【7】ここにいること
「フェザーはまだ十二歳でしょう? 結婚は早いと思うのよ」
「時期がくるまでは婚約という形を取ればいい」
一緒に抱き合って眠った、イコール夫婦。
疑いなく信じてるフェザーに、そっち方面の知識は植え付けたくない。
そのピュアさは是非大切にしてほしくて、別の方向からあの手この手で説得を試みているのだけれど、フェザーは案外しぶとかった。
「フェザーはどうしてそんなに夫婦になることにこだわるの?」
ここまでくると、執念を感じる。
尋ねれば、お前には話しておくべきだなと言って口を開いた。
「我の父は鳥族の王だ。妻が二十人以上いる。母は白鳩の獣人で、弱い部族の末の娘だった。とても美しく、優しい人だった。母は……あんな父を心から愛していた」
しかし、王はフェザーの母親に愛情を示さなかった。
それどころか辛く当たっていたのだという。
「父は鷹の獣人なのだが、生まれた我の兄はどこにでもいる色合いの鳩の獣人だった。それで、父は兄を自分以外の子だと思ったらしいのだ。本当のところは違っていたが、少なくとも父にとってはそれが真実だった」
忌々しそうにフェザーは口にする。
「自分は他の女と仲良くしておいて、あいつは母を責める。自分の妻である母の言葉を信じようともしない。我が生まれてもそれは変わらず、母はあいつのせいで……不幸なまま自ら命を絶った」
フェザーの会いたくても会えない人は、聞かなくてもわかった。
ぐっと手を握りしめるフェザーは、どこまでもまっすぐな目をしている。
「我は父のようにはならない。無責任なことはしないし、自分の妻となる女に母のような思いはさせない。生涯一人だけを大切にすると決めているんだ」
意志の宿る言葉。
十二歳なのに、フェザーにはしっかりとした芯があった。
強い子だな、とそんなことを思う。
「理由は話した。諦めて我の妻になれ」
正面からぶつかってくるフェザーに、曖昧に答えを濁すのは不誠実だ。
だから、心の奥にあるもう一つの断る理由を口にすることに決める。
「それはできないの。私は本当のヒルダじゃない。この体に取り憑いた、ただの幽霊なのよ」
「そうか。どおりで別人のようだったわけだ」
驚くほどあっさりとフェザーは頷く。
「えっと……そういうわけだから、フェザーと夫婦にはなれないの」
「何故そうなる。中身がどうであれ、我と床を共にしたのはお前だ。我の妻にならない理由にはならない」
どうにか諦めて貰おうと話したのに、フェザーは眉をひそめた。
「いや、私幽霊なのよ? 本当のヒルダじゃないし」
「それに何の問題がある」
問題大ありだと思うんだけど。
フェザーはまるで、私が言い逃れをしようとしてるかのように睨んでくる。
「ヒルダがこの体に戻ってきたら、私は体を持たないただの幽霊になるの。つまり私は……もう死んでるのよ」
自分で口にした言葉に、チクンと胸が痛む。
ここにいて生きてるのに、もう死んでる。
言葉にすることは、絶望を確認する作業みたいだった。
「お前は今ここにいるではないか。死んだ者はいなくなるだけだ。どんなに願ったって、会いたくても会えない。言葉や意思を交わすことさえかなわない。だが、お前は違うだろう。我の目の前にいて、こうして話している」
声はどこか寂しげで重みがあって。
きっと母親を思い浮かべて口にしているんだろうとわかる。
これは私を慰めるための綺麗事なんかじゃなく、フェザーが心から思っていることだ。
……だからこそ、すっと胸に入り込んでいった。
「そんなことで、我から逃げられると思うな。例えお前がどう思おうと、我は自分の意思を曲げる気はない。死が二人を分かつまで夫婦の契りは絶対で、神聖なものなんだ」
私の悩みを、フェザーはそんなことで一蹴してしまう。
夫婦になりたくなくて、私が駄々をこねてるみたいな言い方だった。
「そう……だね……」
幽霊だけど、私はここに生きてる。
そう力強くフェザーが肯定してくれたみたいで。
心細くて暗闇で独りぼっちになってしまった気持ちが、涙と一緒に流れていく。
「おい、何で泣いている!? 今泣きたいのはお前ではなく我のはずだぞ!?」
焦ったようにフェザーがハンカチを取り出して、私の涙を拭きだす。
消しゴムでこするかのようにごしごしと荒いけれど、その表情は真剣そのものだった。
「……ありがとね、フェザー」
「それは何の礼だ? 泣いたり笑ったり変な奴だな」
何だか微笑ましくなってきて笑えば、フェザーは眉をひそめて首を傾げたけれど。
そんな飾らないフェザーに、救われた気持ちになった。
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フェザーの前でちょっと泣いて、今の状況を受け入れられるようになって。
私はうっかり夫婦に関するフェザーの誤解を解き忘れた。
その結果気づいたときには、フェザーが私と夫婦になったのだと屋敷の皆に触れ回ってしまっていた。
いやそれ誤解だから。そういうこと一切ないからね?
びっくりするほど清い関係だから!
なんて私が言ったところで、この体はショタコンで名高いヒルダさん。
今までの行動が行動だから……皆そんな目で見てはくれなかった。
とうとうフェザーにまで手を出したかという生温い視線が、屋敷の人達からチクチクと刺さる。
「フェザー! どうして夫婦になったって、皆に言っちゃうの!?」
「誰が夫かはっきりさせておけば、お前も浮気しづらいだろう」
責めれば当然の処置だというように、フェザーが口にする。
「言っとくけど、私はヒルダさんと違ってショタコンじゃないから!」
「なんだ違うのか? だが、そのわりにはベティのウサ耳をなで回したり、エリオットに膝枕をしたりしてるではないか」
叫べばフェザーが意外そうな顔をする。
「あれはただのスキンシップよ。子供にすることに対して、そういう意図は一ミリもないから! 少しでも心を開いてもらおうと頑張ってたの!」
「ふむ……なるほどな」
少し考え込んでから、フェザーが私を見上げてくる。
「あいつらに対して、やましい気持ちはないんだな?」
「当たり前でしょ!! あんな子供にそういうこと普通考えないから!」
何を疑ってくれてるのか。
そんな趣味は私に一切ない。
ヒルダさんと一緒にしないでと否定すれば、フェザーは信じてくれたようだった。
「まぁ、確かにそういう雰囲気はなかったな。子供に対してすることに目くじらを立てるほど、我も心が狭いわけじゃない」
いや、大人ぶって余裕見せてるけど、フェザー子供だよね。十二歳だよね。
むしろフェザーが今子供扱いしたベティやエリオットのほうが見た目は年下に見えるけど、実年齢は高いよ?
とても突っ込みたかったけれど、フェザーは納得してるようだったし、そっとしておくことにする。
私によくスキンシップをはかってくる獣人の子達は、見た目と精神年齢はともかく実年齢は十八歳以上。
ただ、四人の中では見た目も中身も十二歳のフェザーが一見年上に見え、本人もまるでそうであるかのように接していた。
もしかしたら、自分が一番年上だとフェザーは思っているのかもしれない。
「この間は言い忘れたことがあったから、いい機会だし言っておく」
そういってフェザーがすっと一歩私との距離を縮め、花を一輪差し出してくる。
どうやらずっと後手に隠し持っていたらしい。
「なしくずしに夫婦になったとはいえ、我は愛のない冷え切った関係にするつもりはないからお前もそのつもりでいろ」
「あ、ありがとう」
思わず受け取れば、照れ隠しなのかフンと鼻を鳴らしてフェザーは去っていった。
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★本編との違い(本編【31】~あたり)
◆メイコを慰めるのが、イクシスではなくフェザーの役目になっている。