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転生しました、脳筋聖女です

作者: 香月航

 その日、高熱を出して寝込んでいた『私』は思い出した。お約束だと思いつつも、思い出してしまった。

『あ、やべ。ここ乙女ゲームの世界だわ』と。


 男もすなる異世界転生といふものを女もしてみむとてするなり。

 今世の名はアンジェラ・ローズヴェルト五歳、アクション系乙女ゲームの世界に転生し、かつての『私』の記憶を取り戻してしまったようですよ。


 と言っても、こちら乙女ゲームというには少々異色の作品で、アクション系の大御所として名高いとあるメーカーが半ばお試し作のように世に出したものだ。


 実際恋愛要素はかなり薄めで、シナリオ評価はいまいち。逆に、主人公を操作して戦うアクション部分の方は非常に高評価だった。

 ぶっちゃけてしまえば、かつての私もそのアクション部分に惚れこんでいたプレイヤーの一人である。


 操作できる主人公は二人、前衛系の女騎士タイプと後衛系の聖女タイプ。攻略対象兼ともに戦う男性は全部で八人。

 この中から主人公+三人を選んでパーティーを組み、各ダンジョンを攻略していくTPSアクションである。


 それにしても、前の私はこの作品を随分とやりこんでいたようだ。

 記憶の中で見た『主人公』はレベルカンスト、装備は全てレア度・レジェンド品で固め、女だてらに大剣(強化MAX)を(かつ)いで戦っていた。

 もし彼女が実在したら、騎士ではなくメスゴリラかメスオークと呼んだ方が相応(ふさわ)しいようなガチ戦闘屋だ。


 しかも、パーティーを組む攻略対象は魔法使いなどの後衛職のみ。肉壁とアタッカーの両方をこなす主人公に守られていた男たちは、きっと恋愛とかどうでもよくなったんじゃなかろうか。むしろ彼女一人で世界救えるだろ。

 そりゃシナリオも薄くなるよな、相手ゴリラだもん。


 廃人と呼んで差し支えないほどのやり込み具合。かつての私がこの作品を愛していたのはよぉーっくわかった。

 これだけ愛と情熱を(かたむ)けていた世界に転生できたのだ。これほどの幸運はないだろう。


 ――と、本来ならばこの世界の神に土下座で感謝を叫びたいところなのだが…………神はどうやら一つミスをしてしまったらしい。

 それはもう、大変致命的なミスを。



「アンジェラって……後衛系主人公の方じゃない……」



 そう、この作品で操作できる主人公は“二人”いた。

 私が極めたガチムチ脳筋メスゴリラと――回復特化の聖女・アンジェラという主人公が。



 高熱から奇跡的な生還を遂げ、周囲からの祝福の騒ぎの中、私が『私』になり初めて発した言葉は

「転生人生詰んだ」

 であった。




「……参ったなあ。せっかくの転生人生なのに、まるっきり前の私と逆だわ」


 改めて見る『アンジェラ』という少女は、透けるような真っ白な肌にさらっさらの亜麻色の髪を持ち、サファイアのような澄んだ瞳の『THE 儚げ美少女』だった。

 五歳でこれなら、将来はもう絶世の美女決定だろう。いや、容姿が美しいのは別に嫌ではないさ。むしろ、チート要素ありがとうございます!って感謝するところだよ。


 ……問題は、この子本当に後衛特化っぽい能力だということだ。

 どうやらアンジェラこと私は、生まれつき神からの祝福とやらを受けているらしい。

 生家は伯爵位を持つ貴族であり、敬虔(けいけん)な信徒でもある。そこに生まれた『聖女』の私。将来の安泰さは本当に揺るぎないのだけど……そうじゃないんだ!


「私は! 前衛無双がしたかったのよ……!」


 かつての物理法則を無視したような巨大な剣をふるって、リアル無双がしたかった! 恋愛要素? ああ、いいヤツだったよ、と苦笑を浮かべて去り行くガチムチゴリラになりたかった!

 こうして怒りを訴えたところで、拳を作る腕はひょろりと細く真っ白で、かすり傷一つついていない。


「だいたい、思い出すきっかけが熱っていうのも良くないわ……」


 あの高熱のせいで両親や使用人は非常に過保護になっており、今の私はどこへ行くにも必ず供がついてくる状態だ。

 振り返ればすぐ見える位置に、誰かが必ずいる。こんな生活をしていては、こっそり隠れて修行もできないだろう。

 健康のための散歩ぐらいならともかく、筋トレなんて絶対に無理だ。そもそも貴族の令嬢は、筋トレなんてしないだろうし。


 だが、せっかく愛するゲーム世界に転生したのだ。何としても私は無双がしたい。脳筋プレイがしたい。

 そして、いつか出会うであろう本物の女騎士主人公と攻略対象たちに、『私はこんなに強いのよ!』とドヤ顔で自慢したい。


「……しかし、この華奢(きゃしゃ)な体つきよ。これじゃあナイフも持てないわ。儚げ美少女が凶悪武器をふるうっていうロマンは、幻想のままで終わりそう」


 承認欲求はつきないが、現実はなんとも無常だ。

 ゲームの方でもやや筋肉質デザインだった女騎士に対して、アンジェラは胸以外がとても華奢だった。多分肉がつきにくい体質なんだろう、胸以外は。


「いっそ魔法職を極めるべきか……いや、確か攻撃魔法使えないのよね、この子」


 超攻撃型のもう一人に対し、アンジェラは回復とサポート特化。私も熱を出す前に教会で特性検査を受けたけど、同じ結果だった覚えがある。


 補佐とて重要な仕事だ。その役割がいるからこそ、過去の私のような脳筋が突っ走れるのだ。

 ――しかし、自分にそれをやれと言われても、正直全く全っ然!できる気がしない。何事にも相性はある。


「はあ……この世界の神様は、どうして『私』をこの立場に転生させたのかしら」


 もし間違えたというのなら、神よ今からでも遅くはない。女騎士の方にチェンジしてくれれば、私は喜んでメスゴリラになろう。

 あるいは、『私』の記憶を取り戻しさえしなければ、アンジェラは正しく聖女として皆を癒し、支えることに心血を注ぐ心優しい娘に育ったであろうに。


「サポート……サポート、ねえ……」


 かつて大変お世話になったその技術。いつも以上の力を引き出してくれるそれによって、女騎士はどんな屈強なモンスターにも負けない勇者となったのだ。

 終盤はサポートなしでも余裕ではあったが、あるのとないのとではやはり違う。

 そう考えれば、補佐に徹するのも必要な役割だとわかるのだけど……


「――――あ」


 その瞬間。それは天啓(てんけい)のように、ふっと私の頭の中に浮かんだ。

 詰んだと思っていた人生の要素が、高速で繋がっていき――私の求める主人公像を導き出す。


 ……そう、確か有名なのは、とあるオンラインゲームの役職だ。

 人は彼らのような存在を『殴り聖職者(アコライト)』と呼んでいた。



   *  *  *



 とある異世界の者が、『聖女』として生を受けてから早十数年。

 彼女の葛藤(かっとう)など知ることもなく世界は回り続け、各地での魔物の暴走も年々増え続ける一方であった。


 王国の三番目の王子でありながら若くして軍職に(たずさ)わる彼は、この異変に対して自らを長とした調査・討伐組織を作ることを正式に発表。

 まずは各部門の優秀な人間十名で構成された第一部隊を結成し、被害地の調査に出発することになった。


「……皆、よく集まってくれた。私の声に応えてくれたこと、心から感謝する」


 威厳ある美貌の王子の言葉に、王城の一室に集められた者たちは思い思いの表情で答える。

 ある者は王国の騎士団でも腕利きの剣士、ある者は次期賢者と期待される魔法使い。


 皆まだまだ年は若いが、各部門において随一の実力を誇る猛者(もさ)たちだ。……何故か容貌の方も優れた者が多かったが、発案者である王子自身もその類の人間なので気にしなかったようだ。


「……ん? 一人足りないか?」


 集まったメンバーの顔を確認した王子が、もう一度数え直す。

 最初の部隊は全部で十人のはずだが、部屋には己を入れても九人しかいない。


「ああ、かの聖女様は少し遅れて来るそうですよ。何でも、来る途中で馬車が事故にあったと」


「彼女は確か、伯爵家のご令嬢でしたよね? あの領地から王都まではかなり距離もあります。迎えを出した方が良いかもしれませんね」


「ふむ……」


 どうやら遅れているのは、神聖教会の秘蔵っ子として名高い『聖女』らしい。最初は調査任務とは言え、戦闘は避けられない集まりだ。回復役となる彼女を欠くのは少々困るだろう。


「わかった。私の元へ報告が来ていないことも気になるしな。彼女には迎えを――」


「いえ、殿下。ちょうどいらっしゃったようですよ」


 扉に一番近い場所に立っていた魔法使いの男が、にわかに騒ぎ出した廊下の方へ視線を向ける。

 耳を澄ませば、部屋の奥にいた王子の元にも慌しい声と足音が聞こえてきた。

 王城で声を荒げるなど、何かおかしなことでもあったのか? ――そう、部屋の中の誰もが思うほどの違和感とともに。


「…………」


 武器を扱う者たちは目配せをし、それぞれ己の獲物に手をかけて――


 次の瞬間、扉を開けて入ってきた人物に、誰もが言葉を失った。



「遅くなって申し訳ございません。神聖教会所属、アンジェラ・ローズヴェルト。召喚に応じ()せ参じました」


 聖職者用のスカートの裾を持ち、優雅に貴族の礼をするのは、華奢で大変美しい少女だった。儚げなその風貌も、『聖女』と呼び(あが)めるに相応しいだろう。


 ――その背中に、やたら厳ついトゲ付きの棍棒を背負ってさえいなければ。



「えっと……アンジェラちゃん? それなに?」


「はい、私の武器です」


 恐る恐ると言った様子で問いかけた男に、聖女はにこにこと微笑みながら背中のそれを前に出して見せる――片手で。

 その動作だけで部屋の中の猛者たちが一歩退いたが、声をかけてしまった彼だけは己の言葉に責任を持って棍棒に近付いてみる。


 鉄でできたそれは随分使いこまれているのだろう。光沢こそ鈍くなっているが、よく手入れがされている。大きさは聖女の身長とほぼ同じほどであり、金属のそれが彼女の細い片腕で持てるはずのない重量だということは一目両全であった。


()えある第一部隊に選んで頂いたのですもの。私も聖職者の端くれ、皆様のお荷物にならぬよう、最低限(きた)えて参りました。不束者(ふつつかもの)ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「アッハイ」


 浮かべた笑みこそ教会の壁画の女神のように麗しいが……前へ出した時と同じように、ゴウッと轟音を立てながら棍棒を背負いなおした聖女(?)に、王子を始めとした誰もが思った。

『この女、敵対したらまずい人間だ』と。




 ――さて、アンジェラこと脳筋転生聖女がいたった回答とは、脳筋らしく実にシンプルなものだった。

 彼女が祝福として得た才能『サポート魔法』とは、早い話が人体強化である。

 そしてそれを、前衛職仲間ではなく“己自身に使用する”。それが、某有名オンラインゲームの『回復職なのにソロプレイヤー』な人々が生み出した戦い方だった。


 幸いにも五歳で覚醒した脳筋の動きは早かった。

 『神から天啓を得た』と両親に告げれば、信仰深い彼らはたちまちにアンジェラの英才教育の場を整えてくれた。

 あとは元々向いていたサポート系の魔法を極めるだけである。


 主人公補正と地道なレベリングが好きだった過去の人格が上手く作用し、アンジェラはあっという間に『聖女』として相応しい魔法を網羅し、魔力値もカンスト。

 常時溢れまくる魔力を自分に使うことで、異常な重さの武器をふるうことに成功したのだ。

 残念ながらやはり剣は習えなかったので、武器はとにかく打撃重視の技術無視。『振り回せば当たる』巨大棍棒である。


 かくして誕生したのが、自分で戦って自分で回復できる『戦闘系聖女』アンジェラ。

 美貌の王子が結成した部隊にて、彼女と仲間たちは後世にも長くその名を語られていくことになるのだが――それはまだまだずっと先の話。

 脳筋と愉快な仲間たちとの、熱く激しい戦いの日々は、始まったばかりなのだから。




 ――――乙女ゲーム要素?

 ……ああ、いいヤツだったよ。


連載が行き詰っているので、気晴らしに書きました。

なんかもう色々すみません。

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こちらの短編をもとに2016年10月から連載版を公開しておりましたが、
この度レジーナブックス様より書籍化していただけることになりました。
書籍以降の連載は、アルファポリス様にお引越しして継続中です。
ご興味を持って下さった方は、ぜひ長編版の脳筋聖女もよろしくお願いいたします。
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