【8】馬車に揺られて
「花なんて、フェザーもなかなかやるじゃないか。夫婦関係が順調そうで何よりだ」
私が窓際に飾った花を見てニヤニヤと笑いながらイクシスが言う。
この竜ときたら、明らかにこの状況を楽しんでいる。
「いや、よくないよ! 何でこんなことになっちゃってるのか……」
「まぁでも、フェザーのおかげで元気が出たみたいだな。よかった」
頭を抱えれば、イクシスはどこかほっとしたような顔を見せた。
「……この間まで、この世の終わりかってほど落ち込んでただろ。正直、俺ではどうしていいかわからなかった」
ヒルダが結んだ誓約の関係で、イクシスには私の感情が伝わるようになっている。だからこそ、力になれなかった自分を、腑甲斐なく思ってるみたいだった。
「ごめんね心配かけて。ありがとう」
「俺は何もしてない。礼を言われる筋合いはないぞ」
苦い顔になったイクシスにそう言えば、嫌そうにイクシスが眉を寄せる。
「でも気遣って、そっとしておいてくれたでしょ? ありがとね」
誰だってあんな暗い気持ちを味わいたくはない。
強制的に私の感情が伝わってくるイクシスは、きっと落ち着かなかったはずだ。でも、それでも何もいわずに見守っていてくれた。
改めて感謝を伝えれば、イクシスは面食らったような顔になる。
「……お前ってやっぱり変わってるな。女ってやつは皆、慰めが欲しいものなんだって思ってたんだが」
「そう? そうじゃない人もいると思うけど」
イクシスときたら、珍獣でも見るかのような目線をよこしてくれる。
微妙に女性に対して偏った見方をしてるな、なんて思ってたら執務室のドアが開いてクロードが入ってきた。
「メイコ様、頼まれたものの準備と旅の支度が調いました。それと、これが魔法学園に研究者として在籍している者の名簿です」
「ありがとうクロード」
椅子に座ってじっくりと名簿に目を通していく。
ジミーの体である魔法人形がゲームの通りなら、中に賢者の石が埋め込まれているはずだ。
できれば錬金術に精通してる人にお願いしたほうがいい。
魔法人形は、精霊や精神体の器として使用される。
だからそれを専門として研究している人にお願いするのが、本来なら一番いいのだろうけれど……それだけは絶対にしたくなかった。
古代禁忌魔法・精霊研究の第一人者であり、名の知れた錬金術師・ジュメール。
肩書きだけで判断するなら、この男が一番ふさわしいのだけれど。
彼は己の研究欲を満たすためなら、倫理観なんて捨てて犠牲も惜しまない、危険人物だったりする。
ジュメールは、攻略対象の一人である主人公の担任教師・シノノメ先生のルートに出てくる悪役だ。
亡くなった妹を生き返らせる術を探す。
その目的のため学園にきている彼に、ジュメールは禁忌の術を教えて、使わせようとしてくる。
ゲームの主人公は、シノノメ先生の妹とそっくりなのだけれど。
主人公の魂だけを特別な道具を使って殺し、そこに妹の魂を下ろせば……妹は完全な形で生き返るとジュメールは囁き、シノノメ先生を禁忌へ導くのだ。
蘇りを目的とする禁忌の術は成功例がなく、使うことは固く禁じられている。
術者が死ぬ可能性が高いし、生きてる人間を生け贄に使う時点で倫理的にアウトだ。
ジュメールは主人公を陥れ、シノノメ先生を利用し……目的を遂げようとするのだ。
そんな奴にジミーの体を渡せば、何をするかわからなかった。
ゲームでのジュメールは人徳があった。
細目でいつもニコニコしていて、どこか抜けており、愛嬌がある。
凄い人だけど、気取ってない感じのいい人だと皆に慕われているのだ。
ユヅル以外のルートで出るときは裏を見せないため、私もゲーム開始当初は騙されていたくらいだ。
何人かよさそうな人材をチェックして、次の日。
私と当事者のジミー、それと執事のクロードと護衛として守護竜のイクシスの四人で、学園地区に向けて旅立つことにしたのだけれど。
やっぱりというか、何というか……フェザーが一緒についてきた。
当たり前のように馬車に乗り込んでくる。
「フェザーも行くの?」
「当然だろう。我はお前の婚約者であり、使い魔でもあるからな……」
むしろ置いていく気でいたのかと、睨まれる。
別に連れていくことに問題はなかったので、いいんだけど。
先ほどからフェザーの顔色が悪い。
「うぅ……」
口を押さえ、呻き声を上げるフェザーは辛そうだ。どうやら乗り物酔いをしてるらしい。
「フェザー辛かったら、今からでも屋敷に戻っていいんだよ?」
「こんなことごときで、我は弱音を吐いたりしない……うっ!」
「ちょっとフェザー無理しないで!」」
まるで闘いであるかのようにフェザーは言う。
弱音の前に別のものを吐きそうで……ハラハラとした。
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「やはり……乗り物はダメだな……慣れない」
現在フェザーは鷹の姿で私の膝の上に収まっている。本人いわく、このほうが落ち着くらしい。
背中の翼部分を撫でてやれば、ほんの少しその体から力が抜けていく。
キリリとした印象のある鷹が、私に身を委ねていると思えば、そんな場合じゃないのにもふもふしたくなって……その強すぎる誘惑をぐっと堪える。
「もしかしてフェザー、あまり馬車に乗ったことないの?」
「翼があるんだ。移動にこんなものを使わなくても事足りる」
今まで足枷があって飛べなかったフェザーだけれど、この国に来る前は空を自由に飛んでいた。
そんなフェザーには、この馬車のガタガタ揺れる横揺れが気持ち悪いらしかった。
「よく考えれば、我は以前もこうして酔って……人に捕まったのだった」
フェザーが失敗したというように、ぽつりと呟く。
話をきけば、フェザーは鳥族の国をお兄さんと一緒に抜け出してきたらしい。
時折国にやってくる行商人の馬車に、鷹の姿になって身を隠し。
そのまま遠くの街まで逃げる予定だったのだけれど、酔ってぐったりしたフェザーは行商人に見つかり、売られそうになったとのことだ。
「ただ、そのときは一緒にいた兄上がおとりになって我を逃してくれた。なのに……我は結局人に捕まり、ここにいる」
フェザーの声には後悔の念が滲んでいた。
鳥族の国の王子であるフェザーが、どうしてこんなとこにいるのか不思議で仕方なかったけれど、そういう事情があったらしい。
母親が死に、後ろ盾をなくしたフェザー達はあの国に居場所がなく、またそこにいる意味も見出せなかったのだという。
「お兄さんとは、それ以来会ってないのね」
「あぁ。ちゃんと逃げていてくれればいいのだがな。我のせいで、兄上は……」
フェザーの体が少し縮まったのがわかった。その緊張をほぐすように、優しく体を撫でる。
「クロード、フェザーのお兄さんを探し出すことってできるかしら」
「メイコ様が望むのなら、探し出してみせましょう。フェザー、お兄さんの特徴と別れた場所を教えてくれますか?」
ずっと黙っていたクロードに声をかければ、心強い言葉をくれる。
「……兄の人型は十歳ほどで、青灰色の髪をしている。頰の横の一房だけが、赤と緑の混じる色。瞳は我と同じ色をした鳩の獣人だ。名前をヴィクターと言う」
フェザーはそう答えてから、私の顔を見上げる。
「探して……くれるのか」
「お兄さんを見つけたら、屋敷に引き取って一緒に暮らしましょう。一人くらい増えてもあまり変わらないわ」
言えばフェザーは私の膝から降り、横に座ると人型になった。
「恩にきる。お願いしても……いいだろうか」
すがるような瞳のフェザーは普段からは考えられない、弱った顔。
そんな表情を見せてお願いしてくるということが、心を開いてくれた証拠のようで、何だか嬉しくなる。
学園地区までは馬車で三時間の距離で、日帰りしようと思えばできる距離だ。
その馬車の中で、フェザーは気を紛らわせるため自分のことを色々話してくれた。
喋ったら逆に気持ち悪くならないかなと思ったけれど、別のことを考えてるほうが楽らしい。
ヒルダを敵視してたときからは想像できない素直さで、フェザーは心の内を見せてくる。
プライドが高いから、こういうことはしないかと思っていたけれど、一度気を許した相手にはとことん気を許すタイプなのかもしれない。
「今度はお前が話す番だ。我にお前のことを教えろ」
やっぱり偉そうではあるけれど、私のことを知ろうとしてくれることが……自分でも思いの外嬉しい。
馬車に揺られながら、こんなふうに話すのも悪くないなとそんなことを思った。
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★本編との違い(本編??あたり)
◆別ルート突入