだったら酵素そのものを静脈注射すりゃいいだろ。たまに代表的酵素でアミラーゼがどうのって出るけどそれアミロース分解に使うもので分解したらマルトースっつう糖分になって吸収されるからむしろ逆効果だっての。とか。そもそも医者が認めるような医学的根拠があるならメタボの特効薬だぞ? インスリン注射みたいな感覚で処方されたっておかしかないだろバカじゃねぇーの? とか。いやホントに医者が監修してるんか、とかこんな基本的なコト知らんとかテメェホントに医者なのか――」

「この話題も多方面を敵に回しそうだからやめよう!」

「あと体温が上がるとか言うけど、それ食後に起こる特異的発熱じゃねぇの? 腸内で作用して発熱するとか前聞いたことあるけど、小腸大腸結腸にそんな受容器ねぇし、仮にほんとに腸壁から発熱してたらそれは単なる炎症というのだ」

「先輩! この話は! やめよう!」



「――まぁ、いろいろ言ったけど。結局のところは摂食コントロールと運動に尽きるってことだな」

「ウン、ソウダネ……」

 渚から外した包帯の山を折りたたみ、洗濯ネットに入れながらすっきりとした表情を浮かべる先輩に対し、その後輩はずいぶんと疲れた表情で頷いた。

「補足として言うなら、運動して筋肉が付いてくるとBMI評価があんまり意味を成さなくなるから、個人的には体脂肪率や骨格筋量を表示してくれるちょっと高めの体重計をおすすめするかな」

「あー、筋肉のほうが重いっていうもんね」

「そうなんだよ。骨格筋量が分かれば、体重が落ちにくくなったとか言いながら運動強度変えず摂食制限強化するのも避けられる」

「……どゆこと?」

「五十キロの砂袋全身にぶら下げたヤツと、ぶら下げてないヤツが一緒に走るとして。同じ運動強度だと思うか?」

「あー……」

「摂食コントロールっていや、置き換えダイエットもな。グリーンスムージーとか、あの単なる青汁だろってツッコミしかねぇヤツ。やってることって単なる摂食制限だってのにバカじゃねぇの? そら食いすぎのバカが痩せるの当然だろうって。霞でも食ってろ、痩せるから」

「先輩また毒はいてるよ!?」

「いや吐きたくもなるぞ? なんでああいう意識高い系はなんも調べないで酵素がどうのっていう話を鵜呑みにしてドヤ顔しながら医療系の人間に話すんだってホント」

「酵素の話はやめよう!」

「じゃぁ糖質制限ダイエットの話でもするか? 糖尿病患者以外が行った時の長期的な安全性が医学的に証明されてないから賛否両論あるっていうのにあのバカどもと来たら――」

「飲もう! 今日はダイエットとかそういうの忘れて! 飲もう!!」

○肥満とやせの定義

 肥満の反対がやせだと思われているが、一般臨床医学上は違います。

 肥満は「身体を構成する成分のうち、脂肪組織の占める割合が異常に増加した状態」であり、やせは「体内の脂肪組織、ならびに筋肉や骨などの徐脂肪組織が減少し、体重が著名に低下した状態」です。単純に逆というわけではありません。



○水素水

 そういえば最近、国民生活センターが「人体への効果と関連付けて考えないようにしましょう」とかなんとか発表しましたね。



○絶対に飲んではいけない薬

 ちゃんとした医師はそんな薬処方しません。その医師はちゃんとした知識倫理道徳観をお持ちでしょうか? 別の医師にかかることをお勧めします。

 最近では抗凝固薬を自己判断で止めた結果、血栓が出来て肺塞栓を起こした患者さんもいると聞きます。これが仮に脳血管に飛んだら脳梗塞なんですが死にたいんですかね?



○医者が絶対にやらないこと

 日本の医師免許を有する医師の何パーセントがやらないことですか? データも提示しないで口だけ言うのはエビデンス不足です出直してきてください。



○テメェホントに医者なのか

 改めて「ヒポクラテスの誓い」を復唱しましょう。



○基礎代謝量

 厚生労働省によれば「心身ともに安静な状態の時に生命維持のために消費される必要最小限のエネルギー代謝量」、日本医師会によれば「早朝空腹時に快適な室内等においての安静時の代謝量」のことを指します。



○体温が1℃上昇したさいの体重減少量は一か月で1[kg]もない!

 作中ではあやふやな記憶に頼った計算という設定なので正しい計算が行われていない点に注意してください。なので実際の計算は次のようになります。


 日本医師会によれば18-29歳男性の基礎代謝は1,520[kcal]、身体活動レベルが最低の「I」であった場合、一日の推定エネルギー必要量は基礎代謝の1.5倍である。

    1,520[kcal] * 1.5 = 2,280[kcal]

 仮に体温上昇による基礎代謝上昇を10%とした場合は、

    (1,520[kcal] * 1.1) * 1.5 = 2,508[kcal]

 となり、差し引いて228[kcal]の消費量上昇が見込める。ここから作中で説明したとおり7[kcal/g]の体重減少が発生すると仮定すると、1日に減少すると考えられる体重は次の通り。

    228[kcal] / 7[kcal/g] = 32.5714[g] = 0.0325714[kg]

 ――ぎりぎり1[kg/月]ぐらい体重減少が見込めそうだ! なんて思った女性はちょっと待ってください。18-29歳女性の基礎代謝は1,110[kcal]なので体重減少量は約0.023[kg]です。

 結局、一か月の体重減少量は1[kg]もないんですよ……。



○唐辛子のダイエット効果

 国立健康・栄養研究所によれば「信頼できるデータはない」のだそうです。

 なお安全性については「通常の食事に含まれる量の摂取は、おそらく安全である」としていますが、一方で「高用量で長期にわたる摂取については、危険性が示唆されている」とも。



○それは単なる炎症というのだ

 炎症は「疼痛、発熱(熱感)、発赤、腫脹」の四徴候でもって定義されています。またこれに「機能障害」を加えて五大徴候とすることもあります。

 この徴候が見られた場合を炎症とするため、唐辛子摂取による口腔咽頭あたりの状態は炎症ではないだろうかと思うのですが専門家でないので私にはよくわかりません。



○ドヤ顔しながら医療系の人間に話す

 ちゃんと調べないと恥をかくよ、ということ。

 最近のまとめサイト騒動でもあったけれども、意識高いを自称するならせめて一次ソースの確認くらいはやっておきましょう。意識高いならTOEICくらいやってるでしょうし、英語サイトでも余裕なはず……!



○参考

解剖学 改訂第2版

 岸清・石塚寛 著


病理学概論 改訂第3版

 関根一郎 著


一般臨床医学 改訂第3版

 奈良信雄・稲瀬直彦・金子英司

 佐藤千史・宮崎 滋・頼 建光

 山脇正永・松本哲也・佐藤和人 著


日本医師会ホームページ「健康の森」

 https://www.med.or.jp/forest/index.html


厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット」

 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/


国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所「国立健康・栄養研究所」

 http://www0.nih.go.jp/eiken/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ